溺愛されながら、兄は膵臓がんと分かった母を置いて転居を決めた。母から妹への電話の衝撃
「これが小説ではなくエッセイだということにビックリ!」
こんな驚きの言葉がSNSにも投稿されていたのが、村井理子さんのエッセイ『兄の終い』。単行本の帯にはこんな一文があった。
“一刻もはやく、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう。憎かった兄が死んだ。 残された兄の元妻、娘と息子、 私(いもうと)が集まり、兄の人生を終う。 ――怒り、泣き、ちょっと笑った数日間。”
村井さんが数年疎遠だった兄の突然の訃報を受け、後始末に奔走する4日間を綴ったものだ。この「一刻もはやく、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう」という一文から、中野量太監督による映画『兄を持ち運べるサイズに』のタイトルが誕生し、11月28日に公開となった。
翻訳家・エッセイストで経済力もあり、夫と子ども2人と暮らす村井さんは、ある日疎遠になっていた兄の訃報を聞く。実は兄は母から溺愛されていたが、すべての面倒の後始末は村井さんが担ってきた。しかしその死をきっかけに新たな時間が動き出し、見えなかったものも見えてくるのだ。
映画で、主人公の理子を演じるのは柴咲コウさん。離婚後一緒に暮らしていた息子を置いて天国に旅立ってしまった「兄」をオダギリジョーさん、「兄」の元妻で、長女と暮らす加奈子を満島ひかりさんが演じている。

©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
FRaUwebではライターの佐々木美和さんによる連載「きょうだい格差」でも、多くの「兄と妹あるある」「長女の苦悩あるある」などを伝えてきた。村井さんの体験は、冒頭の一文にあるように、驚くような「きょうだい格差」の現実がそこにはある。
FRaUwebでは映画の公開を記念して柴咲コウさんと満島ひかりさんとの対談も実施した(近日公開予定)。さらに原作より、映画の中でも驚きをもって描かれた部分を『兄の終い』より抜粋記事にて紹介をする。
心だけは優しい子
兄は、母が膵臓がんだとわかった直後に、私たちの生まれ故郷から宮城県多賀城市への転居を決めた。7年前のことだ。
これにはさすがに驚いた。何せ兄と母は、まるで運命共同体のように常に近くで暮らしながら、互いに精神的に、金銭的に、依存し合って生きてきたからだ。
父の死後、母はなんでも兄の言う通りにした。たとえば、それまで40年以上経営してきたジャズ喫茶を改装してスナックにすればいいという兄の突然のひらめきに従い、母は大金をかけて店を改装し、若い女性を何人か雇い入れた。私からすれば、それまで長い年月をかけて築き上げてきた私たち家族の思い出を、父が愛した場所を、一瞬にして消されたほどの衝撃だった。

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スナックの経営は間もなく破綻したが、その後も母は兄を盲信し続けた。同時に、さまざまな形で兄を援助していた。元妻の加奈子ちゃんと離婚してからは特に、母の住む実家に立ち寄っては金の無心をすると母から聞かされていた。母が遺した日記にも、その苦悩は綿々と綴られている。
それなのに、母に残された時間がそう長くないとわかった直後に転居を決めるとは、母を捨てるも同然のことと私には思えた。
「あなたは冷たい人だけれど、兄ちゃんは優しい子だから」
母はよく、「あなたは冷たい人だけれど、兄ちゃんは優しい子だから」と言っていた。
そして、「兄ちゃんには寂しい思いをさせたから、わがままになっちゃったのよ」と、言いわけのように付け加えた。寂しい思いをさせた理由は、ずいぶんあとになってから母に聞いた。私が子どもの頃病弱で、入退院をくり返していたために、兄は親戚に預けられることが多かったらしい。兄はどんどん寂しがり屋になり、いつも泣いていたそうだ。
本当にすべて私のせいだったのだろうか。私が病弱だったから、兄は今のような人間になったとでも言うのか? 私は疑問に思い、母に反発した。すると母は必ず、このセリフで私の言葉を封じ込めた。
「あんたは何も知らないだけ」

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兄は確かに優しいところもある人だった。 動物が好きで、子ども好きで、涙もろい人だった。しかし、次々とペットを飼っては、ろくに世話もせず、あっという間に死なす人でもあった。涙もろさは、欺瞞であり、まやかしだった。噓ばかりつく人だった。乱暴で、人の気持ちが理解できない勝手な男。
母が兄をどう庇おうとも、私からすれば、そんな兄だった。
母は、兄の味方をすることを選んだ
30年前に父が死んだとき、葬儀が終わり実家に戻ると、兄は私を徹底的になじった。 葬式中に兄が母に対して、「ろくに看病もせずに親父を死なせたのはあんただ」と言ったから、私は兄に、「ろくに看病をしなかったのは兄ちゃんじゃないか。それまでいちども病院に来なかったのに、パパが危篤になったらようやくやってきて、廊下でママからお金をもらって帰ったじゃないか」と反撃したのだ。

