森三中・村上知子が語る、子育てと介護と仕事の日々「一番の悩みは母との関係。家族にはきれいごとでは済まされない部分もある」

2008年に結婚し、現在12歳(小6)になる娘さんがいるお笑いトリオ・森三中の村上知子さん。幼少期は内気だったという村上さんがお笑いの道に進んだきっかけは、高校時代に友だちと見に行ったお笑いライブだったと言います。夫婦のエピソードや、今一番の悩みだという実母との関係についても、率直に語ってくれました。※前編<森三中・村上知子が語る、小6娘とけんかの日々…救ってくれた動画とは?「無意識に他の子と比べてしまっていて反省」>から続く
■内気だった子ども時代 母とはしょっちゅうけんかをしていた
――村上さんは、どのようなお子さんでしたか?
どちらかというとおとなしかったと思います。小学校5年生でミニバスケットを始めてからは少し活発になって、中学の3年間も部活はバスケでした。
――ご両親には、どのように育てられましたか?
厳しくされた記憶は、まったくありません。特に父は優しくて、やりたいことは何でもやらせてくれました。一人娘でしたが、門限も「事前に連絡をくれればいいよ」という程度。ただ、母とはしょっちゅうけんかをしていました。
――何が原因でけんかをしていたのですか?
母は、ニュースやはやりものにあまり興味がないタイプ。私が学校であった面白い出来事や自分が興味を持ったことについて話しても「それの何が面白いの」という感じで、まったく共感してくれませんでした。父が長い間単身赴任をしていたので、普段は母と2人暮らし。何を話してもわかってもらえないので、途中からは母との会話をすること自体、つらくなってしまいました。
■「1年通ってダメなら辞める」と両親を説得しお笑いの道へ
――お笑いの世界に入ろうと思ったのは、いつごろですか?
高校生のときです。昔からお笑い番組は好きで、深夜番組もよく見ていましたし、高校に入ってからは友だちと吉本のお笑いライブに通うようになりました。当時はココリコさんとかロンドンブーツさんが人気でしたね。ライブに行くうちに芸人という仕事に興味が出てきて、私もやってみたいと思うようになったんです。

別にひょうきんなタイプでもない私が芸人というのは、ちょっと意外な進路だったかもしれません。芸人を目指す人の中には、いつもクラスの中心でふざけて笑いを取るようなタイプもいると思いますが、私はそうやってふざけている人を遠くから見ながら、仲の良い友だちとコソコソ言っているタイプ。でも、この物事を斜めに見る性格の悪さが、芸人になってからの仕事でも役立ちました(笑)。わからないものですね。
――芸人になることへの反対はありましたか?
反対はされませんでしたが、心配はされました。「そんな厳しい世界で、本当にやっていけるのか」って。だからひとまず両親には「1年間通って、ダメそうなら辞める」と説明して養成所に通い始め、そこで黒沢(かずこ)さんや大島(美幸)さんと出会って、森三中を結成して、今さら「辞める」とは言えない状況のまま、ずるずるとここまで来ています。

