秋葉原で静かに進行する「中国化」のリアル

オタクの聖地を中国席巻, アキバのあちこちに出現「実は中国」な企業広告, 中国では制限されていたアニメも、日本では自由, 日本で売れまくる中国スマホゲーム, データで見る中国ゲームメーカーの躍進, 「お客さんも私も歳を取ったの」89歳店主の決断

“オタクの聖地”秋葉原は、もう日本のゲームやアニメの独壇場ではなくなっている(写真:まちゃー/PIXTA)

かつて“オタクの聖地”と呼ばれた秋葉原が、いま静かに姿を変えつつある。ここはもはや日本メーカーの“牙城”ではない。アニメやゲーム広告に電気街──その街を象徴する風景の裏で、勢力図が塗り替わりつつある。
本記事は『ニッポン華僑100万人時代』より一部抜粋・再編集。変貌するアキバの最前線に、日経記者が迫る。
※登場する取材協力者の肩書や年齢は取材当時のものです。

オタクの聖地を中国席巻

日本を象徴する街の姿が大きく変わり始めた。アキバから、上野アメ横、道頓堀に至るまで。「日本らしさ」が全国から静かに消えつつある。陰の主役は「中国」だ。

【グラフを見る】秋葉原を訪れるインバウンド客の国別人口

「秋葉原へようこそ!」。1日20万人超もの乗客が利用する、JR秋葉原駅。その駅の表玄関である中央改札に向かうと、正面から次々と美少女キャラクターの広告が現れ、アキバファンを出迎える。

改札を抜けると、今度は全長30メートルもの大型ビジョンに、女子高生風のアニメキャラクターが次々と登場する。ファンの気持ちをこれでもかと高ぶらせる駅構内は今、「完全なアキバワールド」(20代の日本人男性)だ。だが、この広告主、実はすべて日本企業ではない。「秋葉原駅中央改札をジャックする」。そう豪語し、2024年春から派手な宣伝を仕掛けてきたのは、新進気鋭の中国企業だった。

上海に拠点を置くスマートフォン向けのゲームメーカー、上海悠星網絡科技――。日本では「Yostar(ヨースター)」の名称で展開し、日本のアニメファンを次々と虜(とりこ)にしている。ゲームプレイヤーが教師役となり、美人学生たちと学園ドラマを楽しむゲーム「ブルーアーカイブ」や美少女ゲーム「アズールレーン」などを配信し、人気を呼ぶ中国メーカーだ。

JR東日本は現在、全国の主要駅を中心に、駅を従来の「交通拠点」から「新たなビジネスを創発する拠点」へと転換を進めている。2024年からは、秋葉原駅をモデルケースとし、「圧倒的インパクトを創出する」場として、駅構内に大型ビジョンと店舗スペースを一体化させた空間を企業側に提供。その第1弾で、アキバの世界観に合致しているとして選ばれたのが、中国企業のヨースターだった。同社が用意した広告費は1年間で3億円を超える。

「ヨースターは、ゲームキャラクターの見た目が特にかわいいです。ゲームのクオリティーも日本のものと変わりません」。駅構内で出会った大阪府在住の男子大学生、吉田成孝さん(22)も、そう興奮気味に話してくれた。就職活動で上京したついでに、秋葉原駅構内にあるヨースターの公式販売ショップに立ち寄り、グッズを買い求めに来たところだったという。2年前、友人の勧めでヨースターのゲームを始めて以来、「すっかりその魅力にはまってしまった」。

アキバのあちこちに出現「実は中国」な企業広告

駅を出て、今度は秋葉原の中心部、電気街へと記者は向かった。多くの外国人観光客を横目に、立ち並ぶビルを見上げる。すると、ここでもひときわ派手な看板が目に飛び込む。中国大手ゲームメーカー「上海米哈游網絡科技(miHoYo、ミホヨ)」の人気ゲーム、「原神」の広告だ。原神は、ゲームプレイヤーが旅人となり、広大な世界を冒険するアクションロールプレイングゲーム(アクションRPG)として知られ、日本人の間でも絶大な人気を誇る。

こうした今のアキバを彩るゲームやアニメの巨大広告看板の数々――。何気なしに秋葉原の街を歩くだけでは、おそらく、それが中国企業のものとは到底気付かない。こんな「隠れ中国」が今、アキバのそこかしこに出現する。アキバは、もう日本のゲームやアニメの独壇場ではなくなっている。

中国ゲーム企業の勢いそのままに、アキバを訪れる中国人も群を抜いて増えている。取材班がドコモ・インサイトマーケティング(東京都豊島区)の協力を得て、携帯電話の位置情報データから、秋葉原駅周辺(1キロメートル四方)にいる外国人の滞在人口を国籍別に解析した。すると、中国からの来訪者は1日当たり約5000人(2024年7月時点)と、韓国や米国などからの来訪者に比べ、5倍程度にも達しており、圧倒していることが分かった。

