映画『28年後...』レビュー 過去20年間の文化的対立を掘り下げた、美しさと残酷さが共存するタイムリーな成長物語

『28日後...』は、2000年代初頭にゾンビ映画を再び活性化させた作品として広く評価されている。監督のダニー・ボイルと脚本家のアレックス・ガーランドは、このサブジャンルを死後硬直のような停滞状態から揺り起こし、死者たちを全力疾走させた。それ以来、あらゆる映画・ドラマでゾンビたちは走り続け、歩き続けているのだ。だが、優れたホラーの多くがそうであるように、『28日後...』は当時の社会状況を映し出してもいた。具体的には、2001年9月11日のテロ攻撃とその地政学的な余波を背景に、怒りと恐怖がいかにして人々を暴力の連鎖に閉じ込めてしまうかを不気味に描き出していた。

そして、ブレグジット(イギリスのEU離脱)や新型コロナウイルスのパンデミックといった近年の混乱を経て、新たな続編となる『28年後...』は、その主題に対するひとつの帰結として機能しているように感じられる。本作は、そうした暴力の連鎖を断ち切るために何が必要か、ということに焦点を移しているのだ。ボイルとガーランドは感染者に支配された地獄のような世界へと再び飛び込み、終末後の英国に数十年分の思索を持ち込んだ。その結果、『28年後...』に込められた「本当に大切なものは何か」という問いかけは、まさに今この瞬間にふさわしい響きを持っている。

監督のボイルは、2007年のシリーズ第2弾『28週後...』のラストで示唆されていた「レイジウイルスのさらなる拡大」という展開を避け、感染がイギリス本土に押し戻され、封じ込められていることを冒頭で手際よく描いている。月日は流れ、もはや感染拡大当時の混乱を直接体験していない世代が丸ごと育っているのだ。

『28年後...』はこの設定を踏まえ、物語の中心を12歳の少年スパイク(アルフィー・ウィリアムズ)に据えている。彼は要塞化されたホーリー島の住人であり、父のジェイミー(アーロン・テイラー=ジョンソン)とともに狩猟の訓練として初めて外の原野に足を踏み出す。まだおもちゃを持って行きたいような年頃でありながら、それが幼稚だと理解できる年齢にも達しているスパイクは、傷つきやすさと勇気が絶えずせめぎ合うなかで、レイジウイルスがもたらす恐怖を目の当たりにしていく。

本作が映画初出演となるアルフィー・ウィリアムズは、スパイクというキャラクターの内面にある脆さと勇気の振れ幅を自然に演じきっており、『28年後...』を感情的に地に足のついた作品として成立させている。これは、かつて『28日後...』で主演のキリアン・マーフィーが見せたものを彷彿とさせる。スパイクは確かに失敗もするし、ためらいも見せるが、決して「残酷な世界に放り込まれた無力な子供」として描かれているわけではない。むしろボイルは一貫して、スパイクや同世代の子供たちがあまりにも早く大人になることを強いられてきたという事実を突きつけてくる。

狩人として一人前になったスパイクをホーリー島の住民たちがもてはやす様子には、たとえそれが善意からであっても、「暴力が暴力を生む」という不穏な感覚が漂っている。それは、少年兵の映像を織り交ぜたモンタージュや、ラドヤード・キップリングの戦争詩の引用によって一層強調されている。ホーリー島という舞台は、多少極端ではあるものの、孤立主義の縮図として機能しており、住民たちが最も過敏に反応する脅威――たとえば、レイフ・ファインズ演じるケルソン(詳細は後述する)――は、ここ5年間の世界の現実に触れてきた観客にとっては非常に見覚えのあるものとして映るだろう。

アーロン・テイラー=ジョンソン演じるジェイミーは、感染拡大当時にはスパイクと同じくらいの年齢だったはずであり、数十年にわたる隔離生活のなかで、男らしさがどのように変容してきたかをより複雑に表す存在となっている。彼はスパイクと一対一で向き合う場面では非常に忍耐強く、思いやりをもって接し、時には優しささえ見せる。しかし一方で、スパイクの腕前を誇張して吹聴するような無作法な虚勢も張っており、それがスパイクが抱えるサバイバル能力への不安をかえって煽ってしまう。テイラー=ジョンソンは、父親としての相反する側面をどちらにも偏ることなく体現している。

また、ジェイミーが病に苦しむスパイクの母親アイラ(ジョディ・カマー)に対して距離を置いたような態度を取っていることも、父子の間に亀裂を生む要因となる。特にスパイクが、母親に対してもっとできたことがあったのではないかと気づいてからは、その距離感が大きな問題となる。アイラは常に混乱や苦痛に苛まれており、スパイクが彼女の世話をすることで、彼の成長はさらに加速することになる。

ジョディ・カマーの演技は実に奥行きがあり、アイラというキャラクターは精神的に不安定であるがゆえに物語上やや焦点がぼやけている部分もあるものの、その痛みの中からスパイクへの愛情がしっかりと伝わってくる。彼女がスパイクに授ける教訓の数々は、ジェイミーが教える感染者を一撃で仕留めるコツよりも、むしろはるかに価値あるものとして響く。

