直木賞作家・万城目学 新作エッセイの中で自ら「嘘くさい」と思う一篇は? ひとり出版社での奮闘から大阪万博ルポまで まさに「エッセイの万博」発売!【インタビュー】

万城目学氏
最新エッセイ集『ザ・エッセイ万博』(ポプラ社)を上梓した直木賞作家の万城目学さん。大阪関西万博を体験したり、作詞家デビューしたり、ひとり出版社を立ち上げたり……いろんなエピソードでクスッと笑わせる面白さは万城目ワールド全開。一体、万城目さんにとって、小説を書くこととエッセイを書くことの違いはどこにあるのだろう――発売を記念してご本人にお話をうかがった。
Web連載だったので、30枚書いたことも
――エッセイと小説では、書き方って大きく変わるんでしょうか?
万城目学さん(以下、万城目) 書いているときの力の込め方みたいなのは小説と同じですね。ただ枚数が少ないからどれだけしんどくても1.5日で終わるっていう、そこが大きく違います。別に起承転結もそんなに必要ないし伏線もないし準備は少ないんですけど、この本にまとめたエッセイは「Webなんで好きなだけ書いていい」ってことで(原稿用紙)30枚ぐらいになったものもあって。30枚って文芸誌なら短編小説になるくらいですからね。ネタ探しに1週間以上かかるときもあって大変でした。
――30枚! それは長いですね。
万城目 今まで出したエッセイ集は寄せ集め型というか、3年とか4年の間にいろんな雑誌に書いたものを「いろいろ書きましたけど」って編集者に全部渡して、そこから使えそうなやつをピックアップしてもらってまとめていったんですけど。はじめて今回、最後の書き下ろし以外は全部同じ媒体(注:ポプラ社の「WEB asta*」)で書いたものになりました。
――連載のコンセプトってどんなものだったんですか?
万城目 特になくて、僕からは「文字数の制限がなく、エッセイ書く媒体があるんだったら書きます」みたいなことを言っていて、タイトルだけ先に決めたらあとは結構自由でした。なんでお気に入りのエピソードとか、特にめっちゃ面白かったエピソードみたいなのもあんまりなくって。本当にどれもしんどいしんどい、難しいな、厳しいなと思いながら書いてました。
――そうだったんですね。こちらはクスッと笑いながら読んでいたので…。
万城目 明らかに「ケーキボックスの中のおいしいものを食べる」って感じじゃなくて、「何もないところでケーキ作る」ような感じというか。なので、楽しいとかこれは面白かったっていう雰囲気で書けるものはさすがにないですね。おそらくデビューしたあたりやったら、たとえば高校生活がテーマだったら、どうデコレーションしたらより面白くなるかって楽しみがあったような気がしますけど、Sクラスの思い出なんてデビューして十何年で全部消費しちゃいますからね。そこから後のエッセイは「これは本当にケーキになるんだろうか」と思いながら書いていく感じですね。
――「これはネタになるかな?」というのは日頃から意識していますか?
万城目 たとえばX(旧Twitter)に書いてから「書かんかったらよかった」と思うことがよくあります。パッと思いついて140文字で書いてしまってから、「これは3〜5枚にできたのに消費してしまった…」って。もちろんそこに2、3個は(要素を)足す必要はありますけど、ネタの消費ではありますよね。なんであっと思って書き込まずに消すこともあります。
エッセイには「まごころ」をこめたい

万城目学氏
――エッセイというと「日常」をとりとめもなく書くパターンもありますが、8年ピアノを習ったとか、作詞に挑戦されたとか、ひとり出版社をはじめられたとか、結構なエピソードがさらりと登場するのに驚きました。今、注目の文学フリマにも出られたそうですね。
万城目 (文学フリマは)2023年に出ましたけど、あれからさらに大きくなったみたいですね。文学フリマにはメールで応募すれば数千円で出られますから、「本を作って売る」っていう一連のプロセスを経験したいなら本当にいいと思います。思いついたら半年後くらいにはちゃんと本を誰かに手渡せる環境があるって、世界を見回してもなかなかないんじゃないですかね。万筆舎(注:万城目さんの作ったひとり出版社)はあと2、3年はやれそうなんで、3冊まではいけるなと思っています。たとえば音楽の場合なら、誰かとコラボしたいって思ったら、一つの楽曲に2人の歌声を入れるとかやり方もいろいろあるし、アーティスト側の意思って反映しやすいと思うんですよ。でも小説や作家の場合は、編集者が提案したアンソロジーのような形はあっても、作家の側から「あの人とやりたい」って言ってもなかなか難しい。でも僕のこの仕組みを使えば座組は自由にできるんで、作家の森見登美彦さんとヨーロッパ企画の上田誠さんと一緒に『V3』(2024年刊)を出すことができました。
――京都に縁のある人物で野球チームを組むという回(「京都ナイン」)もありましたが、万城目さんの小説世界のエッセンスがよく出ている感じがして面白かったです。
万城目 実は、この話が自分の中で一番評価低いんですよ。本書の中で唯一編集者さんから「書いたらいいんじゃないか?」って提案されたアイデアなんですよね。前に一度どこかで似たようなことを書いていたし、慣れた手法だから多分面白いんでしょうけど、僕としては今回のエッセイでは一番独創性が低いなと思っていたんですが…。
――そうなんですね。万城目さんのエッセイをはじめて読まれる方には、小説世界の延長として入りやすいように思いましたが…。
万城目 なるほど。「編集者目線」が正しかったんですね。ただこれ嘘くさいんですよ。作為的で、あんまりまごころこもってないなって僕は思ってたんで。でもそれは良かったわけですね。
――これはこれで面白いと思いました。でも万城目さんの言う「まごころ」ってどんなものか気になります。
万城目 「元手」と言ってもいいと思うんですけど、たとえばピアノ教室に8年間通った話や、ひとり出版社を立ち上げた顛末なども実際にやったことなんで。エッセイだからいろんなパターンがあっていいと思いますけど、薄いエピソードを小手先の技術でふくらませて何となくかたちにするのではなく、実体験をベースにしてある程度濃いエッセイに仕上げること、ですかね。
――その上でエッセイだからこそ気をつけていることはありますか?
万城目 関西人だから適度な羞恥心を持って、でも諧謔の気持ちを忘れずにみたいな、そういう基本的な県民性みたいなのはあると思います。あと資本主義の話を入れるときに、小銭の話で止めるとか、庶民性をアピールするみたいなところはあるかもしれませんね。
――ちなみにこれまでエッセイ本のタイトルはすべて「万」が付いていて、本書のタイトルは『ザ・エッセイ万博』。今年はたまたま万博が開催されているからでしょうか。
万城目 「一粒万倍日」とかが候補にあって、そうするとちょっとスピリチュアルな感じがして。そこでタイミング的にバッチシだったんで、万博でいったらいいんじゃないですか、みたいな感じで、最後に決まりました。
小説に描かれるから「特別な場所」になる

