山田邦子、レギュラー17本からバッシングの時期へ…「女性の先輩芸能人に”死ね”と言われました」

2025年8月20日から博品館劇場で上演となる舞台『ジャニス』は、5年の活動ののち解散し、伝説となっているガールズバンドの物語だ。『ジャニス』で座長をつとめるのは山田邦子さん。8年連続「好きなタレント調査」女性タレントの1位になり、自身の名前のついた冠番組も何本も抱えていた。「天下を取った唯一の女芸人」と言われており、まさに「伝説」を作った一人だ。

芸能界で売れるとはどういうことなのか、体感しているからこそリアルな舞台が期待される山田さんに、ライターの田中亜紀子さんがインタビュー。第1回では、レギュラーが17本(週14本、2週に一度をいれると17本)となり、寝る時間がなくて「死にたい」と匿名の電話相談をするほどの多忙な生活のことをお伝えした。第2回では、冠番組がおわったあと、バッシングにさらされされてしまった時期のエピソードなどを聞く。

八方塞がりになった頃, 46歳で乳がんに, 「生かされている」実感, 60歳を超えてYouTubeや演芸ホールでの挑戦, 「死ね」と言ってきた先輩芸能人と再会し…

『ジャニス』稽古場でのインタビュー 撮影/栗原朗

山田邦子(やまだくにこ)   

1960年東京生まれ。1979年から芸能活動をはじめ、1980年デビュー曲「邦子のかわい子ぶりっ子バスガイド編」で有線大賞新人賞受賞。「オレたちひょうきん族」で人気が出て、「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」「邦子にタッチ」など多くの冠番組を持ち、1988~1995年NHK好きなタレント調査で8年連続1位という男女合わせても記録保持者である。乳がんになった経験から、その啓蒙のためのチャリティー活動を行う「スター混声合唱団」を設立。2020年YouTube「山田邦子 クニチャンネル」を開設。2025年「日本喜劇人協会」会長に就任。

八方塞がりになった頃

80年代後半から90年代、『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』『邦子がタッチ』『山田邦子のしあわせにしてよ』……。山田邦子さんはこのように自身の名前のがついた、いわゆる冠番組のほかにも、MCを担当するテレビ番組も数多く、一時は毎週14番組、隔週で17番組をレギュラーで収録していたという。やがてワイドショーに執拗に付け回されるようになる。突撃取材を受けてそこに抵抗した部分を何度も流されたり、身に覚えのない噂話や強烈なバッシングにさらされ、冠番組も激減する状況になった。

「長年独裁体制だった反動だったんでしょうか。いろいろひどいことがありました。一般の方から業界人まで、切手を貼って、つまりわざわざお金を使って、手紙に『死ね』とか『バカ』とか書いて送って来たり、女の先輩芸能人ががわざわざ家まできて『お前は後は死ぬだけだ』と言ってきたこともあります。こんなことをする人もいるんだなって、すごく残念な気持ちになりましたね。当時はそういった暴言や中傷には事務所も初体験で。テレビの仕事もどんどん減って正直八方塞がりな時期が続きました」

八方塞がりになった頃, 46歳で乳がんに, 「生かされている」実感, 60歳を超えてYouTubeや演芸ホールでの挑戦, 「死ね」と言ってきた先輩芸能人と再会し…

撮影/栗原朗

寝る暇が本当にないほど忙しい人気者の日々から、一転した八方塞がりの時期。しかしそういう時期に突入した時、山田さんは新たな展開があった、という。

「性格なんでしょうかね。嫌なことがあって、かなりがっかりしちゃっても、それまで我慢していた“やりたいこと”がとても多かったので、時間ができたからあそこにいけるとか、あれが出来る、そういうワクワクする方向に気持ちが変わりました。時間がなくて出来なかったお稽古事や念願の舞台の仕事など、新たな手ごたえも感じるようになりました。車の免許もその流れで取りましたが、取ってよかった。今は運転大好きですね。やったことないことって、いくつになっても結構あるんですよ

46歳で乳がんに

しかしそんな新たな活動の時を迎えていた山田さんに、さらなる試練が降りかかった。46歳の時に乳がんが発覚したのだ。

「たけしさんの医学番組にゲストで出演する機会があって、その時に乳がんのセルフチェックを実践したら、あれ? と違和感があったので調べたら、なんと3つもがんが!! そのがんは8年ぐらい前からできてていたそうで、思い当たるのは結婚だったりして(笑)。

聖路加病院で2度手術を行い、幸いなことに成功しまして。術後不安な時に、同じ患者さんの体験を聞くことですごく励まされたんですね。それでわたしもほかの患者さんのお役にたてたらと、いろんな業界の方に声をかけて、『スター混成合唱団』を結成し、チャリティーコンサートやイベントを通じて、がんの啓蒙や患者さんとその家族への支援活動を行っています」

八方塞がりになった頃, 46歳で乳がんに, 「生かされている」実感, 60歳を超えてYouTubeや演芸ホールでの挑戦, 「死ね」と言ってきた先輩芸能人と再会し…

撮影/栗原朗

「生かされている」実感

そういったチャリティーはもちろん、がんになったことと、その前から始めていた舞台の仕事とあわせ。多くの気づきや変化があったという。

「ピン芸人だから、以前は自分ががんばればいいという感じでしたが、病気になって、自分は生かされているんだと気がつきました。一人で野原で大きないい声で歌っても、自分は気持ちがいいですけど、それで終わり。自分のために生きるのはもちろんいいんですけど、誰かがすごく想ってくれるとその人に生かされるような感覚があります。

