家事代行会社社員が「5時間泣き続けた」『カフネ』感動の理由と、家事を頑張る人へのエール
全国の書店員が「いちばん!売りたい」本を選ぶ本屋大賞で、2025年の大賞を受賞した小説『カフネ』。
突然死した男性の「姉」の薫子と、「元恋人」のせつな。家事代行サービスのスタッフとして働いているせつなを、ひょんなことから薫子は助けることになります。
それぞれに抱える傷がありながらも、互いに距離を縮めながら人々の暮らしを救っていく、心温まるヒューマンドラマです。
本記事では『カフネ』作者の阿部暁子さんと、家事代行サービスのパイオニア、株式会社ベアーズで取締役副社長を務める髙橋ゆきさん、広報の服部祥子さんが特別鼎談。
髙橋さんと服部さんが『カフネ』で感動した理由や、阿部さんが家事代行サービスを描いたきっかけなどについて、お話しいただきました。
『カフネ』を読んで「5時間」泣き続けました
髙橋:『カフネ』はベアーズのスタッフにも大人気の小説です! 「副社長、この本知っていますか」と何度も声をかけられました。私も読んでいて胸がいっぱいになった物語なので、阿部さんとお話しできるのを楽しみにしてきました。
服部:私もです。『カフネ』を読みながら、5時間ぐらいずっと泣きっぱなしで、そのあと阿部さん宛てにお手紙を書きました。思いが溢れてきてしまって、どうしてもそれをお伝えしたくて。ありがたいことにお返事をいただいて、担当の編集者さんも交えて連絡をとるうちに、今日の鼎談をする流れになったんですよね。
阿部:お手紙をいただいたのは本屋大賞をいただいた少しあとで、それまでの生活から比べると3.5倍の速さで日々が進んでいました。賞をいただけたことは光栄なのですが、あまり要領がよくないので『カフネ』の登場人物のように家事が思うようにできなくなってしまって。そんな時に服部さんのお手紙をいただいて、私も泣けてしまうくらい、ありがたみを感じました。

阿部暁子さん
髙橋:そうだったんですね。じつは私も今日の鼎談を「感謝会」と名付けたかったくらい、阿部さんに感謝しています。株式会社ベアーズを立ち上げた1999年は、困ったときに家事を気軽に頼れるようなサービスは世の中になかったんです。それから27年間、私たちは新しい産業をつくる気持ちで邁進してきました。ですから家事代行で多くの人が救われていく『カフネ』を読んで、とっても嬉しかったんです。たくさんの人に『カフネ』を読んでもらうことで、家事代行の価値が多くの人に伝わると信じています。
阿部:そうおっしゃっていただいて、大変恐縮です。正直な話をすると、コロナ禍の影響で取材することができず、ほとんど自分が調べたことで家事代行のお仕事を書きました。調べ不足で誰かを傷つけることにはならないか不安に思っていたので、ほっとしています。
服部:取材されていないとは、驚きです! 『カフネ』を読んで、家事代行の仕事を深く理解していただけていると感じていました。阿部さんは、どうして家事代行サービスを小説のテーマに選んだのですか。
阿部:きっかけは、コロナ禍の影響で「生活」を書かずにはいられないと思ったからです。最初はもっとライトな作品を書こう思っていたのですが、執筆中に新型コロナウイルスが流行して、たくさんの人が仕事をするのもままならない様子を目の当たりにしましたし、自分自身もこの先ちゃんと食べていけるのかという不安を抱きました。食べることって、いっそ恐怖に近いくらい、生きることと直結しているんです。生活をテーマにして、世の中の悩みを書こうと思った時、家事代行という仕事が前に進む力を与えてくれると考えました。
「愛する心」がお客さんの心を救う
服部:阿部さんの『カフネ』を読んで涙が止まらなくなってしまったのは、自分が家事代行に携わる仕事をしていることもありますが、それだけじゃありません。私自身、子どもが小さい時に家事と育児の両立に悩んで、潰されそうになった時期がありました。『カフネ』にも、さまざまな理由から生活が立ち行かなくなる登場人物が出てきますが、薫子とせつなによって救われていく姿を見て、当時の自分が救われる気持ちになりました。

