中谷美紀が語る14歳の義理の娘との会話「小さい頃は早口でまくしたてられていたんですが」

「中谷美紀さんの才媛ぶりが話題だけど。どんな時間の使い方してたらあんなに語学に、芸事に堪能になるのだろうか」

「女優の中谷美紀さんは、語学が堪能なばかりではなく、日本語の文章があまりにも美しすぎる」

これはSNSに投稿された中谷美紀さんへのコメントの一部だ。フランス語と英語が堪能で、2018年にドイツ人のヴィオラ奏者・ティロさんと結婚後はオーストリアに暮らし、ドイツ語圏であるその地で生活をしている。ドイツ語を流ちょうに使う映像も話題となった。

俳優としてもこれまでに多くの作品に出演し、さまざまな映画賞も受賞している。さらには2005年から文芸誌で連載を続け、6月11日発売の『大草原の小さな農家』(幻冬舎文庫オリジナル)はシリーズ10冊目のエッセイとなる。

そんな中谷さんの思考の裏側をさぐるべくインタビュー第1回は、住居や家族のこと以外にも、戦争や政治など幅広いテーマが書かれているこのエッセイの裏側を探った。タイトルにもなっている家の話からは、日本の「きちんとしているさま」も浮かび上がるが、だからこそ「完璧でなくても仕方ない」というスタンスが生まれるのだとも感じる。インタビュー第2回では、「語学」のことから、義理の娘とのコミュニケーションについても聞いていく。

「伝わればいいと思っているんです」

着物やお茶といった日本文化のみならず、クラシックやオペラ、絵画など世界中の文化にも興味を示し、仕事ではコメディからシリアスな役まで演じ分け、文筆家としてエッセイを20年以上書き続けている中谷さん。さらにはフランス語や英語、ドイツ語まで流ちょうに話すとは、まさに「一分のスキなし」ともいえるような完璧さだが、「思ってらっしゃるほど達者じゃないんですよ」と自身は謙遜する。

「フランス語に関しては、若い頃は多少あれですけど、今はドイツ語で上書きされてしまって、そのドイツ語も怪しくて、すべての言葉が本当に幼稚園児レベルと言いますか……。

でも『伝わればいい』と思っているんです。言語学者になるわけでもなければ、ドイツ語で本を書くわけでもないですし。私がドイツ語で患者を診るお医者さんとか看護師さんのように医療従事者だったら、正確を期さなくてはいけないのでしょうけれども、誰かの命がかかってるわけでもないので。伝わればいいと思いながら、間違ってもいいと思っているんです。そうすると、間違ったら想像して理解しようとしてくださる方もいます」(中谷さん、以下「」は同)

「伝わればいいと思っているんです」, ポストイットに単語を書いて貼っていました, 14歳になった義理の娘との会話, 言葉がつたない同級生たちに囲まれて

撮影/伊藤彰紀

ポストイットに単語を書いて貼っていました

そう言いながらも、「帰国子女なら言葉ができて当たり前なんて言われたりするけど、住むだけでは語学は身につかないですよね?」と聞くと、「無理ですね、私も未だに話せません」と同意する。「話せない」というレベルが違うような気はするが、ではどのようにして「暮らすのに必要な語学力」を身につけていったのだろう。

「映画を見たりもしますし、語学学校に行ってみたり、オンラインでレッスンを受けてみたり。最近はアルクさんとか、いろんなアプリがありまよね。たとえば最初の頃は“キクタン”というアプリで、単語を歩きながら聞いて少しずつ覚えたりもしていました。

あと部屋中にポストイットの大きいのに、男性名詞、女性名詞、あと中性名詞で携帯電話(ハンディ)とかそのものの名前をすべてに貼っていました。男性名詞だったらブルー、女性名詞はピンク、ちょっとステレオタイプですけども、中性名詞だったらオレンジとかにして、貼っていたこともありました」

中谷さんがポストイットにひとつひとつ書き込んでそのものに貼っていく様子を想像すると、映画のワンシーンのような気もする。いずれにせよ、単語を書いたり、聞いて覚えたりと、地道な努力を積み重ねてきたのだ。本書の中でも「サバイバル能力」という章には、語学を身につける苦労がつづられており、「中谷さんでも苦労しているんだ」と励まされるような気もする。

14歳になった義理の娘との会話

語学の話を聞いているときに出てきたのが、義理の娘とのコミュニケーションについてだった。義理の娘のことは本書にも何度もつづられており、お嬢さんを連れてパリへ旅行をしたときのエピソードもある。オーストリアに生まれ育ち、母語はドイツ語だ。

「義理の娘は、ウクライナからの移民の子どもたちと一緒に学んだりしています。ほかにも学校には、ロシア人やスペイン人など、バックグラウンドが異なる子どもたちがいて、そこでドイツ語がわからない子どもたち、あるいは英語もわからない子どもたちに対して“どこまで相手が習熟度があるのか、理解したのか”ということを図りながら説明をすることが上手になったんです」