がんの手術が成功した翌年、もう治ったと力が入って、これまでやったことない、ミュージカル『アニー』に挑戦したんですね。子供たちと歌って踊って、本当に楽しくてね。それで、こんな元気になったから、私はもうがんに勝った! みたいに張り切りすぎたら、その他の地方の講演で倒れちゃったんです。よく考えたらまだ放射線治療が終わったぐらい、ホルモン治療が5年続いている間で、実はまだ全然がんに勝ってなかった。長い目でゆっくり活動しないといけなかったんです。

倒れた時は、本当にフラフラになっていて、なんでこんなに立ち上がれないのかと。近くの病院に連れて行っていただいたのですが、主催の方がちょうどがんを経験した方で『わかるよ、無理しちゃダメだ』と言ってくださって。申し訳ないやら、本当に助かりました。

この方は次の年も講演会に呼んでくださって、感激しました。これもこの方に生かされたわけです。この方が期待して、また見たいって言ってくれるから頑張れる。そういうことはがんを経験してから気がつきました。

テレビやラジオの時も、もちろんすごく応援してもらっていたとわかっていたつもりでした。でも、お客様がチケットを買って来てくださるのを実際に目にすると、なんと素晴らしいことでしょう。こんなに応援していただいていたんだということがはっきりとわかるようになって。この人のために、この人たちのために歌おう、面白いことをやろう、と思うようになりました

それは誰しもそうで、お母さんでもいいし、お友達でもいいし、ファンでもね、道行く人でも、『いつも見てるよ』という一言でも嬉しい。みな、人に生かされているという感覚に考え方が変わりました

60歳を超えてYouTubeや演芸ホールでの挑戦

テレビの嵐のような時期が過ぎた後に始めた長唄は、名取となり、舞台座長公演も行うようになった。また近年開設したYouTubeの公式チャンネルで若い世代に認知度を高め、M-1グランプリの審査員を務めてから若手芸人たちとの関係性を深め、以前は師匠がいないために出られなかった演芸ホールに出演を果たすなど、60歳を超えてから、さまざまなことをスタートさせているのだ。

「ちょうど手なずけていた後輩たちが師匠になって(笑)、例えば桂宮治くんとか林家たい平ちゃんとかが『俺が座長ですけれども、邦子さん、ちょっと出ますか』と言ってくださるので、『出る出る』って浅草演芸ホールとかに出してもらっています。もともと学生のときに全校生徒の前でお笑いをやってウケていたのが私の原点なので、聴衆の前で芸をやるとよみがえる感じがあるんです。

また長唄もね、師匠との大きな公演じゃなくて、カジュアルな公演もやって、若い方に三味線ひいてみたいとか、興味をもっていただきたい気持ちがあります。現在大ヒット中の映画『国宝』を見て、歌舞伎に行く方が増えてるそうですが、そういう広がりってすばらしいですよね」

八方塞がりになった頃, 46歳で乳がんに, 「生かされている」実感, 60歳を超えてYouTubeや演芸ホールでの挑戦, 「死ね」と言ってきた先輩芸能人と再会し…

撮影/栗原朗

「死ね」と言ってきた先輩芸能人と再会し…

最近、山田さんは、以前わざわざ家まできて暴言をはいっていった先輩芸能人に再会したそうだ。

「ついに挨拶しました(笑)。かなりお年になっていらしたのと、ちょうど亡くなった親友のお別れ会で会うというきっかけがあったので、その故人から、もういい加減に挨拶しろよっていわれたような気がしたんです。『お元気ですか?』と言いました。周りがみんな、当時のことを知ってるんで、驚いてましたね。

よく考えると、その方は若い頃先輩にいじめられたり、つらいことがいっぱいあったんじゃないでしょうか。今だったらSNSの書き込みでひどい誹謗中傷をする方たちって、だいたいは、あんまり幸せな状況じゃないことが多いようです。もめていたり、家のことや身体的なことなどうまくいかないことがあったり。幸せな人はそんなことしないんですよね。そういうことも、今は理解できます。

最近思うのは、芸能界で売れる売れないというのは一種のブームのようなもの。今すごい人気の小島よしお君もね、もがいたり、いろいろがんばって活動を広げたのね。彼が主宰する『野菜―1グランプリ』っていう、野菜をネタにした若手のお笑いの公演に私も審査員で呼んでもらっているけど、これが本当におもしろい。野菜や果物をネタにするから、幸せなネタが多くてね。それで小島くんが最後に出てきて『オッパッピー!』で終わるんだけど、拍手喝采でもの凄い人気なんですよ。

だから芸人もタレントもみんなで順番に売れたらいいんじゃないかと思うんです。今年、喜劇人協会の会長に就任したこともあり、今後は私のYouTubeの公式チャンネルでも、若手のおもしろい方を一人ずつ紹介するような活動もしていきたくて、今いろいろ準備中です」

八方塞がりになった頃, 46歳で乳がんに, 「生かされている」実感, 60歳を超えてYouTubeや演芸ホールでの挑戦, 「死ね」と言ってきた先輩芸能人と再会し…

撮影/栗原朗

芸能界の酸いも甘いもかみ分けて、45年間生き抜き、さらにチャレンジを広げる山田邦子さん。彼女が8月20日から上演となる主演舞台『ジャニス』は、元ガールズバンドのメンバー一人が亡くなったことで30年ぶりに集まるところから始まる物語。それぞれの人生で山あり谷あり。会っていなくても、それぞれの人生は続いていて、それぞれが努力したり、泣いたり笑ったり。山田さん自身が実感し、努力し続けてき経験があるからこそ、リアルな舞台が実現するのではないだろうか。

◇インタビュー第3回は8月19日公開予定です。

八方塞がりになった頃, 46歳で乳がんに, 「生かされている」実感, 60歳を超えてYouTubeや演芸ホールでの挑戦, 「死ね」と言ってきた先輩芸能人と再会し…