『28年後...』にとって最大の課題は、監督のボイルと脚本のガーランドが自ら生み出したものでもある。というのも、『28日後...』の成功以降、ゾンビを題材にした作品が爆発的に増えたことで、本作はアクションの面でもドラマの面でも数えきれないほどの類似作と比較されることになるからだ。感染者との戦闘シーンは洗練されており、演出も見事だが、この分野こそ、ボイル流のゾンビバイオレンスが数多くの模倣作によって最も薄められてしまった部分であるともいえる。『28年後...』では新たな感染者の亜種も登場し、そのいくつかはまるでゲームの『Left 4 Dead』から抜け出してきたかのようだ。そしてそれら亜種の存在は、感染の本質に関わる疑問を観客に抱かせる。その答えは、すでに撮影済みとされる続編『28 Years Later: The Bone Temple(原題)』で明かされることになるだろう。

最も印象的なのは「アルファ」と呼ばれる感染者の存在である。その名前のあまりの滑稽さは、ガーランドの脚本が扱うテーマを思えば一層際立っている。常軌を逸した筋肉量を誇り、ほぼ無敵ともいえるこの巨漢たちは、画面に登場するだけで緊張感を一気に高める。彼らのとどめの一撃は、『モータルコンバット』のサブゼロですら「flawless victory(完全勝利)」と叫びたくなるほどだ。ある場面では、アルファが突進してくる追跡シーンが展開されるのだが、これは本作でも屈指の緊迫感に満ちた瞬間となっている。たとえるなら、『スタンド・バイ・ミー』の列車接近シーンを全力疾走する裸のボディビルダーに置き換えたようなもので、まさに常軌を逸した場面だ。

ただし、メイクやデジタルエフェクトの出来がいかに優れていようとも、人がゾンビを殺すさま(あるいはその逆)を見て、2002年当時ほどの新鮮な興奮は得られない。ボイルとガーランドは、それを理解したうえで、その手の見せ場を模倣者たちに任せているように見える。23年後の今、彼らがより重視しているのは、心の問題なのだ。

28日後...

  • 2002年
  • 監督:ダニー・ボイル
  • 出演:キリアン・マーフィー、ナオミ・ハリス、ブレンダン・グリーソン、ほか
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ボイルは『28日後...』の画期的なデジタル撮影で見せたゲリラ的映像の質感を再現すべく、『28年後...』の撮影においてiPhone 15 Pro Maxを主に使用している。大型で扱いづらい映画用カメラに比べて、スマートフォンの小ささはアクションシーンで機動性の高いカメラワークを可能にしており、迫力ある映像を実現している。ボイル自身が「貧乏人のバレットタイム」と呼ぶ効果も登場し、敵を倒す一撃を際立たせる演出となっている。ただし、初見では非常にクールに映るものの、5回目や6回目となるとやや新鮮味を失ってしまうのも否めない。

このカメラの巧みな使い方は、単に派手な演出にとどまらず、キャラクターの心理描写にも一役買っている。たとえば、ジェイミーが抑圧された怒りを見せる場面では、彼の手に握られたナイフにカメラを寄せ、わずかにカメラを揺らすことで、ウイルスは怒りそのものを「生み出す」のではなく、理性を超えて「増幅する」だけなのだという点をさりげなく強調している。iPhoneは暗所でも効果的に活用されており、スパイクが見るゾンビの悪夢を、怒りに満ちたナイトビジョンの赤で彩っている。

『28日後...』からどれほどテクノロジーが進歩したかを示すように、「iPhoneで撮影」という事実はほとんど意識されることがない。だがそれも、ボイルと撮影監督のアンソニー・ドッド・マントルが、一般向けのスマートフォンにプロ仕様のレンズを装着しているおかげかもしれない。彼らはイギリスの田園風景の美しさを見事に映し出しており、『28日後...』の不気味で閑散としたロンドンが今回は登場しないことに、何の損も感じさせない。さらにドローンによる撮影も、感染者の群れを目まぐるしいスピードで縫うように飛び回りながら、アクションに新たな躍動感を加えている。

ここで、ゾンビものにありがちな言葉を囁かせてもらおう……「もしかして、本当の“怪物”は人間なのかもしれない」と。『28年後...』は、謎に包まれたアウトサイダーであるドクター・ケルソンの重要性をじわじわと描き出していく。彼は大量の死体を焼却する嗜好を持つ、まるで『地獄の黙示録』のカーツ大佐のような人物として描かれており、物語後半に入ってから彼が登場することによって、ストーリーの中でも最も強烈なテーマが紐解かれていく。ケルソンの存在によって第三幕のスケールはかなり絞られるが、彼があの骨の神殿(Bone Temple)の周りをうろついて何をしているのかについて詳しくは語らないまでも、スパイクにとっての最終試練としては間違いなく的確な選択である。そしてレイフ・ファインズは、シンプルながらも破壊力のある演技でその展開に深みを加えている。