ロシアで広がる「戦争への幻滅」、プーチン氏は意に介さずか

ウクライナの攻撃を受けサンクトペテルブルク上空に立ち上る黒煙(3日)
ウクライナでの膠着状態を打破できないロシアの無力さは一層明白になっており、ロシアの有力者の間では紛争終結を公然と求める声が上がり始めている。
最大の焦点は、ウラジーミル・プーチン大統領がこの現実を認め、ウクライナの独立を消滅させるという野望を断念するかだ。
欧州で数世代ぶりの最も血なまぐさい紛争が5年目に入っても、同氏が「特別軍事作戦」の当初の目標から後退する兆しは見られない。しかし、戦況がさらにウクライナ有利に傾けばそれが変わる可能性もある。

ロシアのプーチン大統領
こうした声は、ビジネスエリートやロシア体制内のリベラル派だけから出ているわけではない。ロシアで最も知られた強硬派の一部も、政府にはウクライナに完全な勝利を収める能力がないという認識を、これまで以上に率直に表明するようになっている。
その一人がオレグ・ツァリョフ氏だ。同氏は、ロシア政府が2022年前半に占領後のキーウに樹立しようとしていた親ロシア政権の首班候補としてプーチンが最有力視していた人物の一人だ。翌年、ウクライナ情報機関によるとされる暗殺未遂事件で重傷を負った。
先月、ツァリョフ氏はテレグラムへの投稿で、ロシアのプロパガンダが、ウクライナに対する勝利は必然だという危険な幻想を助長してきたと警告した。
同氏は、「別の現実を創り出す専門家らは、国民だけでなく自分たちにも自身が作り出した幻想こそ現実であると信じ込ませてしまった」とし、「遅かれ早かれ、この幻想世界と現実世界は衝突せざるを得ない。そして今、それが最も痛ましい形で起こっている」と指摘した。
もう一人の強硬派であり、ウシュクイニク・ドローン戦研究センターを率いる歴史家でクレムリン元高官のアレクセイ・チャダエフ氏は、現在の戦争を続けることは「『非勝利』への道であるだけでなく、全面的な敗北への道だ」と指摘。同氏はロシアが次の局面に向けて態勢を立て直せるよう、一時停止を求めている。
ロシア高等経済学院の包括的欧州・国際研究センター所長、ワシリー・カシン氏は先月、ロシアの代表的な外交政策誌に議論を呼ぶ論考を発表。ウクライナは今後も必然的に反ロシア的で親西側の国であり続けると主張し、特に戦争で何十万人ものウクライナ人が殺害され負傷した後ではなおさらだと述べた。プーチン氏の当初の戦争目的の一つだったキエフに友好的政権を樹立するという目標はもはや現実的でないとしている。
カシン氏は、米国とイスラエルによるイランへの戦争の例を挙げ、たとえばウォロディミル・ゼレンスキー大統領やウクライナの軍・民間指導部の暗殺といった大規模なエスカレーションがあったとしても、より「積極的で野心的かつ過激な」世代のウクライナ指導者が権力を握る可能性が高いと述べた。

ここ数日、ロシアはキーウを含むウクライナの都市へのミサイル攻撃を激化させている
もちろん、カシン氏の見解がすべての人に共有されているわけではない。同じ外交政策誌でタカ派のロシア人学者セルゲイ・カラガノフ氏は、ウクライナが降伏しなければ西側に核戦争を仕掛けると繰り返し脅している。ロシアの専門家によれば、同国の軍事力の限界を認識したより現実的なアプローチは、クレムリン内部の一部、特にプーチン大統領の有力な側近である大統領府第一副長官セルゲイ・キリエンコ氏、ロシア対外情報庁(SVR)、そして何らかの正常化を望む経済部門で支持されているという。