万城目学氏
――本書によれば万城目さんは「なぜ京都を描くか」とよく訊かれるが「歴史の蓄積とボンクラ大学生がたくさんいるから」と答えているそうですね。どうしてボンクラ学生が多いんでしょうね?
万城目 ダラダラやっていても何とも言われないからですかね。京都は観光はものすごいですが、都市としての機能はあまりパッとしてないんで、「卒業したら社会に出て働く」っていうイメージが学生に押し寄せてこないんですよ。たとえば、学生が会社立ち上げるとかって大人の真似事をするのもやっぱり資本主義の圧力だと思うし、早くそこに接続した方が人生得する、のんびりしてると損するっていう感覚があったりしますよね。多分京都の学生には、その得する損するという感覚自体が薄いんじゃないかと思います。すると外圧がないので、自分のペースで生きる学生の比率が多くなる。まあ、実際は東京以外の地方大学って全部こんな感じだと思うんですけど。
――確かに東京はだいぶ違いますね。
万城目 それと、京都の大学出身の作家が小説世界でそういう雰囲気を表現しがちだから、より特別な場所に思えるんじゃないかと思いますよ。もしも北大出た人が書いた札幌が舞台の小説を読んだら、「北海道の学生生活は素敵」ってなると思うし。かなりイメージが先行しているところはあると思います。ちなみに同じく京都の大学生の話を書く森見登美彦氏とこのイメージ・ギャップ問題についてときどき話すのですが、お互い特に楽しくもない、パッとしない学生生活を送っていたんですよ。それを小説に書いたら「楽しそう」って言われるんで、「なんやろうね、これ」って。我々自身は本当に京都で灰色の学生生活を過ごしてるんで、「なんであんな楽しそうなんですか?」って質問されても「知らんがな」みたいな。たとえば、僕が高校生の頃は京都の学生時代の話を書いている人は全然いなかったから、大阪に住んでいてもずっと京都は謎のエリアでした。京都の学生生活なんてイメージできないし、それこそ若者と京都の小説だと、三島由紀夫の『金閣寺』くらいまで戻ってしまうくらい。
――万城目さんや森見さんが小説世界で可視化してくれたことが「楽しそう」を増幅しているわけですね。中にはイメージと違ってキツいと思う子もいたりするんですかね。
万城目 これが案外みんな楽しいんですって。なんじゃそりゃって思いますね。小説だからと言って、別に楽しいことを書いてないんですけどね。「ホルモーやってるけど、なんかしんどいな、だるいな」っていう雰囲気を書いたつもりなんです。あと京都には変わった人が多いとかよく言われますけど、その風評を知った上で、変わった人を演出している人もいて、その時点で変わってないんじゃないかって思わないでもない。メタ認知できている人は至ってまっとうです。
――ややこしいですね。でも一方で、やっぱり街が持つ独特の気配が書かせる面はあるのではないかと。
万城目 書きやすいですよ。歴史のことをちょろちょろって書いた後に本題に入るとか、枕の部分が書きやすいしテンポをつかみやすいと思います。
――物語ではその歴史的なこととか現実がスライドしたり不思議なことが起きたりしますけど、ご自身は実際に不思議な体験とかされたことはありますか?
万城目 僕は全くないですね。極めて現実的です。変な非日常の話とか入れていますが、それを全く非日常っぽく扱わずに文章に書くっていう。距離感というか、それも一つの技術ですからね。おそらく本当に不思議な体験をしたり見たりしてしまう人は、中からそれを眺めるのでまた違う書き方になると思います。
――その絶妙な距離感が面白さにつながるのかもしれません。
万城目 現実の要素だけで物語を全部書きたいと思っていても、そういう非日常のものを入れないと表現できないみたいなことが多くて。よくたとえるのが「ボールを投げたら勝手に曲がってスライダーになる」ですね。投げたら勝手に曲がるので、なんで曲がるのかは自分で考えないし、だったらそれをどう使って三振とるかと考える。なので、これを使ってどういうふうに面白い物語を作れるかなというのを考えるので、なぜ曲がるのかと聞かれるとすごく困るんです。ただ「曲がる」部分、非日常のパートは割合的には全体の1割、2割くらいで、あとは日常を描いています。そのくらいがちょうどいいかなと思っています。
――てっきり、いつも面白い妄想とかされているのかと思っていました。
万城目 全然しないですね。それこそ選挙結果や現実的な問題をずっと考えています。
――そういう目線と面白さをつなげられるのが、さすが作家の力ですね。今日はありがとうございました。
取材・文=荒井理恵 撮影=島本絵梨佳