■飲み会で出会い3週間後に入籍
――ところで、ご主人とは出会って3週間で入籍されたそうですね。
そうです。めちゃめちゃ早いですよね。「結婚って、出会って3週間でできるんだ」と、自分でも驚きました(笑)。
夫との出会いは、飲み会です。第一印象で「話しやすい人だな」と好印象を持ったものの、初めは控えめな態度で接していました。私は昔から結婚願望が強かったので、「あまりグイグイ行くと逃げられる」「結婚を匂わせちゃいけない」と思っていたんです。
その後連絡先を交換して、何回かデートをしたら、夫から「結婚をしたいと思う女性と初めて出会った」と言われて……。それが飲み会から1週間後のことです。この言葉で、頑丈に閉じられていた私の心の鍵が、一気に開いてしまいました(笑)。
――それはプロポーズだったのでしょうか?
そう思いますよね? でも後から聞いたらこの言葉はプロポーズではなく、あくまでそのときの気持ちを言っただけ、らしいです。最終的に結婚したからいいのですが、「そんな思わせぶりな言葉、簡単に言っちゃダメだよ」と伝えました。
結婚したいと思った理由は特に聞いていませんが、早い段階で「胃袋」をつかんだからじゃないでしょうか。何度目かのデートで、自宅に招いて鍋料理を作ったんです。寒い日だったし、相当おいしかったんだと思います(笑)。夫も私も食いしん坊という共通点があったことも、良かったのかもしれません。
――今年で結婚18年ですね。
そうですね。ちょっとしたもめ事はありつつも、楽しくやれています。昔は夫がペットボトルに少しだけ飲み残しをするのがイヤで、見るたびにイライラしていましたが、今は「まだこんなことやってんのか」と思うくらいで、どうでもよくなりました。高齢の両親の様子を見に行くときに車で送迎してくれたり、力仕事をやってくれたり、頼んだことは快く引き受けてくれるのが、ありがたいです。
■家族には「きれいごと」では済まされないこともある
――芸人としてのお仕事、子育て、家事、ご両親のことと忙しい毎日を送る中、村上さんはどうやって気持ちのバランスを取っているのでしょうか?
正直、ここ最近は泣きたいような気持ちになってばかりでした。今一番悩んでいるのは、母との関係です。父が体調を崩し介護が必要になったので、母は毎日大変だと思います。だから私もできるだけのことはしたいのですが、仕事が入っている日は、なかなか母の希望通りには動けません。でも母からすれば「仕事があるから」という理由自体に、納得できないみたいで。私も一生懸命説明するんですが、いつも最後はけんかになってしまいますね。この前も娘の目の前で、母と電話越しにかなりの大げんかをしてしまいました。
――娘さんはどんな様子でしたか?
母から電話がかかってくる直前まで、娘は私と言い合いをしていたんです。でも私の様子を見て「これはまずい」と思ったんでしょうね。「お母さんがおばあちゃんにブチ切れてる。どうしよう」って夫に電話をかけていました。
子どもにそういう姿を見せることには賛否両論あるでしょうが、私は内心「これは、いい機会かも」と思ったんです。家族にはきれいごとでは済まされない部分もあるじゃないですか。そういう部分を知ることにも意味があると私は思っていますし、「お母さんは大変なんだから、思春期だからってわがままばかり言ってるんじゃないよ!」という私の思いも、察してくれた気がします。

■大人になった娘と台湾旅行へ行きたい
――最後に、村上さんが思い描くご自身とお子さんの未来について教えてください。
大人になった娘と2人で台湾に行って、大人の女子旅を楽しみたいです。ちょうど1年前、初めて娘と台湾旅行に行ったんです。台湾は、とにかくおいしいものがたくさん。小さいころは食べられなかった香辛料を使った料理も、「おいしいね!」って一緒に食べられることがうれしくて、娘も大きくなったな、って感じました。なんなら20年後は、娘に連れていってほしいですね(笑)。
私の日々の癒やしは、「食」です。食べることは、私の人生そのもの。1日3食しか食べられないうえ、年齢的にもあまり食べられなくなってきていますから、食事は毎食納得のいくものを食べるようにしています。最近特に好きなのが、パクチー料理。パクチーを食べると、心も体もデトックスされたような、すっきりした気持ちになるんです。自分が食べたいものを、自分のために作って食べることが、今の私にとっては最高のリフレッシュになっています。


(取材・文/木下昌子、写真/本人提供)
○村上知子(むらかみ・ともこ)/1980年生まれ、神奈川県出身。98年に黒沢かずこさん、大島美幸さんの3人で森三中としてデビュー。2008年に結婚、小6女の子を育てている。レギュラー番組に「世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ)など。
森三中STAFF公式インスタグラム:morisanchustaff
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