【史実解説あり】女郎にとって身請けは「わずかな希望」。しかし身請け先で幸せになれた女郎ばかりではなかった。誰袖の場合は…【NHK大河『べらぼう』第27回】

【史実解説あり】女郎にとって身請けは「わずかな希望」。しかし身請け先で幸せになれた女郎ばかりではなかった。誰袖の場合は…【NHK大河『べらぼう』第27回】

*TOP画像/誰袖(福原遥) 意知(宮沢氷魚) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」27話(7月13日放送)より(C)NHK

吉原で生まれ育ち、江戸のメディア王に成り上がった蔦重の人生を描いた、大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(NHK総合)の第27話が7月13日に放送されました。40代50代働く女性の目線で毎話、作品の内容や時代背景を深掘り解説していきます。

誰袖の“夢”と“現実”に涙

誰袖(福原遥)は「かをり」(稲垣来泉)と名乗っていた頃から幸せをつかむために、あるいは生きるために一生懸命だったと思います。意知(宮沢氷魚)に恋心を抱く前は蔦重(横浜流星)に好意を抱き、彼を見かけるたびに無邪気に抱きついては離れなかったり、「蔦重と わっちは 前世からの縁!」と調子のよいことを言ったり…。さらには、大文字屋の主人・市兵衛(伊藤淳史)が病で弱りきっているときに、蔦重に500両で自分の身請けを許すという証文を強引に書かせていました。

吉原の女郎が地獄のような環境から抜け出し、幸せをつかむには彼女くらいの大胆不敵さが必要だったのだと思います。このことは、大文字屋の主人も認めており、「皆に 花魁(=誰袖)みたいな 逞しい腹黒になってほしいのさ。ここは ぼ~っとしてて幸せになれるようなとこじゃねえからね」と本放送で述べていました。

本作の第11話「富本、仁義の馬面」では、かをり時代の誰袖が「けんど わっちは 籠の鳥。まことの芝居など 見たことありんせん。主さん いつか わっちの手を取り 芝居町へ」と蔦重にうったえていました。この言葉は何気ない一言のようですが、少女時代の彼女の胸の内を知る上で重要な言葉です。自分を籠の鳥と重ね、今の場所から連れ出してくれる人が現れることを心待ちにしていたことが分かります。蔦重は心根が優しく、頼りになる存在ですから、“この人なら私を連れ出してくれる…”とあわい期待を抱いたのでしょう。

誰袖は意知と出会い、新たな恋に芽生えました。老中・田沼意次(渡辺謙)の息子である彼にも、蔦重にかつてしていたように果敢にアプローチを仕掛けます。意知が松前藩の当主の抜荷の証拠を探っていると知ると、廣年(ひょうろく)が大文字屋の客であることを利用し、その証拠と引き換えに身請けを迫りました。

そして、本放送では、意知は米の値が下がらず、自分たち親子への風当たりが強い中でも、誰袖の身請けを決めました。“土山の妾”という表向きにしばらくはなるものの、誰袖の夢を叶えてあげたのです。当初、意知は誰袖に流されていましたが、この花魁にいつの間にか愛情が芽生えていたのです。そして、二人で桜を見に行く日の訪れを心から待ち望むようになりました。

誰袖は吉原での過酷な日々において寂しさを感じることもあったかもしれませんが、蔦重にも大文字屋の主人にも愛されていました。意知に誰袖の身請けを頼む蔦重は真剣で、まるで実の妹を託すかのように懇願していました。誰袖の夢を自身でかなえてあげることはできなかったものの、心から大切に思い、その幸せを強く願っていたのです。

誰袖(福原遥) 意知(宮沢氷魚) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」27話(7月13日放送)より(C)NHK

歌麿(染谷将太)が誰袖(福原遥)の身請けを祝して描いた絵 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」27話(7月13日放送)より(C)NHK

大文字屋の主人も誰袖の身請け話を心から祝福し、その門出を喜んでいました。さらに、蔦重が誰袖の話を本のテーマにいつの日かしたいと頼んでいたように、誰袖の身請けは吉原の女郎にとっての希望となることを予感させるものでした。

しかし、二人の思い描く未来は、恐ろしい闇に呑み込まれます。意知は誰袖と桜を見に行くために城を後にしようとしたところ、藩士・佐野政言(矢本悠馬)に斬りつけられました。彼は周囲から田沼親子への恨みを募らせるよう執念に仕向けられ、ついに意知を斬りつけるに至ったのです。意知の命に別状がなければよいのですが、史実では意知は政言に斬りつけられた傷が原因で命を落としています。

佐野政言(矢本悠馬) 意知(宮沢氷魚) 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」27話(7月13日放送)より(C)NHK

探し求めていた幸せをつかめそうなときに、絶望の淵に追い込まれることは珍しくないと思います。年齢を重ねるにつれてそのことがよく分かるため、人生に期待を持てなくなるのかもしれません。

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【史実解説】誰袖は幕臣・土山宗次郎に身請けされるものの…

史実においても、誰袖は大文字屋を背負う花魁でした。本作では意知との身請け話が出ていましたが、史実では幕臣・土山宗次郎に1200両(花魁の身請けは1000両(約1億円)が相場)で身請けされています。宗次郎は勘定組頭を務めており、田沼意次の右腕でした。また、彼は私生活も華やかで、大田南畝のパトロンでもありました。

宗次郎は誰袖の身請け料のうち500両を買米金から盗んだことが契機となり、破滅の道に進みます。意次が失脚した年に公金横領が発覚。彼は逃亡するものの、逃亡先の武蔵国で捕まり、斬首となりました。宗次郎が公金横領を自らの意思で行い、誰袖は無関係だった可能性もあるものの、宗次郎は誰袖と出会っていなければ違う未来があったかもしれません。そう考えると、誰袖は宗次郎にとってファム・ファタールといえないだろうか…。

二人の結婚生活に関する記録は残されておらず、宗次郎と別れた後の誰袖の生活についても明らかになっていません。

ちなみに、1400両で瀬川を身請けした鳥山検校は愛する女性を身請けしてから約3年で崩壊しました。座頭金の不当利得や過度な奢りの罪科に問われ、入牢、遠島の刑に処せられました。

吉原の頂点に君臨した花魁は国内有数の裕福な男性に身請けされたものの、その後の人生が必ずしも不自由なく幸福に満ちたものではありませんでした。女郎にとって身請けは過酷な暮らしにおけるわずかな希望であったものの、先に身請けされた女郎たちの現実を知ると、その希望さえもかすかなものになりそうです。

参考資料

松村 邦洋『松村邦洋懲りずに「べらぼう」を語る』‎ プレジデント社 2024年

吉田浩『決定版 蔦屋重三郎のことがマンガで3時間でマスターできる本』明日香出版社 2024年