小泉今日子がサプライズ出演の中山美穂40周年ライブ 「ファンが泣いて、嗚咽して、会場は号泣大会」

 昨年12月に亡くなった中山美穂さんのデビュー40周年を祝うライブ「40th Anniversary Concert-Un-~P.S.I LOVE YOU」が6月18日、東京・渋谷のNHKホールで開かれた。満席だった会場には、サプライズでキョンキョンこと、小泉今日子とロックバンド「FLYNG KIDS」のボーカル・浜崎貴司の2人が出演。ファンによると、女性も男性もみんなが嗚咽した「号泣ライブ」だったという。

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 午後6時開演のライブは二部形式だった。前半は、中山美穂さんがMHK出演時の映像を放映。第2部は中山さんのコンサートのバックバンドによる生演奏が予定されていた。

 午後7時頃、ライブに参加したファンに話を聞こうと、NHKホールの玄関前で待っていると、一人の女性が会場の前で立っていた。

■懐かしさと、もうナマでは聞けないんだという気持ちが

「私は美穂ちゃんのシングルのジャケットのキーホルダーを10数個まとめ買いしたんです。自分でどれって選べなくて、何が入っているかわからない。事務所がランダムに選んで送って来るんです。私は、美穂ちゃんの同じ曲のキーホルダーが二つあったので、Xで『誰か交換して下さい』とつぶやいたら、別の曲のキーホルダーと交換してくれるという男性が現れた。まだ会ったことはないんですが、DMで連絡を取り合って、NHKホール前で交換する約束なんです」

 午後9時頃。ライブが終わると、大勢の客がどっと出てきた。

 千葉市から来たという女性(51)はこう話す。

「今日はもう、号泣大会でした。男性も嗚咽していた。懐かしさと、もうナマでは聞けないんだという気持ちが入り交じって、何度も泣けました」

 この女性によると、第1部の最初には、ミッツマングローブさんがVTRで中山さんの歩みを紹介したという。

「その後、美穂ちゃんのNHKのスタジオやコンサートの映像が流れました。NHK紅白歌合戦に7年連続(1988~94年)出場したときの映像を1曲ずつ合計7曲放映していました。YouTubeでは見れない貴重な映像ですよね。当時はアナログ放送なので、映像が乱れたり、スクリーンのサイズに合わなかったりもしましたが、サイコーでした」

 千葉県柏市から来たという女性(53)はデビュー時からの大ファンだ。第2部の様子をこう振り返った。

「美穂ちゃんの最近のコンサートでバックバンドを務めた人たちの生演奏で2部は始まり、ブティックのショーケースのような感じで、ワイヤーにステージ衣装を着せ、白い帽子を被せた美穂ちゃんのマネキンをステージのど真ん中に置いていました。まるで美穂ちゃんが、そこにいるような演出でした」

■「最後にあの人を呼びます」

 暗転し、会場が再び明るくなったら、デビュー当時のバックバンドによる生演奏が始まったという。

「デビュー当時の方々はそれなりにお歳をめしていましたね。そのうちに、新旧のバックバンドが合体し、バックスクリーンには美穂ちゃんの立川市(東京)や河口湖(山梨県)でのコンサート映像などが流れていました。2部で登場した『FLYNG KIDS』の浜崎貴司さんは、美穂ちゃんにプレゼントした楽曲『あなたの流星群』を、美穂ちゃんの映像とデュエットしていました」

 浜崎さんが制作した「あなたと流星群」はシングルとして発売されてはいないが、亡くなる直前の昨年12月1日の横浜ビルボードコンサートで中山さんが歌ったという。

「会場のみんなは途中から立ち上がって美穂ちゃんと一緒に歌ったり、踊ったり。『WAKUWAKUさせてよ』ではオリジナルの振り付けで、みんなと一緒に歌いながら踊りました。もう泣いたり、笑ったりで凄かったですよ」

 群馬県から「有給休暇」を取って来たという女性は、涙交じりに話す。

「アンコールが終わった後に、もう一度、浜崎さんが出てきて、『最後にあの人を呼びます』と言って。誰が出てくるのか、みんなドキドキ、固唾を飲んで待っていたんですが、キョンキョンが出て来たんですよ。サプライズでした。『まだ、歌ってない曲がありますよね』と言った後、『世界中の誰よりきっと』をキョンキョンと浜崎さんとスクリーンの美穂ちゃんと3人で歌ったんです。コンサートではこの曲は、美穂ちゃんが会場に時々、マイクを向けてみんなで合唱して歌うんですが、それをキョンキョンが同じようにみんなにマイクを向けて。会場のみんなで合唱しました。私も一緒に歌いながら泣けてきて。懐かしい、悲しい、嬉しいの感情ですね…」

 中山さんは東京・原宿でスカウトされて芸能界入り。85年にドラマ「毎度おさわがせします」のオーディションで主演女優に選ばれた。同年、「C」で歌手デビューも果たすと「ミポリン」の愛称で親しまれ、トップアイドルに上り詰めた。

■「美穂はファンを大事にしていたから」

 12歳の中山さんを原宿でスカウトしたのは、所属事務所ビッグアップルの創業社長・山中則男さんだ。6月20日、著書「中山美穂『C』からの物語」(青志社)を発売する。 

「私の生い立ちから全部、遺書のつもりで書いたんです。中山美穂のデビュー曲は『C』なんですが、途中で『C』の作曲家を替えたというエピソードも入れました。だけど、彼女のスキャンダルは1行も書いてありませんから(笑)。私の自宅の固定電話が置いてある下のダンボール箱から、85年当時のスケジュールを書いたセピア色のノートが出てきたんですよ。『毎度お騒がせします 打ち上げ』とか、『ハワイへ行った』『グアムへ行った』とか美穂のことが全部、細かく書かれていました。その貴重なノートのことも書きましたよ」 

 話を聞いたのはNHKホールでのライブ前日だった。

「美穂の大阪の親衛隊だった人が、18日のNHKホールでのライブに夜行バスでやって来るというんですよ。早朝に東京に来るというから、『それから、どこにいるんだ』と聞いたら、『喫茶店で時間をつぶす』と言うから、『オレのうちに来いよ』と。美穂はファンを大事にしていたから、昔の親衛隊もこうやって、慕ってくれるんですよ。美穂のおかげで、全国各地に知り合いができました。本当にありがたい」 

 冒頭のキーホルダーの交換で、会場前で待っていた女性からは「待っていた人に会えました」というメッセージが来た。

 前出の千葉市から来た女性は、この日のライブのチケットを見せてくれた。9800円(税込み)だったと言いながらも、「最初は過去の映像と美穂ちゃんのいない生演奏だけかと思って来たんですが、きょうはサプライズもあったし、お金じゃ買えない価値があった」

(AERA編集部・上田耕司)