70年代を風靡したドナ・サマー:1億枚を売り上げた歌姫の波乱に満ちた生涯
- 伝説的歌手、ドナ・サマー
- 史上最も売れたアーティストの一人、ドナ・サマー
- 時代を駆け抜け、63歳で死去
- ドナ・サマーの真実に迫るドキュメンタリー
- 人種差別に苦しめられてきた過去
- 敏腕プロデューサー、ジョルジオ・モロダーとの共同制作
- 「愛の誘惑」がBBCによって禁止される
- 実は敬虔なクリスチャン
- 牧師から虐待を受けた過去
- ドナ・サマーはビデオで撮影するのが好きだった
- パートナーからDVを受ける
- 1976年に自殺未遂騒動を起こす
- 1979年にはさらに熱心なキリスト教徒に
- 1980年代に転機が訪れる
- ゲイ・コミュニティについての論争の的になる
- 自らの名誉を回復しようと努める
- 肺がんの原因が9.11同時多発テロではないかと疑う
- 2012年の死後、各界から多くの追悼の声が寄せられる
伝説的歌手、ドナ・サマー

数々のヒットを飛ばし、累計1億枚にのぼるアルバムを売り上げたドナ・サマー。代表作には「ホット・スタッフ」、「バッド・ガール」や「愛の誘惑」などがある。そうした記録から、史上最も売れたアーティストの一人として伝説となっている。
史上最も売れたアーティストの一人、ドナ・サマー

「愛の誘惑」や「ホット・スタッフ」、「バッド・ガール」など数多くのヒットを飛ばしたドナ・サマー。アルバムの売上は累計1億枚を記録したことから、史上最も売れたアーティストの一人として伝説となっている。
時代を駆け抜け、63歳で死去

一方、ドナが自身のプライベートについて語ることは少なく、その私生活は謎に包まれていた。70年代に一世を風靡し、2012年に63歳で亡くなったドナ・サマーの生涯を振り返ってみよう。
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ドナ・サマーの真実に迫るドキュメンタリー

2023年、米放送局『HBO』はドキュメンタリー『Love to Love You, Donna Summer』をリリース。ドナ・サマーの娘ブルックリン・スダーノと、アカデミー賞監督ロジャー・ロス・ウィリアムズが共同で監督を務めている。同作では、多くの未公開映像が披露されるなど「ディスコの女王」と呼ばれたドナ・サマーの真実に迫る試みが行われている。
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人種差別に苦しめられてきた過去

ボストンで育った彼女は、幼い頃から人種差別に苦しめられてきた。白人の若者たちから侮辱され、身体的暴力を受けることもあったようだ。これが原因で、ドナは自らを「醜く、無力だ」と感じるようになる。しかし、やがて音楽界に入りその革新性が認められるとスターダムを一気に上り詰め、最終的に米大手放送局『MTV』 で音楽ビデオが放映された初の黒人女性アーティストとなった。
敏腕プロデューサー、ジョルジオ・モロダーとの共同制作

イタリアのエレクトロニック音楽のパイオニア、ジョルジオ・モロダーとの共同制作は、ドナ・サマーの人生を変えただけでなく、音楽業界に革新をもたらした。ヨーロッパでいくつかの楽曲を発表していたドナは1975年、モロダーとタッグを組んだ「愛の誘惑」で大ブレイク。後にドナ・サマーは、「芸能界で初めて良い縁に巡り会えた」と当時のことを振り返っている。
「愛の誘惑」がBBCによって禁止される

あるレコード会社の重役が「愛の誘惑」を非常に気に入り、ドナ・サマーとモロダーに曲を長くするように依頼。16分にものぼる最終版は、ディスコでのヒット曲となった。ドナ・サマーは、セクシーな雰囲気を加えるためにマリリン・モンローを真似したと語っている。英放送局『BBC』は、歌詞に23度も「絶頂」という言葉が含まれていたため、過激すぎると判断して放送を規制したという。
実は敬虔なクリスチャン

1975年、ドナ・サマーは米『タイム』誌に対し、セクシーな歌手として売り出しているが実はずっと敬虔なクリスチャンだったと語った。そのため、「愛の誘惑」の歌詞を書くには「秘密にしなさいと子供の頃から言われてきたことをさらけ出すために覚悟を決める必要があった」と告白している。葛藤を乗り越えた彼女は、「他にも歌いたいことがたくさんあるわ」と米『ローリングストーン』誌に語った。
牧師から虐待を受けた過去