服部祥子さん
髙橋:わかります。私はベアーズを立ちあげることになった体験を思い出していました。30年前、私は香港でフルタイムで働きながら、夫とともに子育てをしていました。両親も友達もいない場所で、心細かった私を助けてくれたのが、フィリピン人のスーザンでした。
阿部:スーザンさんもメイドさんですか。
髙橋:そうです。我が家の料理や掃除を手伝ってくれました。ある時、日本食を学びたいというスーザンに、いくつかの料理を教えてあげたことがあります。それ以来、私が仕事から帰宅すると、スーザンは出来立てのお味噌汁をつくってくれました。そのお味噌汁が、どれだけおいしかったことか。香港にいる間、夫も子どももスーザンのお料理にお世話になりました。『カフネ』を読んで、久しぶりにスーザンがつくってくれたお味噌汁の湯気のぬくもりを思い出したんです。
阿部:髙橋さんご自身も、家事のサポートに支えられたんですね。
髙橋:そうなんです。このサービスを立ち上げようと考えた時、私自身がお客様のモデルになりました。未熟だった26歳の私は、子どもを育てるにしても、家事をやるにしても、足りないことがいっぱいありました。でもスーザンが私たちに寄り添ってくれたことで、愛する心が育まれ、自分自身を取り戻すことができた。その原体験から、日本に家事代行サービス産業を創ろうと夫と二人三脚で事業を進めてきました。
阿部:素敵なお話をありがとうございます。スーザンさんの愛が、髙橋さんの心を救ったんだと思いました。お話を聞いていて『カフネ』と通じるところがあると思いました。
「今、自分がやるべきこと」にフォーカスしてほしい
髙橋:家事代行の仕事を体験した薫子さんが「誰かの役に立てるのって、嬉しいわね」と、せつなに話すシーンがあります。この言葉は、家事代行の真髄を表しているし、『カフネ』の物語の中心になっていると感じました。

髙橋ゆきさん
阿部:そうですね。じつは自分が誇らしく思える場面って、大きな称賛の声を浴びた時よりも、誰かに「ありがとう」や「よかったね」と声をかけられたときの、心の交流があった時だと思います。家族や友達、仕事で関わっている方と、そういう瞬間を体験してきたので、その気持ちを薫子に託しました。どんな仕事でも、リアルに誰かの役に立てた実感があると、嬉しいものですよね。
服部:本当にそうですね。一方で、まだまだ世の中には、家事代行を利用することに、罪悪感や申し訳なさを感じている方もたくさんいます。もし目の前に、家事ができなくなるほど立ち行かなくなって、自分を責めている人がいたとしたら、おふたりはどんな言葉をかけますか。
髙橋:仕事や家事や育児などなど、人生にはやらなくちゃいけないことがたくさんあります。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃと思うと焦るけど、そのなかに「今の自分にしかできないこと」が、絶対にあるはずなんです。頼れることは、家事代行サービスに頼ってほしいと思います。30年前にスーザンに言われた「頼られて嬉しい人がここにいます」という言葉を、その方に伝えたいです。
阿部:私がアドバイスするとしたら「ひとまず牛丼を食べて、ベッドの周りだけ物をかき分けて、寝よう!」。自分のことを責めている時は、メンタルもフィジカルも弱っています。そんな時は何もしないで、寝るに限る。翌朝、目が覚めて元気が出てきたら、掃除をしてみるか、難しい時は家事代行サービスを頼るのがいいと思います。
服部:ありがとうございます。これからも『カフネ』がたくさんの方に読まれて、多くの人の心を癒やすことを願っています。本日はありがとうございました。
阿部・髙橋:ありがとうございました!

阿部暁子『カフネ』
一緒に生きよう。あなたがいると、きっとおいしい。
やさしくも、せつない。この物語は、心にそっと寄り添ってくれる。
最愛の弟が急死した。29歳の誕生日を祝ったばかりだった。姉の野宮薫子は遺志に従い弟の元恋人・小野寺せつなと会うことになる。無愛想なせつなに憤る薫子だったが、疲労がたたりその場で倒れてしまう。
実は離婚をきっかけに荒んだ生活を送っていた薫子。家まで送り届けてくれたせつなに振る舞われたのは、それまでの彼女の態度からは想像もしなかったような優しい手料理だった。久しぶりの温かな食事に身体がほぐれていく。そんな薫子にせつなは家事代行サービス会社『カフネ』の仕事を手伝わないかと提案する。
食べることは生きること。二人の「家事代行」が出会う人びとの暮らしを整え、そして心を救っていく。