なぜ日産は英国工場を「中国勢」へ開放するのか? 稼働率「45.5%」の先で動き出した、工場共有という未来
自動車工場を巡る水平分業
日産自動車は2026年6月3日、英国・サンダーランド工場における乗用車委託生産を検討するため、中国・奇瑞汽車(チェリー)との覚書を締結したと発表した。両社の提携は、英国工場の稼働率改善を望む日産と、欧州市場への進出を加速させたい奇瑞による利害一致に映る。
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その背景には、欧州市場で進む競争環境の変化がある。自動車工場は長らく自社ブランド車を生産するための拠点だったが、巨額の投資をともなう生産設備を自社だけで抱え込むリスクを分散し、外部と共有するという新たな選択肢が現実味を帯び始めている。これは、開発から生産までを一貫して行う従来の垂直統合型モデルから、製造の役割を分担する水平分業型モデルへの広がりを示す動きだ。
今回の提携協議は、日産と奇瑞による個別の合意にとどまらず、自動車産業における工場の役割が新しい段階へと移行しつつある実態を浮かび上がらせる転換点となった。
稼働率改善と関税回避の合致

英国自動車工業会(SMMT)が発表した2026年5月の乗用車新車登録台数(画像:SMMT)
両社による協議は、生産体制の適正化を進める日産と、現地生産拠点を求める奇瑞の方向性が合致した結果といえる。
日産・英国サンダーランド工場の稼働率は2025年に45.5%となり、2023年から8.7ポイント下がった(『日本経済新聞』2026年6月4日付け)。2025年の生産台数は約27万台で、50万台を超えていた2010年代前半からほぼ半減している。欧州での車種絞り込みや急速に進む電動化へのシフトにともない、生産能力に余力が生じている状況だ。日産は、この設備を高度な技術を持つ製造インフラとして外部へ開放し、固定費の低減とアセットの有効活用を進める柔軟性を見せている。
工場敷地内には複数の建物があり、それぞれ独立した生産ラインがあることから、委託生産を受け入れやすい環境が整っている。日産はふたつある生産ラインを第2生産ラインへ集約する方針を明らかにしており、空いた第1生産ラインで奇瑞向け委託生産を2027年度に開始することを目指す。日産が工場設備を所有し続け、地域における従業員の雇用を維持する仕組みだ。
一方の奇瑞は、英国への市場参入からわずか2年で、傘下ブランドを合計した英国シェアが約7%に達した。英国自動車工業会(SMMT)によると、2026年5月までの奇瑞傘下ブランド「Jaecoo 7」の累計販売台数は2万台超を記録している。日産・キャシュカイを上回り、モデル別ランキングで3位に躍進した。また欧州自動車工業会(ACEA)によれば、2026年4月の欧州販売台数は前年から約3倍となる1万4346台となり、日産をはじめ、スズキ、ホンダなどの日本メーカーを上回る規模となっている。
この急成長に対し、現地生産の能力確保が追いつかないなか、欧州域内に輸入される電気自動車(EV)に課せられる21%の追加関税が現地化をさらに後押ししている。奇瑞は日産の旧スペイン工場における現地ブランド・エブロとの合弁事業ですでに現地生産を行っているが、さらなる拠点確保に向けて、一から工場を建設する時間的・財務的リスクを回避し、既存のインフラを活用して迅速に市場に適応するアセットライト戦略を選んだ。
資本提携や従来の系列関係を超え、互いの過不足を埋める機能補完型の新しい提携スタイルが、双方の思惑を自然に結びつけている。
新興勢力と伝統企業の需給

MG4 EV Urban(画像:MG)
中国から輸入されるEVに課される高額関税の回避や輸送コスト削減、さらには地政学リスク対応などを目的として、新興メーカーによる欧州現地での生産体制整備が加速している。
直近で明らかとなった事例には、中国・上海汽車傘下MGによるスペイン・ガリシア州での工場建設や、吉利汽車(ジーリー)によるフォード・スペイン工場内の組立工場取得がある。さらに小鵬汽車(シャオペン)は独・フォルクスワーゲンと欧州内の遊休工場の買収や借用を協議しており、比亜迪(BYD)もステランティスなどと生産拠点取得を協議中だ。またステランティスは東風汽車と合弁事業を立ち上げ、フランスで生産する可能性を示している。
一方で、欧州市場に古くから拠点を構える欧州や日本メーカーの一部工場では、車種の絞り込みや電動化への移行にともない稼働率の低下がみられる。地域経済や雇用を支える拠点を維持するための固定費負担は小さくないが、この需給のギャップが新しい産業の動きを生み出す要素にもなっている。
保護主義的な通商規制は、結果として国境や陣営を越えた企業間の生産融通を促す引き金となった。「工場を必要とする新興勢力」の参入スピードへの要求と、「余力を残す伝統的メーカー」の維持コスト低減の思惑が結びつき、既存設備のシェアリングという新たな需給マッチング市場を形成している。新工場を建設するよりも既存のインフラを活用する方が時間やコスト、労力を抑えられるため、この合理的なアプローチが業界全体に浸透し始めている。
供給網を強靭化する製造受託

