小錦「ウチの奥さん(小錦千絵さん)が僕に腎臓を提供してくれることになって……」昨年末に受けた移植手術が無事成功、現役力士たちに贈る言葉と溢れ出る“相撲愛”

小錦 撮影/有坂政晴
ハワイから来日して、わずか8場所で十両に昇進。現役時代は、184センチ、275キロの巨体を生かして、大関を39場所を務めた、小錦さん。引退後は、タレントに転身して、テレビ、相撲ショーのプロデュースなど、幅広い活躍を見せている。一昨年12月、還暦を迎えた小錦さんの「THE CHANGE」とはーー。【第5回/全5回】
最後まで、日本の「目に見えない何か」に振り回された小錦さんは、涙を見せずに土俵を去った。
引退後は、佐ノ山親方として高砂部屋で後進の指導にあたっていた小錦さんだったが、その後、タレントに転向。NHK Eテレの子ども向け番組やCM出演など、その活動は多岐に渡った。
そして、数年前からは、みずからの会社に所属する元力士たちを率いて、アメリカで「相撲ショー」を開催している。
アメリカでのチケットはどこもソールドアウト!
「今年は8人の元力士を連れて、9月下旬から11月いっぱい、シカゴやフェニックスなど5ヵ所でショーをやるんだけど、おかげさまで、どこもチケットがソールドアウトなんですよ(笑)。
日本では相撲をはじめ、野球、サッカーなど、プロフェッショナルを見せるスポーツがあるけど、その観戦料はすごく安いと思う。『スポーツのプロ』は他のことはできないし、競技を見せて収入を得ているんだから、もっとリスペクトしなくちゃね」

小錦さんは、力士の給料に関しても指摘を続ける。
「特に力士の給料は、すごく安いよね。今、十両の力士で100万円くらいで、幕内でも150万円いかないでしょ? 横綱だって、給料自体は300万円ほどだから、『夢』がないよね。僕が大関時代は、90万円くらいだった。正装用の紋付だって100万円はするんだから、タニマチの存在がどんなに助けになったことか……」
今は、以前より懸賞金が多くかかるようになったので、懸賞金による力士の収入は増えたものの、懸賞金が大量にかかる力士は、横綱、大関など一部の力士に限られている。
「今の関取衆は、だいたい小学生の頃から相撲をやってきて、そこから中学、高校の相撲部に進んでいくわけだけど、それも全部商売。指導者と学校サイドがタッグを組んでいて、その後、どこの大学に行くか、どこの部屋に行くかも決まっているんだから……。やっぱり野球みたいにドラフト制にしないと、大相撲の世界はヒドイことになると思う。サッカーのほうが、まだ夢があるんじゃない?」
と、現行の入門制度に問題を提起する小錦さん。今は、ハワイ出身、元横綱・武蔵丸が師匠を務める武蔵川部屋のコーチ役として、若手力士たちにアドバイスを送っていることもあって、その視点は的確だ。
還暦を迎えてもなお、パワフルに活動する小錦さんだが、昨年は生命にかかわる出来事があった。
奥さんには本当に感謝しています
「相撲ショーでシカゴに行っている時、急に体調が悪くなって、10日間入院したの。実は8年くらい前から腎臓の調子が悪くて、ドクターからは人工透析を薦められていたんだけど、透析はかえって腎臓を悪化させると聞いていたので、それは避けてきていたんだ。
残る手段は、腎臓の移植。じつは、武蔵川親方も前から腎臓が悪くて、数年前に奥さんの腎臓を移植して、今は元気に過ごしているのだけれど、こういう状況になって、ウチの奥さん(小錦千絵さん)が僕に腎臓を提供してくれることになって……」

昨年末に受けた腎臓移植手術は、無事成功。相撲ショー以外にも、東京場所(1月、3月、5月)の時は、両国国技館横にグッズショップを出店しており、夫婦揃って、店頭に立っている。
「奥さんには、本当に感謝しています。力士で、今、注目しているのは、(横綱・大鵬の孫で、関脇・貴闘力の三男の)王鵬(現関脇)。前よりもだいぶ力が付いてきて、体の使い方もうまくなってきた。
あとは、草野(九州場所から、義ノ富士に改名)。新入幕の名古屋場所は、動きがよくてフレッシュな印象を受けたし、今後伸びていくような気がするね。
だけど、ここ数年は平幕優勝が多すぎると思う。僕が現役の頃は、千代の富士関とか強い横綱が君臨していて、同じ高砂部屋の水戸関(関脇・水戸泉=現錦戸親方)が92年名古屋場所で平幕優勝した時は、大騒ぎになったほどだった。
今年名古屋場所は、前頭15枚目の琴勝峰が優勝。昨年春場所なんて、新入幕の尊富士に優勝を持っていかれちゃうんじゃ、横綱、大関陣があまりにも情けないよ」
小錦さんが注目した義ノ富士は、九州場所で横綱・大の里から金星を挙げた。
「現役力士は、もっと真剣に稽古しないと」と語る小錦さんの目は、「相撲愛」に満ち溢れていた。
小錦八十吉(こにしき・やそきち)
1963年12月31日米国ハワイ州オアフ島生まれの元大相撲力士。外国人力士として初の大関として活躍。1982年:ハワイ大学付属高校卒業後、高見山 (現在の東関親方)にスカウトされ高砂部屋に入門。[大関通算成績]733勝498敗95休 [幕内成績]649勝 (歴代8位) [大関在位]39場所 (歴代4位)[三賞]殊勲賞4回、敢闘賞5回、技能賞1回
引退後は、タレント、アーティスト、イベントプロデューサーとしても活動し、テレビやCMに多数出演。NHK教育番組『にほんごであそぼ』レギュラー出演(2000年〜2023年まで20年間出演)。その他、ハワイアンミュージシャンとしてはアルバムを13枚出している。最近は オリジナルのBBQソースを開発し BBQマスターとしてイベントを開催。相撲普及活動にも力を注いでおり、世界中で相撲イベントを開催中。
<ボランティア活動>
ハワイ幼少期から精力的に行なっており、日本では1998年KONISHIKI基金設立し、毎年ハワイの子供たちを日本に呼び日本文化を体験させる活動を10年間続けた。阪神淡路大震災、中越地震、東北大震災、熊本地震後には友人を募って物資を届けたりちゃんこ鍋や BBQの炊き出しを行なったりした。東北の子供たちにはコニサンタプロジェクトとしてクリスマスプレゼントを3,000個届けた。
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