「伝わればいいと思っているんです」, ポストイットに単語を書いて貼っていました, 14歳になった義理の娘との会話, 言葉がつたない同級生たちに囲まれて

撮影/伊藤彰紀

現在14歳だという義理の娘。しかし「義理の娘」というだけでもコミュニケーションが簡単ではないと思われるのに、いわんや母語が異なる場合、会話をするのも難しかったことだろう。

「義理の娘が小さい頃は、もう容赦なく早口でドイツ語でまくし立てられて全く理解できなくて、わたしは全部に『Ja(ヤー)(ヤー)』としか返事しなかったんですよ。全部『YES』みたいなことですよね。『今何時?』って聞かれても『Ja』って(笑)。

それが今は、私が理解したかどうかを確かめながら話すし、分かってないとしても侮蔑したりはしないんですね。分かってないなら、じゃあどう説明したら相手が理解するかということを図りながら、話せるようになったんです。やっぱり成長するんですね。人って」

言葉がつたない同級生たちに囲まれて

その成長の理由が、「ドイツ語を母語としない学校の友人たち」にあったというのだ。

「相手の立場を慮ることができるようになったのかなと感じます。学校ではディベートの授業があって、選挙があれば選挙について話すということが、当たり前にヨーロッパの子どもたちはあるんですね。この間もエプスタイン事件についてディベートをして、リポート発表をしたらしいです。でも、母語がドイツ語でなく、言葉が足りない子も発表しますよね。そうした時に一生懸命聞いているんだろうなと思いました」

同じような環境の人たちだけではなく、多様な人たちとともに学ぶことの重要性も伝わってくるエピソードだ。中学で、未成年の性暴力で話題となったエブスタイン事件についてディベートしてレポートをするということも、日本ではなかなか難しいことではないだろうか。

それと同時に、中谷さんが、言葉がわからないからといって義理の娘と距離をとったのではなく、言葉がわからなくても近づいていたという事実を知ると、こうして家族関係を築いてきたのだなと感じさせられる。

しかし14歳という義理の娘、「思春期だなあ」と思うことはないのだろうか。

「やはり大人の介入は嫌がりますよ。こちらから電話をしても、電話はかかってこないですし。パパが連絡しても連絡来なかったらまた(かけてみよう)みたいな感じですけれども。だからといって、普通に会話もしますし、でも必要以上に嬉しいふりとかもしないんですよね。嬉しいのに嬉しくないふりをしたりとか」

「伝わればいいと思っているんです」, ポストイットに単語を書いて貼っていました, 14歳になった義理の娘との会話, 言葉がつたない同級生たちに囲まれて

撮影/伊藤彰紀

こう話す中谷さんは口元に笑みをたたえていて、ちょっと楽しそうだ。思春期の現実を目の当たりにして、そのままをふんわり受け止めているのだろう。

たとえ血のつながりがあったとしても、親子は別の人間同士。本人の意思や気持ちを理解しようとする気持ちが大切なことに変わりはない。でももしかしたら、母語ではない言葉でのコミュニケーションをしてきた中谷さんはその「相手を理解しようとする気持ち」を、義理の娘と家族になるずっと前からはぐくんでいたのではないだろうか。

6月11日公開予定のインタビュー第3回では、オーストリアに暮らして感じる「本当の豊かさ」について聞く。

中谷美紀(なかたに・みき) 

1976年生まれ。東京都出身。1993年俳優デビュー。2007年に日本・カナダ・フランス・イタリア・イギリス合作映画『シルク』(フランソワ・ジラール監督)に出演。2015年の日本・フランス合作映画『FUJITA』等、その活動は海外へも広がっている。2011年に初舞台『猟銃』で紀伊國屋演劇個人賞、読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。『オーストリア滞在記』、『文はやりたし』(幻冬舎)など書籍の執筆も手掛ける。最新刊は『大草原の小さな農家』(幻冬舎文庫)。

『大草原の小さな農家』 

庭仕事、お引越し、オペラ鑑賞、美術館巡りといった「オーストリアでの忙しい日々」を綴ったエッセイ。義理の娘とその友人たちとの日本の旅、語学堪能な中谷さんが「買い物すらできない」と感じたオーストリアでの生活のスタート、6年かかったバスタブ、ようやく出会った理想の「ぽつんと一軒家」。そして日々の生活の中でアフガニスタンやウクライナから来た女性たちとの出会いから考えた平和や平等。中谷さんの思考の流れも感じられる一冊。

インタビュー&文/新町真弓(FRaUweb) 

撮影/伊藤彰紀 スタイリスト/田中雅美 ヘアメイク/下田英里