「ね、泯さん、世界中みんなおかしいよ」 田中泯が明かす坂本龍一さんの信念と生き方

坂本龍一さんの最期の3年半を記録したドキュメンタリー映画「Ryuichi Sakamoto:Diaries」が公開される。日記に綴られた坂本さんの言葉を朗読したのはダンサーで俳優の田中泯さん(80)だ。AERA 2025年12月1日号より。
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「最初に坂本龍一さんと会ったのは2007年ごろです。その後もほとんどニューヨークで会っていました」
田中泯さんは柔らかい口調でそう話し始めた。長年お互いを見知ってはいたが、顔を合わせたのはそれが初めてだったという。
「あのときは夜が白々と明けるまで飲み続けて、フラフラになって別れたからよく覚えています。随分とお互いのことを話して、最後に彼が『泯さんは“本物”を目指すんですね』って言ったんです。『そりゃそうですよ。坂本さんもそうでしょう』と返した。それはつまり嘘つきになりたくないということ。常に自分で自分に納得できる瞬間を選びたい、という思いが同じでした」
■同じ次元で話ができた
会うときはカウンターに横並びで座り、自然や人間のありよう、戦争や森の話など、さまざまを語り合った。21年からは坂本さんの舞台作品「RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』」に出演。交流が続いていた。
「坂本さんとは子どもが『なぜ? どうして?』と聞くのと同じ感覚、同じ次元で話ができた友だちでした。一方で多くを話すよりもむしろ無音の会話ができるような。そういう人に出会えて、本当に僕は運が良かったと思います」
23年3月に坂本さんの訃報を受け、「Ryuichi Sakamoto:Diaries」での日記朗読の依頼を受けた。亡くなるまでの3年半を映した映像と日記で綴られる本作。最期の言葉を読むことに、複雑な思いが去来したという。

「依頼は嬉しい半分、悲しい半分でした。書いたときには、彼は生きていたのですからね。それに日記はいつも気持ちを一定のレベルにして書くわけではない。まして死が近い時間とコンディションのなかで、彼は言葉を紙に落とし込んでいった。その言葉がどういう意味なのか、本当のところは本人しかわからないですよ。それを僕が想像して音にする。ほとんど不可能に近いことをやっているわけです。難しかったですが、でも僕の口から出た音が僕の意味でも坂本さんの意味でもなく、観る人その人の意味となって残っていく、そんな声の質感や読み方のようなものを探りました」
メモ魔だった、という坂本さん。几帳面な文字で綴られた「死刑宣告だ」などの言葉が観る人の心を揺さぶる。
「彼はこの日記を誰かが読むことを想像したのだろうか、あるいはただ闇雲に書いたのだろうか、と考えました。僕は闇雲ではないと思うんです。彼ほどの人の日記があとから読まれないわけがない。それがいやなら書いた先から粉々にするしかない。僕はそうしていますけどね(笑)」
■信念はそらさなかった
映像にはつねに新しい音楽を探求し続ける姿も映る。ときに見せるおちゃめな一面には思わず微笑んでしまう。
「そう、坂本さんっておしゃれなくせに無防備なんですよ。一緒にいても『あ、しまった!』なんていうことが結構多かった。日記を読んであらためて、日常をパターン化することなく一日一日、新しい日をちゃんと迎えて『きちんと生きて』いたんだなと思いました。それに他者を気遣う思いがすごい。原発や神宮の森の問題への思いも正義感という言葉では表現できないほど。自分が生まれてきたことを大切にして最期まで『他者に運ばれることなく、自分で行動する』という信念は絶対にそらさなかった。僕も絶対にそれは曲げたくないですから」

独自の身体表現を追求し、世界的な評価を得てきた田中さん。唯一無二のパフォーマンスにはどこか「死」を感じさせるものも多い。
「父親が警察官だったものですから、子どものころから父にとにかく死体を見せられたんです。自殺した死体とか水害で流されてきた死体とか。なんでそんなことをするんだろう、と思っていたけれど、それはたぶん、僕のなかに何かとして残されたんでしょうね。人はたった一回しか生きられないのだという思いや達観のようなものがどこか身についていたのかもしれません」
■何人分も生きてやれ
大ヒット中の映画「国宝」の小野川万菊役しかり、芝居で「死」を表現することもある。
「演技で死を経験することは、想像上ではたぶん得をしているとは思いますけれど、決定的に『本当』じゃないですから。だからオッケーって言われたら、はいピタッ!と止めますよ(笑)。ひょっとしたら僕は諦めているのか、あるいは覚悟しちゃっているのかもしれません。死ぬことは絶対間違いないんだから、よし何人分も生きてやれって。坂本さんもそうだったはずです」
坂本さんは東日本大震災後、被災地の子どもたちの音楽活動を支援する「東北ユースオーケストラ」を設立。環境や平和問題にも取り組んでいた。
「近年彼は僕に『ね、泯さん、世界中みんなおかしいよ』と言っていた。僕もそう思います。いまのアメリカでは彼は生きてられないでしょう。坂本さんにはひょっとしたら生きてられない世界かもしれない、今の世界は」
田中さんの死生観はどんなものだろう。
「死に決まったかたちはない。ただ一人一人が本当に個人として『自分は死んでいくのだ』ということをしっかり感じ取れるように死んでいくことが一番正しいことです。戦争で知らないうちに死んでいたとか、誰かに殺されるとか、そういうことに対しては絶対に反対をすべきです。死とは本当にもうギリギリの、最後の最後の自分のお祭りですから」
映画が伝える坂本さんの姿、そのメッセージが、重なった。
(フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2025年12月1日号
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