性と宗教は、ドナ・サマーの歌手人生で繰り返し取り上げられるテーマだった。『HBO』のドキュメンタリーでは、ドナ・サマーが教会の牧師から虐待を受けていたことが明らかになっている。「牧師は悪魔のように巧妙なやり口で虐待を行っていたんだ。それが妹の人生に決定的な影響をもたらした」とドナ・サマーの兄リッキー・ゲインズは語った。
ドナ・サマーはビデオで撮影するのが好きだった

ドキュメンタリー映像の多くは、ドナ・サマー自身が撮影したものだ。彼女はビデオカメラを持ち歩き、家族や友人とショートムービーを作るのが好きだった。自宅にスタジオまで作ったと、俳優のジョニー・カーソンに話していたという。
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パートナーからDVを受ける

ブレイクした翌年、ドナ・サマーは芸術家のペーター・ミュールドルファーと交際をスタート。前の夫と別れ、娘を両親のもとに預けたが、新しいパートナーのペーターから意識を失うほどの暴力を受けていたようだ。
1976年に自殺未遂騒動を起こす

世界的な名声と称賛を浴びる一方で、ドナ・サマーは深刻なうつ病に苦しんでいた。その結果、ニューヨークのホテルの部屋の窓から飛び降りようとしたことさえある。だがカーテンに足がからまり、それを外そうとした時にハウスキーパーが部屋に入ってきた。ドナ・サマーは、「あと10秒遅かったら、死んでいたでしょう」と『HBO』のドキュメンタリーに収録されたインタビューで語った。
1979年にはさらに熱心なキリスト教徒に

もともと敬虔なクリスチャンだったドナ・サマーだが、うつ病が深刻だった1979年ころからキリスト教の祈祷会に参加するようになる。「人生で最もつらい日々は、キャリアの絶頂期でした」とドナは語っている。しかし、信仰と教会を心の拠り所とすることで、乗り越えたようだ。
1980年代に転機が訪れる

ドナ・サマーの商業的成功は、1979年の「バッド・ガール」のヒットでピークに達した。1980年、歌手のブルース・スダーノと結婚し、ブルックリンとアマンダという2人の娘をもうけた。その後もヒットアルバム「情熱物語」などをリリースしているが、ドナは何より家族との時間を大切にするようになる。
ゲイ・コミュニティについての論争の的になる

ドナ・サマーはキャリアの初期からゲイ・コミュニティのファンも多く、LGBTQのアイコンとなっていた。しかし、1983年のコンサートで「神はアダムとイブを作ったのであって、アダムとスティーブを作ったのではない」と発言したことが広く報じられると、ゲイ当事者をはじめ多くのファンの怒りを買った。さらに、「エイズは神の罰だ」と発言したと報じられたが、後にドナ・サマーはこれを強く否定している。
自らの名誉を回復しようと努める

ドナ・サマーは、自らの名誉を回復し、差別的な発言を公式に否定するために法的措置を取った。また、エイズ患者への支援コンサートにも出演。「自分の体で何をするかは個人の選択だ」と発言した。多くのファンがドナを許したが、ドキュメンタリーによれば、この騒動はドナに深刻なダメージを与えたようだ。
写真:マドンナ、シェール、ドナ・サマーの男性の物まね芸人、2010年
肺がんの原因が9.11同時多発テロではないかと疑う

2001年9月11日に米同時多発テロ事件が起こったとき、ドナ・サマーはニューヨークのツインビル付近のマンションに住んでいた。数年後、肺がんと診断された彼女は、テロの際に有毒ガスと粉塵を吸い込んだのが原因ではないかと考えたという。
2012年の死後、各界から多くの追悼の声が寄せられる

この肺炎が元となり、ドナ・サマーは2012年に63歳で死去した。その後、音楽業界にとどまらず、さまざまな人々から追悼の声が寄せられた。ミュージシャンのクインシー・ジョーンズは、ドナの声は「世代の鼓動であり、サウンドトラックのよう」だったと書いている。ビヨンセは「彼女はディスコの女王として有名になっただけでなく、非の打ちどころのない歌唱力を持つ誠実で才能ある歌手だった」と語っている。バラク・オバマ元大統領も「音楽業界は伝説的な存在をあまりにも早く失ってしまった」と哀悼の意を示した。
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