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中国では制限されていたアニメも、日本では自由

実際、街ゆく中国人にも話を聞いてみた。この日、話が聞けたのは、秋葉原によくに来るという中国・四川省成都市出身の24歳男性、程子軒(チョンズーシュエン)さんだ。2023年に来日、日本語学校を経て、今は日本薬科大学の1年生。クラスメートには中国人も多いという。

――秋葉原にはよく来るのですか。

「大学がお茶の水にあって、秋葉原は近いのでよく友達と遊びに来ます。アニメのフィギュアとかは買いませんが、アニメ関連のTシャツとか、ノートとかキャラクターグッズなどをよく買ったりしています」

――中国のアニメは今、この秋葉原でも人気のようですね。

「(妖怪が人間界で過ごす日常を描いたアニメの)『フェ〜レンザイ(非人哉)』は、日本でも人気ですよ。ただ、中国のアニメは、日本のアニメをコピーしている場合も多いです。それが中国で問題だという雰囲気は、特段ありませんけどね」

――好きなアニメに囲まれるアキバや日本にどんな印象を持っていますか。

「日本の一番良いところは自由です。中国だとファイアウォールがあってインターネットの閲覧も制限されており、見られないアニメも多かったように思います」

――やはりアキバは、アニメ好きの中国の人にとっては、たまらない場所ですね。

「アニメが好きなので、大学卒業後も私は日本の会社でずっと働き、日本に住みたいと思っています。ゲームからアニメ化された『Fate/stay night』や『東方Project』などが特に好きで、もっと言うと、日本の昭和時代の曲、竹内まりやさんや菊池桃子さんの曲などもよく聴いています」

日本の牙城だったアニメやゲーム、コンテンツ産業。そこを席巻する中国企業。そんな熾烈な日中の戦いに、吸い寄せられるかのようにまた、大量に群がる中国人客。おそるべきチャイナパワーが今、この秋葉原には渦巻く。

日本で売れまくる中国スマホゲーム

こうしたアニメ、ゲーム業界における中国企業の勢いを、日本の業界のプロたちは一体どう見ているのか。

「(中国企業のミホヨのゲーム)『原神』が2020年に発売された時には、日本人のクリエーターたちも、みんなびっくりしていました。キャラクターの見た目、ビジュアルが良いのはもちろんですが、ゲームの中身もちゃんとオリジナリティー(独自性)があったのには、とても驚きました。アクションシーンも優れていて正直、中国メーカーに対し、かなりの危機感を覚えたことを思い出します」

日本の大手ゲームメーカーなどで15年以上、ゲームプランナーとして活躍してきたある40代の日本人男性は、「原神」から受けた当時の衝撃をこう語る。男性自身もかつては、中国のメーカーで働いた経験を持つ。日本の大手では年収800万円だったが、中国メーカーから提示された額は1500万円。2倍近い報酬はやはり魅力的だったという。さらに「ゲーム制作にあたっての海外での取材費用や交際費用なども、中国企業は惜しみなく出してくれました」。

こうした手法で「中国メーカーは、日本人のゲームクリエーターを数多く雇って制作し、ゲームの中身においても日本人声優を起用し、ストーリーまでも日本のゲームに似せて作るのは、もはや『当たり前の文化』でした。その上で、最後まで徹底して日本のゲームに似せることで完成度を高めるというのが、これまでの中国メーカーのやり方でした」と、男性は振り返る。中国メーカーの躍進にはこうした背景がある。だが、それでも男性は今の中国企業の台頭には驚きを隠せないという。

中国企業の躍進の裏には、日本企業にはない経営判断のスピードやリスクを取る大胆さ、それを裏付ける圧倒的な資金力があることも見逃せない。例えば、中国企業が繰り出すゲームは、前述の「原神」をはじめ、開発費が100億円規模に達するものが多いのが特徴である。当たれば大きいが、外れればリスクも当然大きい。

一方、日本企業の場合は、やはりそこまでリスクは取れず、投資も中規模で、数十億円程度のゲーム開発が主流になる。「100億円の開発費が出せるのは、既にヒットしている有名タイトルの続編など、ある程度、ヒットが保証されているようなゲームの場合であって、全くの新規開発のタイトルに100億円を出すことは、日本企業の場合はほとんどあり得ない」と、先のゲームプランナーの男性は語る。

