18年前に離婚した妻を自宅に迎え入れて、長女とともに看取る…元夫の葛藤と“責任”とは?【宮川一朗太さんのターニングポイント#4】

18年前に離婚した妻を自宅に迎え入れて、長女とともに看取る…元夫の葛藤と“責任”とは?【宮川一朗太さんのターニングポイント#4】
今年5月に放送された「徹子の部屋」(テレビ朝日)で宮川一朗太さんが打ち明けた、末期がんの元奥様の看取り。一度は離婚した元妻への対応が話題になりました。第4回の最終回では、元妻の看取りの経験から宮川さんが考えた人生観や家族の絆、そしてご自分のこれからについて、教えていただきましょう。
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離婚後も元妻の誕生日を娘たちと祝うことは続いていて
——元奥様は2年前に亡くなられたそうですが、離婚後もコンタクトはあったのですか?
やはり娘たちは母親が必要な時期でしたから、時折元妻に会っていましたね。特にそれを止める必要もなかったですし、僕も彼女の誕生日をいっしょに祝ったりもしていました。
数年はそのような感じで、しばらくして彼女が南のほうへ引っ越したので、それで会うこともなくなっていたんですが……がんになったと。
一度手術をして、その2年後に転移がわかって、そこからはもう末期ということで一気に病状が進み、娘たちも「東京に転院して、できる治療を受けさせたほうが良い」と。そこで東京の病院に入院したんですね。そんなに長くないかもしれないと言われて、本人も「もう病院にはいたくない、家に帰りたい」と、弱った体で繰り返し言っていたんです。
——その時点で離婚されて何年経っていたのですか?
18年です。18年も経つと、あの頃なんで喧嘩していたんだろう——なんて、記憶も薄くなりますね。
——それでも、別れたパートナーを迎え入れるというのは、なかなかできることではないと思うのですが。
そうですよね。一度は別れた妻を自宅に迎え入れて、おそらく期間は短いかもしれないけれど一緒に住む、というのはなかなか複雑な心境でした。
ただ、長時間の移動にはもう耐えられない、病院から近いところがいい、となると、うちしかない。やっぱりこれは葛藤があったんですけどね、本当に彼女を受け入れるのか、そういう状況なら仕方がない、子どもたちも望んでいるし、彼女も病院から出たいというのが希望だ。何日も子どもたちと議論しました。うちに来ても何もできるわけではないですから。
病院から出ることが希望であるなら、最後に願いを叶えられるのも、僕の務めなのかな、というのもありまして。元妻の身の回りの世話は娘たちがすると言っていたことで、受け入れることにしました。
今になって考えてみると、僕の一つの責任の取り方だったのかなあという気もします。
離婚してもう18年ぐらい経つわけですよ。離婚した時はいろんなことがあって、彼女には彼女の言い分が、僕には僕の言い分が、お互いの言い分があって、それが結局埋まらずに別れることになったわけですけど。ここまでの流れを俯瞰してよく考えたら、そこに至るまでのもっと手前の段階で、やっぱり僕にも責任の一端があったんだろうなと思うようになったんです。あのとき離婚しなければ、彼女の人生も違う流れや展開があったんじゃないかなと。
おそらくそれほどもう長くないのであれば、短い時間かもしれないけれども、ここは優しく、優しい元夫で——みたいなね。

——大変な覚悟で元奥様を迎え入れられたんですね。
元妻を迎えたのが2023年の3月で、その半年後に遠方にいる次女に子どもが生まれる予定だったんです。元妻も次女が帰省して、初孫を見せてくれるのを楽しみにしていたので、そういうときって奇跡が起きて元気になったり、そんなこともあるじゃないですか。だから、この不思議な共同生活が長引く可能性もあるかな、でもまあ長期戦でもいいよ、どうにかしてやろうじゃないかなんて思っていたら、結局、家に迎えた翌日、彼女は旅立ちました。
家に来てからの彼女は、もう目は見えないし耳も聞こえなくなっていたので、どこまで理解していたかわかりませんが、体の位置を変えたりしたときの手が僕や娘だと、ここは病院じゃないと感じて安心したのかもしれません。
——最期の日はどのように迎えられたのですか?
翌朝、もうダメかもしれないとなったとき、実は次女が駆けつけている最中で。僕たちは「もうすぐ着くからね、がんばれ」なんて言ってしまうんですけども、付き添ってくれているプロの方は、元妻の様子を見て「もう、脳が休みたいって、言っているようですね」とおっしゃるんです。
そうか、もう、脳が休みたいんだったら、今まで頑張ってきたんだから、もう、いいんだよ、ゆっくり休んでいいんだよ、という気持ちになりました。そこからは1回の呼吸がだんだん間隔が広がり、弱くなり、最後はふーっと息を吐いて旅立ちました。

家族4人で。宮川一朗太さん20代。
元妻亡きあと、子どもたちのために決めたこと
——元奥様を自宅で看取られて、心境の変化はありましたか?
元妻を最後に自宅に迎え入れて看取ったことは、その後周りに話したときにはすごく驚かれて、逆に驚いています。
次女は間に合わなかったものの、次女のことを話しながら、僕と長女と元妻で3人一緒にいて、なんだか家族が戻ったような感覚もあり、温かい、家族的雰囲気の中で送り出せたことは後悔していません。
ただ元妻は、病院で勧められた治療の全てを受けたわけでなく、自分で断ったものもあったそうなんです。そうなると、残された者たちは「あの治療をしていれば」とか「なんとか説得できていたら」とやはり色々考えてしまいますよね。
だから自分はこれから、ちゃんと健康に気をつけていこうと。子どもたちに悔いを与えないようにしようと、決めました。それが先に旅立つ者の責務なんですよね。
——そして最近、始められたことがあるそうですね。
演技指導の塾「いち塾」を始めました。
これは、子どもから大人まで、お芝居をしてみたいという人に広く参加いただいています。最近50代の方が立て続けに入られたんです。人生は一度きりなので、貪欲に楽しみたいと、今までとまったく違う演技の世界に飛び込んで来てくださるのが本当に嬉しいですね。塾長として、自分がやってきたことを人に教える楽しさを実感しています。
親父が亡くなった58歳を越えて、もうすぐ僕も還暦を迎えます。親父の見られなかった60代の世界を見てみたい、芝居はもちろん、色々なことに挑戦していきたいと思っています。
(以下引用)
宮川一朗太さんのターニングポイント④
病院でなく家で過ごしたいと言う病床の元奥様を自宅に迎え入れ、看取り。その経験から、健康に気をつけること、子どもたちに悔いを残させない生き方を目指すようになった。
(以上引用)

宮川一朗太さん プロフィール
みやかわいちろうた⚫️1966年3月25日生まれ。早稲田大学中退。漢字検定準一級。1983年映画『家族ゲーム』で映画デビュー、1984年日本アカデミー賞、優秀新人賞を受賞。『青い瞳の聖ライフ』『ヤヌスの鏡』『一千兆円の身代金』『半沢直樹』『光る君へ』など多くのドラマに出演。映画では1987年『ゴキブリたちの黄昏』、1988年『独身アパート どくだみ荘』、2015年『ソロモンの偽証』など。趣味は競馬 、麻雀、パソコン、映画鑑賞。俳優教育にも力を注ぎ、2021年より「いち塾」主宰。趣味は競馬・麻雀・映画鑑賞。
いち塾 https://actschool-ichirota.com/instluctor/
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