燃料販売の制限後、クリミアのガソリンスタンドには人々が列を作っている
バルト諸国や他の地域へのエスカレーションへの道は、ますます強大化するロシア連邦保安局(FSB)の第二局によって支持されている。また、西側諸国との歴史的な決別を望み、ロシアをイランの神権政治と北朝鮮の全体主義が融合した正教的国家へと変貌させることを目指す、戦争プロパガンダ担当者、アナリスト、軍事ボランティアなどからなる集団もこれを後押ししている。
カーネギー国際平和財団ロシア・ユーラシア・センター所長、アレクサンドル・ガブエフ氏は「戦争が5年目に入り、一部の人々はさらに1年か2年戦争を続けてもロシアの交渉上の立場が大きく改善されるわけではないと気づき始めているようだ。彼らにはそろそろ終わらせる時期だということが明確になってきている」とし、「これについてのエリート層の議論も、忠誠心を前提としつつ徐々に正常化しつつある。しかし、プーチン氏自身が行き詰まりに気づき、戦争がもはや見返りの少ないものになっていると認識しているかは分からない。彼が考えを変えたことを示すものは何もない」と語った。
また、重武装化した国家というロシアの性質上、プーチン氏が理性の声に耳を傾ける可能性は低いと、元ウクライナ外相のパヴロ・クリムキン氏は言う。「戦争こそがこの政権の生き方だ。自転車に乗るのと同じで、止まれば倒れる」と同氏は語った。
ロシア当局は、「アンカレッジ合意」にウクライナが従うよう米国が強制する限り、戦争終結を検討する用意があると述べている。「アンカレッジ合意」とは、8月にアラスカでプーチン大統領とドナルド・トランプ米大統領の間で合意に達したとされる取引を指し、ウクライナがドネツク北部の強固に防衛された都市群を明け渡すことを含んでいる。ウクライナ政府はこれを拒否しており、ロシア軍もサミット以降、この地域でわずかな前進しか果たしていない。
「和平交渉は停滞しており、実質的成果は出ていない。なぜならロシア側は、軍事的に達成できなかった最大限の要求について、交渉の場で米国が実現するのを待っているからだ」と、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会のカヤ・カラス外交安全保障上級代表(外相に相当)は述べ、「もちろん、それはウクライナが受け入れられるものではない。たとえゼレンスキー大統領が受け入れたとしても、国民は受け入れない」としている。
プーチン大統領はここ数日、キーウや他のウクライナの都市へのミサイル攻撃を強化している。1日夜の激しい砲撃では22人が死亡し、100人以上の民間人が負傷した。これは戦争全体の中でも最も血なまぐさい攻撃の一つである。数時間前に行われた治安当局との会合で、プーチン大統領は「ウクライナはこの紛争全体の新たな局面に耐えなければならないだろう」と述べた。

スタロビリスクでウクライナのドローンによって損傷を受けたとされる寮
キーウへの攻撃激化は、表向きはウクライナのドローン攻撃への報復として行われた。ロシアは、占領しているウクライナの都市スタロビルスクにある教員養成大学の寮で女子学生が死亡したと主張している。ウクライナ当局は、同地にあるロシアのドローン部隊の基地を標的にしたとしていた。国連やその他の独立機関は、この主張を検証するための現地への自由なアクセスを認められていない。
ロシアが占領するウクライナの地域では、中距離攻撃ドローンがここ数日間ロシアの兵站を麻痺させており、これは戦争における重大な新たな展開となっている。人工知能(AI)を活用することも多いこれらのドローンは、ロシアとクリミア半島を結ぶ道路や前線沿いの基地へと続く道路上の燃料輸送トラックや軍の輸送隊を標的にしている。ルハンスクとドネツクでは燃料の配給制が敷かれており、クリミアではすでに供給が底をついている。
ロシアの軍事評論家らは、ウクライナによる攻勢が差し迫っていると警告している。ここ数週間、ウクライナはロシアの欧州地域全域への長距離攻撃でより大きな成果を上げており、その中には3日のサンクトペテルブルクの石油ターミナルへの攻撃も含まれる。この攻撃は、プーチン氏の故郷で 「サンクトペテルブルク経済フォーラム」が開幕するのと時を同じくして行われた。
ドイツのニルス・シュミット国防副大臣は、「ウクライナ政府のドローン作戦は、ウクライナ軍がロシアに混乱をもたらす可能性を示しているが、モスクワの社会や政治的意思決定に浸透するには時間がかかるかもしれない。なぜなら、ロシアは国民に対して非常に権威主義的な支配をしており、政権も戦争遂行に関してはかなり統一されているからだ」と述べた。
一方で、ロシアの超タカ派や治安当局は、新たな現実主義への呼びかけが広く拡散しないように目を光らせている。親クレムリン系の新聞「モスコフスキー・コムソモーレツ」は先月、ウクライナに具体的に言及することなく、1853~1856年のクリミア戦争や1904~1905年の日露戦争など過去の戦争での敗北が、最終的に一般のロシア人に対し、いかにしてより大きな自由と繁栄をもたらしたかを振り返った話題の記事を削除した。

日露戦争当時のロシア軍
ロシア議会の重鎮で元軍司令官のアンドレイ・グルリョフ氏のテレグラムのアカウントは1日、ウクライナでの膠着状態や「バラ色の眼鏡」をかけたロシア軍司令官らの根拠のない楽観主義について、辛辣な論説を投稿した。
数時間後、同氏は新しいロシアのメッセージング・電子商取引プラットフォーム「MAX(マックス)」に登場し、自身のテレグラムのアカウントがハッキングされたと述べた。しかし、他のロシアの論客らはこれを広く疑問視し、同氏が不都合な真実についての検閲を強いられたのではないかとみている。
***
――筆者のヤロスラフ・トロフィモフはWSJ外交担当チーフコレスポンデント