坂井泉水 スタッフが明かす「知られざる素顔」【「ZARD」デビュー35周年YEAR特別企画】

歌姫の「永遠の輝き」 秘蔵ショットを大公開

坂井泉水:’67年、神奈川県生まれ。’91年にZARDのボーカルとしてデビューし、『負けないで』などの名曲を発表。日本音楽史上最多のアルバム連続ミリオン9作を誇る(オリコン調べ)。’07年逝去/PHOTO:B ZONE提供

『負けないで』、『揺れる想い』など数々の名曲を世に送り出し、アルバムは日本音楽シーンの中で唯一の9作連続ミリオンセラーを記録した伝説的音楽ユニット『ZARD』。ボーカルの坂井泉水さん(享年40)が’07年5月に亡くなってから18年が経過した現在も、性別や世代を問わず多くのファンに愛されている。

来年のZARDデビュー35周年に向けたアニバーサリー企画第1弾として、実に9年ぶりとなるベストアルバム『ZARD Best Request 〜35th Anniversary〜』が2月に発売された。その制作に携わり、生前の坂井さんを傍(かたわ)らで支えてきた音楽ディレクター・寺尾広氏、レコーディングエンジニアの島田勝弘氏、アートディレクターの鈴木謙一氏の3名が、今だから話せるウラ話、坂井さんの素顔を明かした。

気遣いの人だった

――ZARDはメディア露出が少ないことも有名でした。そのため、坂井さんは寡黙でシャイなイメージもありますが、実際はどんな女性だったのでしょうか。

寺尾:たしかに初対面の人に対してはもの静かな女性でしたが、気心が知れた人に対してはけっこうお喋(しゃべ)りで、気遣いをされる方でした。

鈴木:新人スタッフに声をかけて緊張をほぐしたり、スタッフが辞めるときはプレゼントを用意されていましたね。

島田:僕は寡黙なタイプなので、坂井さんにはよく話しかけてもらいました。「今日は歌舞伎を観に行ったんですよ」といった、たわいのない雑談ばかりです。

寺尾:振り返ってみると、島田さんと坂井さんは波長が合っていたのかもしれませんね。雑談中に見知らぬスタッフが物を取りに部屋に入ってくると、坂井さんはスッと静かになるんですよね。スタッフが部屋を出ると、「それでね、それでね」と再開する。

鈴木:想像がつきますね。写真から受ける印象とは違って、実際は明るい方でした。仕切り上手なところもありましたね。’95年にロンドンに撮影に行って、少し時間が空いたときに皆でカラオケに行ったんです。そこで坂井さんは「あなたは沢田研二の曲を歌って」「あなたはB‘z」と、リクエストを出していました。ロンドンで撮った写真は、’96年発売の17thシングル『マイ フレンド』などに使っています。

――他にも坂井さんの気遣いを感じたエピソードはありますか?

鈴木:’06年発売の41stシングル『悲しいほど貴方が好き/カラッといこう!』の撮影で、港区でロケをしていたときの話です。たまたま素敵なパン屋を見つけて、ゲリラ的に店先で撮影を始めてしまったんです。段取りが悪かったと今でも反省していますが、パン屋さんのオーナーが出てきて、「撮影は許可していないぞ!」とスタッフと揉(も)めてしまいました。

坂井さんはロケバスで休憩していたのですが、不穏な空気を察したのか、「私から話しに行きましょうか」と立ち上がったんですよ。さすがに坂井さんにそれはさせられないと、慌てて引き止めたのを覚えています。

寺尾:ゲリラといえば、長嶋茂雄さん(89)をゲストボーカルにお迎えした『果てしない夢を』(’93年発売、ZYYG, REV, ZARD & WANDS featuring長嶋茂雄)も、出たとこ勝負でしたね。長嶋さんの行きつけのお寿司屋さんに坂井さん、長戸さんで出向き、食事の場で長嶋さんに出演交渉する作戦でした。作戦は見事成功し「今からレコーディングしましょう」とスタジオに直行。スタジオではスタッフが準備していて、長嶋さんたちがスタジオに到着してすぐにレコーディング。そうやって『果てしない夢を』が実現しました。

――今年2月に発売したアルバムはファン投票で集まった35曲を収録ということですが、新しい発見はありましたか?

寺尾:ファン投票1位になったのは’96年発売の18thシングル『心を開いて』でした。ミリオンセラーの『負けないで』(’93年発売、6th)でも、『揺れる想い』(同年、8th)でも、『マイ フレンド』(’96年、17th)でもないあたり、ファンの方々が、本当に自分の好きな曲に投票してくれたんだと感じます。

島田:普段はあまり悩むことはないのですが、今回はマスタリング(音質や音量等の調整作業)する前から、どのような音にすればいいのか試行錯誤していました。クセがなく、何回聞いても飽きないようなシンプルな音を目指しました。ZARDの魅力を引き出すためにこだわり抜きましたね。

鈴木:過去のネガフィルムをひと通り見直したのですが、坂井さんの衣装はシンプルで普遍的なものということもあって、今見ても古さを感じないことに驚きました。彼女のさまざまな表情を見て、むしろ新たな魅力に気づきました。ZARDのジャケットは伏し目がちな写真が多かったのですが、今回のアルバムでは上を向いた、明るい表情の写真が選ばれています。

一般投票で選ばれた35曲を収録した『ZARD Best Request 〜35th Anniversary〜』は大好評発売中!

最後のレコーディング

――あらためて坂井泉水とはどういうアーティストだったと思いますか。

寺尾:CDでは伝わらないのですが、レコーディングの際の坂井さんはすごく大きい声で歌っています。一曲歌うだけでヘトヘトになるくらい、命がけで全力で歌うんです。ZARDに、音楽に、真剣に向き合い続けた人生だったと思います。

島田:僕も坂井さんは四六時中ずっと仕事をしているというイメージです。音源の修正依頼や歌い直しも多かった。たとえば’98年発売の25thシングル『運命のルーレット廻して』は完成まで8ヵ月かかりました。途中で休もうと思えば休めたと思いますが、こちらに丸投げせず、妥協しない人でした。

最も印象に残っているのは、やっぱり最後のレコーディングですね。’07年12月発売の43rdシングル『グロリアス マインド』。レコーディングは’06年4月でしたが、坂井さんの体調が悪くて、初めてお母さまが付き添って一緒にスタジオに来たんです。その姿を見て、正直、とても歌を歌えるような状態ではないと思いました。実際、2回ほどしか歌えなかったのですが、坂井さんはその収録に全てを懸けていた。あの日の坂井さんの鬼気迫る姿は一生忘れられません。

鈴木:ビジュアル面においても、ジャケットの微妙な色遣いや、歌詞カードのデザイン面にもこだわりの強い方でした。スタッフと楽しく雑談しているときの坂井さんと、仕事をしているときの坂井さんは、まるで別人でしたが、″ZARDの坂井泉水″であり続けるという強い覚悟を持たれていたのだと、今回振り返って改めて感じました。

ロンドンで撮影された写真は『マイ フレンド』や『My Baby Grand〜ぬくもりが欲しくて〜』に使われている。写真の儚げな印象とは異なり、明るく妥協しない強さを持った女性だった/PHOTO:B ZONE提供

坂井泉水「永遠の輝き」秘蔵ショット/PHOTO:B ZONE提供

坂井泉水「永遠の輝き」秘蔵ショット/PHOTO:B ZONE提供

坂井泉水「永遠の輝き」秘蔵ショット/PHOTO:B ZONE提供

坂井泉水「永遠の輝き」秘蔵ショット

『FRIDAY』2025年5月9日・16日・23日合併号より