だが、こうした経営判断の差で、中国企業が日本企業の牙城に迫りつつあるのが現状。結果、それがアキバの街の風景をも変えてきているのが実態である。

データで見る中国ゲームメーカーの躍進

データからも、今の日中企業の勢いの差が見て取れる。米調査会社センサータワーのデータによると、2024年に日本で売れたスマホのゲームアプリ上位30タイトルのうち、日本企業のゲームは既に16タイトルしかない。加えて、「ドラゴンクエスト」や「ポケットモンスター」「ドラゴンボール」など、1980〜90年代に生み出された人気キャラクターをベースにしたゲームが多く、新味に欠ける。

一方、中国企業の勢いはすさまじい。既に11タイトルを占め、日本勢の背中に届く勢いだ。日本のコアなゲームファンにもここまで中国メーカーが受け入れられているとは驚きだろう。特にミホヨが開発した「原神」は、2020年の発売からわずか2年余りで、日本での累計収益が10億ドル(約1500億円)を突破し、なお日本で根強い人気を誇る。

「原神」の成功などで、中国人創業者の蔡浩宇(ツァイハオユウ)氏はサクセスストーリーを築き上げている。米フォーブスによると、同氏の保有資産は73億ドル(約1兆1000億円)と、「中国の富豪100人」にランクインするまでになっている。

オタクの聖地を中国席巻, アキバのあちこちに出現「実は中国」な企業広告, 中国では制限されていたアニメも、日本では自由, 日本で売れまくる中国スマホゲーム, データで見る中国ゲームメーカーの躍進, 「お客さんも私も歳を取ったの」89歳店主の決断

取材班はこうした中国企業の勢いをさらに調査しようと、多くのゲームメーカーに取材を申し込んだ。だが、残念ながらいずれも断られた。秋葉原駅の中央改札を「ジャック」するとし、駅構内で派手なアニメゲームの広告展開を続けるヨースターにも取材を申し込んだが、丁重に断られた。 

同社広報は「弊社としても、日本経済新聞から取材を受けることは、大きなチャンスであることは間違いないとは考えているものの、影響力が大きく、中国企業として、皆様にどう受け止められるかが分からず、取材をお受けすることができない状況です。ご希望に沿う回答とならず、誠に申し訳ございません」とコメントした。

「お客さんも私も歳を取ったの」89歳店主の決断

こうして変わりゆく秋葉原の街――。それでも今なお、駅のガード下には、プラグや電線、端子などの電子部品を販売する小さな店が、わずかにだが残っている。真新しいビルに囲まれながらも、昭和の香りを残すのは「秋葉原ラジオセンター」だ。その1階、1畳ほどのスペースで、ラジオやトランジスタなどの技術系雑誌や書籍を扱う店を経営するのが、万世書房の霜鳥和子さん(89)。どんな思いで今、秋葉原の街を見つめているのだろうか。

――こちらの店は、何年続いているのでしょうか。

「ラジオセンターができたのが昭和20年代で、私の父はその年から店を始めたから、今年でもう74年になりますね。父が途中で病気になり、私が2代目となって働き始めてから数えても、もう50年は過ぎています」

――こちらの店は、電気関連の雑誌や専門書が多いですね。

「昔は、ラジオやトランジスタなどの専門雑誌がもっといっぱいあったんです。新しい雑誌が発売されると、早く見たいというお客さんが多くいらして、本当にたくさん売れました。ただ、次第に私も歳を取るし、お客さんも歳を取るので、だんだんお客さんも来なくなり、本は売れなくなりました。本もインターネットとかで買っちゃった方が楽だしね」

――本以外にも、昔はここでしか買えない部品を買いに来る人が多かったと聞きます。

「以前は、特殊な工具とかネジとかを置いていた店も多かったけど、今では部品屋さんもほぼなくなりました。昔は製品自体が高かったから、ここで部品を買って自分で作っていた人もいたけど、今は製品自体も安いので、自分で作るメリットがあまりなくなりましたよね。今は、アニメのお人形さん(フィギュア)とかを置く店も増えてきて、『ラジオセンター』の名前を付けているビルの意味もなくなりましたよ」

――長年、この街を見てきた霜鳥さんには、今の秋葉原の風景はどう映っていますか。

「昔は女の人は全然来ない街だったけど、今は電気街のイメージから全くかけ離れているアニメとかゲームとかが増えて、女の人が街に増えたように思います。昔は外国人もいなかったけど、今はいっぱい来ていますしね。でもうちは本屋だから、いくら外国人が増えても商売には関係ないんですよね」

――この先、店をどうしていくかとか、何か考えはお持ちですか。

「もう今年いっぱいで、店はやめようと思っています。本が売れていれば、誰かやろうと思うかもしれないけど、売れていないから継ぐ人もいない。家賃も高いし、本が売れないとやっていけないからね。私は秋が来たら90歳になる。こんな形で終わる人生は少し残念だけど、まあ仕方ないですね……」