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兄は私を睨みつけたが、親戚の手前、何も言わなかった。その代わり兄は、家に戻った直後に大声で私を罵倒しはじめた。罵倒というよりは恫喝だった。それはいつまでも続き、母は泣き、私は根負けしてその場から逃げた。
その日を境に、私は兄を兄とは思わなくなり、形式的なつきあいでさえ避けるようになった。母は私と兄の関係に心を痛めたが、最終的に兄の味方をすることを選んだ。私は母との間にも距離を置くようになった。
とうとう兄の引っ越しが決まった日、母は不安そうな声で私に電話をかけてきて、どうしたらいいだろうと言った。 母の声を聞いて暗澹とした気持ちになった。相手が末期がんの母だとわかっていて も、「勝手に行かせればいいじゃん」と答えることしかできなかった。母が私に何を求めているのかが理解できなかった。
私にどうしろっていうの? 兄を止めろとでも? 悪いけど、関わり合いになりたくはない。
「近々帰るから」と言うと、私は電話を切った。
母からの電話の理由
この電話から1週間ほどしてからのことだ。母が再び電話をかけてきた。兄が転居先の多賀城市でアパートを借りるが、賃貸契約のために保証人が必要だという。大家さんが、高齢の母以外の保証人をつけて欲しいと言ってきたそうだ。母は、一生のお願いだから、兄のために保証人になってくれと私に懇願した。

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私は母の話を怒りに震えながら聞くと、「それは悪いけどお断りします」と言って、勢いよく電話を切った。
すると、直後に兄から電話がかかってきた。
「頼むよ、最後のチャンスなんだ。多賀城で正社員の仕事が見つかったんだよ。お前にだけは、絶対に迷惑をかけない。俺と子どもを見捨てないでくれ。一生の頼みだ」
「絶対に嫌」と答えた。
子どもを見捨てないでくれと言った兄の言葉に猛烈に腹を立てていた。子どもを盾にするとは、堕ちるところまで堕ちたものだ。兄は、私が断ることができないとわかってやっているのだ。あの人は、すべてわかっていて、そのうえで私に プレッシャーをかけてきている。
私は最後まで嫌だと譲らなかった。
とうとうあきらめた兄は電話の最後に、思い出したように、「それからお袋が言ってたけどな、お前は他人に対して厳し過ぎるって。何様なんだ、偉そうにってさ!」と大声で言った。
翌日になって、また母から連絡が入った。母からだとわかっていたので、電話を取らなかった。すると、何度も、何度もかかってくる。仕方なく出ると、母は号泣しながら、「お願いだから」とくり返した。
私が兄のアパート契約の保証人になったのは、こういった経緯だった。

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◇抜粋記事第2回「懇願され引き受けた兄の賃貸保証人。家賃滞納で蘇る、「母の葬儀」で兄が放った驚愕の言葉」では、保証人になったあと、やはり嫌な予感が的中したときのことをお伝えする。

©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会
『兄を持ち運べるサイズに』
作家・村井理子さんが実際に体験した数日間をまとめたノンフィクションエッセイ『兄の終い』を原作に、中野量太監督(『湯を沸かすほどの熱い愛』『浅田家!』)が家族のものがたりを紡ぐ。マイペースで自分勝手な兄に振り回され続けてきた主人公・理子を演じるのは柴咲コウ。家族を振り回す原因となるダメな兄をオダギリジョー、兄の元妻・加奈子は満島ひかりが演じた。兄と加奈子の娘で、両親の離婚後は母と暮らす満里奈役にnicola専属モデルの青山姫乃、最後まで兄と暮らした息子・良一役は、ドラマ「3000万」の味元耀大が務めた。
ある日、理子のもとに警察から電話が入る。それは疎遠状態で何年も会っていない兄が死んだという知らせだった。発見したのは、兄と暮らしていた息子の良一だという。「早く、兄を持ち運べるサイズにしてしまおう」。そう考えた理子は東北へ向かい、警察署で7年ぶりに兄の元妻・加奈子と、その娘・満里奈と再会。兄たちが住んでいたゴミ屋敷と化したアパートを片づけていた3人は、壁に貼られた家族写真を見つける。そこには、子ども時代の兄と理子が写ったものや、兄と加奈子、満里奈、良一という、兄が築いた家庭の写真などがあった。理子同様に兄に迷惑をかけられたはずの加奈子は、兄の後始末をしながら悪口を言い続ける理子に、「もしかしたら、理子ちゃんには、あの人の知らないところがあるのかな」と言う。これをきっかけに、理子たちはそれぞれに家族を見つめ直すことになる。兄の人生を終う(しまう)ための、家族のてんてこまいな4日間とは──?