アシスタントを夫の愛人にして、18カ月の別居生活…オノ・ヨーコがジョン・レノンと距離を置いた本当の理由

2人の情事には傷つかなかった, 最初は個人秘書として雇われた, 「あなたならぴったりだわ」, ヨーコはジョンに〝去勢された〟, 「ミセス・レノンでいることから解放されたい」

ジョンは2度目、ヨーコは3度目の結婚だった。©ゲッティ=共同

 1969年に世界の大注目を浴びながら結婚、どこに行くにも一緒で、まさに一心同体だったジョン・レノンとオノ・ヨーコ。

 そんな2人にも「失われた週末」と呼ばれる18カ月の別居期間がありました。しかもその間、ジョンにはヨーコ公認の愛人(メイ・パン)がいましたが、彼女はもともと2人のアシスタントを務めていたのです。

 長年オノ・ヨーコを近くで支え続けた米国の記者、デヴィッド・シェフによる伝記『オノ・ヨーコ』(訳・岩木貴子)より、一部を抜粋してお届けします。

2人の情事には傷つかなかった

 ヨーコは何事にも型破りのやり方で当たる人だったから、ジョンとの別居ももちろん例外ではなかった。彼を追い出し、さらには夫に愛人を“あてがう〞という彼女の決断は、これまでさんざん論じられてきた。

 ヨーコはジョンといったん距離を置きたかったが、ジョンのお世話係が必要だと思っていたのだ。アシスタントのメイ・パンが理想的な候補者として選ばれた。ジョンとメイが男女関係になっても、一度も嫉妬したことはないという。

2人の情事には傷つかなかった, 最初は個人秘書として雇われた, 「あなたならぴったりだわ」, ヨーコはジョンに〝去勢された〟, 「ミセス・レノンでいることから解放されたい」

ジョンは1969年9月にビートルズを脱退 ©文藝春秋

 「2人の情事は私を傷つけるようなものじゃなかった」と彼女は言う。「私には休みが必要だったの。スペースが必要だった」

 情事に彼女は傷つかなかったのかもしれないが、この話が広まってヨーコとジョンのバラードの一部になると、ヨーコは人を操る冷血人間だという印象を強めることになった。

最初は個人秘書として雇われた

 ヨーコとジョンがパンとはじめて出会った時、パンはアレン・クラインのオフィスでアシスタントとして働いていた。1970年12月には、『アップ・ユア・レッグス・フォーエヴァー』という映像作品(『ボトムズ』と似ているが、この作品では体の別の部位を取り上げている)の制作で2人の補佐を務めた。後に、ヨーコに個人秘書として雇われた。

 必要とされることは何でもやり、マンションでも、スタジオでも、アート制作でも、買い物でも、ほかの用向きでも、何でもヨーコとジョンの手伝いをした。夢のような仕事だったとパンは言う。

「よくある1日の業務を挙げると、つまらない日常的なこと(モーニングコーヒーを淹れたり郵便物を確認したりとか)だけじゃなくてジャッキー・ケネディ・オナシスやアンディ・ウォーホルに電話するなんてこともあった」

「あなたならぴったりだわ」

 よく引用される逸話は、ヨーコに予想外の新しい業務を突然持ちかけられてパンが絶句する、というものである。

「午前9時半にヨーコが私のところに来て、『メイ、話があるんだけど。ジョンとうまくいっていないの』と言うの。2人の間はピリピリしてたから、それはわかってた」とパンは言う。

「『今後ジョンはほかの人たちと付き合い始めるから。あなたボーイフレンドいないじゃない、それで、彼にいいんじゃないかと思って』と言われた。私はそんなことないと思うと言ったけど、『彼のことひどい扱いをするような人と付き合ってほしくはないでしょ?』と言うの。それで、『もちろん』と答えた。すると彼女が『あなたならぴったりだわ』と言って立ち去ったの」

2人の情事には傷つかなかった, 最初は個人秘書として雇われた, 「あなたならぴったりだわ」, ヨーコはジョンに〝去勢された〟, 「ミセス・レノンでいることから解放されたい」

デヴィッド・シェフ著『オノ・ヨーコ』。

 ヨーコは、「メイ・パンはとても知的で魅力的な女性で、非常に有能だった。2人なら大丈夫だと思った」と語っている。

 ジョンの情事はヨーコがフェミニストのカンファレンスでシカゴに1週間出張した際に始まったと報じられている。始まったのがいつであれヨーコは2人が交際を始めたことを喜んだ。

2人の情事には傷つかなかった, 最初は個人秘書として雇われた, 「あなたならぴったりだわ」, ヨーコはジョンに〝去勢された〟, 「ミセス・レノンでいることから解放されたい」

日本でも人気を博したビートルズ ©文藝春秋

 ジョンの機嫌の悪さと酒癖とジェリー・ルービン邸での裏切り行為のほかにも、ヨーコはジョンの妻であるということが意味するものに苦しんでいた。「毎日、人々から憎しみを向けられるのがどういうことか想像つく? そんな状況、逃げ出したくなるでしょ」と言っている。

 さらに、「どこに行っても誰もがジョンと話したがった。彼女は文字通り脇に追いやられていた」とグルーエンは述懐する。

 当初、アート界隈の彼女の友人たちはセレブのジョンなど気にしないという態度だったが、ご多聞に漏れず彼らも魅了された。誰もがジョンを求めていた。

ヨーコはジョンに〝去勢された〟

 私のインタビューで、ジョンはこう述懐している。

「名前は出さないけどビートルズのアシスタントが、ビートルズの取材アシスタントの中でも偉いほうのアシスタントだったけど、皆で一緒にいろいろやってた初期の頃の話ね(中略)彼が体を寄せて[ヨーコに]こう言ったんだ。『なぁ、働かなくてもいいんだろう。もう金は十分あるんだし、こうしてミセス・レノンになったんだから……』。68年とかだったかな……。73年になる頃には、そういう態度をずっととられてたらこっちも去勢されてしまうよ」

「表現間違ってるかな?」と彼はヨーコに訊いた。

「その通りよ!」とヨーコは言った。「私は去勢されたの」

「その上、こういう大騒ぎがなくたって、私が私でいることは十分大変なことだっていうのに」

2人の情事には傷つかなかった, 最初は個人秘書として雇われた, 「あなたならぴったりだわ」, ヨーコはジョンに〝去勢された〟, 「ミセス・レノンでいることから解放されたい」

2006年開催「ジョン・レノン スーパー・ライヴ」でのオノ・ヨーコ ©文藝春秋

 彼女はアレクサンドラ・モンローにかつてこう言ったことがある。

「ジョンと出会う前は、私はコンサートや講義を月に2回やっていた。声がかかったから。いつも自分を表現することができていた。それが突然、ビートルズのメンバーの妻になったせいで、私に求められたのは口をつぐむことだった」

「ミセス・レノンでいることから解放されたい」

 彼女こそが、彼が一生探し求めてきた女性だった。彼を救ってくれる人物――母親だった。彼女に自分を救ってもらいたかったが、彼女は別に男性の救いにはなりたくなかったし、男性に自分を救ってもらいたくもなかった。自分で自分を救う必要があった。

 ヨーコはこう語っている。

「ジョンと出会った頃、彼にとって女性とは自分に仕える周囲の人々だった。ジョンは私に自分がどういう人間かを見せて、私と向き合わなければならなかったの――そして、私の方は彼がどういう思いをしているのかを理解しなければいけなかった。でも……ジョンと一緒にいることで苦しんでたから、また“先に進む”必要があると思ったの。ミセス・レノンでいることから解放されたいと思った」