日産・英国サンダーランド工場(画像:日産自動車)
従来、生産工場は製品開発や販売網と並ぶ競争力の源泉だったが、その位置付けが変わりつつある。
外部企業の活用によって高い操業度を維持することは、アセットの有効性を高める合理的な選択だ。サンダーランド工場は現在でも約6000人の従業員を抱えており、関連企業も含めた周辺地域の雇用規模は3万人に上る。1986年の操業開始以来、長年にわたって築いてきた英国での生産基盤と地域社会との協力関係を維持し、さらに発展させていくために、委託生産の受け入れは実効性の高い経営判断といえる。
この工場の役割変化は、完成車メーカーの枠組みを超え、地域経済や部品サプライチェーンのあり方にも波及する。日産車に加えて奇瑞車の生産も担うことになれば、地元の部品メーカーは特定の自動車ブランドに依存しない、複数のブランドに対応できる強固な供給網へと変化していく。これにより、地域雇用や自動車産業基盤の安定性が一層高まる。
今後、過剰な設備能力を融通したいメーカーと、その余力を活用して効率的な販売拡大を目指す企業との間では、さらなる委託生産の増加が予想される。工場は自社ブランドの専用拠点から、広く製造を請け負う製造サービス拠点へと進化していく。日産と奇瑞の協議は、その変化を象徴する事例といえるだろう。
現場の協力と市場での競合

奇瑞汽車・Jaecoo7(画像:Jaecoo)
日産と奇瑞によるサンダーランド工場の共同利用については、2026年4月に英フィナンシャル・タイムズ紙が報じていた。利害の一致が両社の歩み寄りの背景にあるが、将来にわたって常に同一の戦略方針をとるわけではない。
奇瑞はすでに日産の欧州販売規模を上回る勢いを見せており、今後、両社の販売面での競合関係が本格化していく可能性は十分にある。日産にとって委託生産は工場の稼働率を改善させる大きな要因となる一方、関与が深まることは、自社ブランドの販売戦略とのバランスを常に考慮していく必要性を生じさせる。
日産が長い歳月をかけて築き上げた生産基盤や高度な工場管理ノウハウを、奇瑞は自前の初期投資を抑えながら活用することができる。これにより、奇瑞は短期間で欧州での供給体制を強化していく。これは、現代のグローバルビジネスにおいて広く見られる
「製造の基盤では協力し、市場の最前線では競合する」
という協調的競争のリアリティを物語っている。日産にとっては長年培ったモノづくりの強みを維持し、生産プラットフォームとしての価値を高める機会であり、奇瑞にとっては独自のスピード感を欧州で具現化する足場となる。
今後の販売規模がさらに拡大すれば、奇瑞が将来的に新たな独自の生産拠点を構える展開も考えられる。現在の関係性は、協力と競争という複数のレイヤーが複雑に重なり合いながら発展していく、自動車産業の新しい共生のあり方を示している。
次世代の資産活用モデル

日産・英国サンダーランド工場(画像:日産自動車)
日産と奇瑞による協議の本質は、一企業の提携にとどまらず、自動車産業における資産活用モデルの変化として捉えられる。工場閉鎖か操業維持かという二択ではなくなり、余剰生産設備を外部企業と共有するという発想が広がれば、産業構造全体に大きな変革をもたらすことになるだろう。
完成車メーカーの事業価値は、どれだけ多くの自社車を生産したかという規模の追求だけでなく、自社が保有する資産や技術、工場をいかに柔軟に組み合わせて最大効率化させるかという、
「アセットマネジメント能力」
へ移行していく可能性を示している。これからの工場は、安定した収益を生み出すインフラ資産、あるいは他社へ製造能力を提供する一種のプラットフォームとして評価されるようになるという見方もある。
今後は、市場での販売力だけでなく、高度な工場運営のノウハウそのものが独立した事業価値になる展開も十分に考えられる。自動車産業が従来の製造業の枠組みを超え、新たなビジネスモデルへと広がりを見せるなかで、サンダーランド工場を巡る日産と奇瑞による協議は、その未来へ向けた歩みの第一歩なのかもしれない。