父の会社が倒産→中卒で自衛隊→慶應の准教授…経営学者の人生を変えた「七転八起の四角形」とは?

写真はイメージです Photo:Ian Hitchcock/gettyimages
過去のどうしようもない悩みや問題について考えてしまい、思考が進まなくなることは誰しもあるだろう。それが、時間のムダとわかっていてもだ。そんなモヤモヤした悩みを解決する思考法を紹介する。※本稿は、岩尾俊兵『経営教育 人生を変える経営学の道具立て』(角川新書)の一部を抜粋・編集したものです。
1億2000万の“金鉱”をどう活かす?
日本人の脳みそに眠る価値とは
私は「人間の脳みそは価値を生み出す油田や金鉱のようなものだ」と書いています。むしろ、日本には頭脳という油田が1億2000万カ所もあって、そこから石油以上に価値あるものが豊富に湧き出るようにすれば、現代日本の問題は解決するわけです。「お金は刷ればいい」ではなく「価値(イノベーション)は創ればいい」というわけです。
この貴重な脳みそという資源が解決不能な悩みに支配されて停止してしまうのは、これ以上ないくらいムダです。解決「可能」な難問を何日も何年も解き続けるとか、悩み自体を楽しむというのならかまいません。しかし、解決できないことが明白で、自身も苦しんでいるのならば、そんな悩みと付き合う意味はありません。
とはいえ、私たちがそうした過去に捉われてしまいがちなのも事実です。そこでどんな現実・過去もプラスに変えて次なる一手を打ち続けるための思考道具を紹介していきます。この思考道具は、経営思想家ドラッカーの『マネジメント』『創造する経営者』から着想を得て筆者が考案したものです。
七転八起の四角形は、過去のマイナスを次の一手で打ち消す思考道具です。
あるいは現在起こったけれど自分には解決できない問題を過去として捉えて、前向きに次の一手を考える方法とも表現できるでしょう。
まず、4分割された四角形を描いてみます。そして、左上の「1」と書いているスペースに、自分ではどうすることもできない出来事を書いてみます。問題解決の三角形で解決できる出来事は書いてはいけません。問題解決の三角形でもどうしようもない問題だけを書いてみるわけです。

同書より転載
絶望から希望に変わる瞬間は
「四角を1周したとき」
次に、その下の「2」と書いてあるスペースに移って、その出来事のプラスの側面を書き出していきます。その出来事が起こって良かった部分を列挙するわけです。どうしても良いことを思いつかなければ「その出来事から学んだこと」を書いてみます。
その後、その右の「3」と書いてあるスペースに移って、その出来事のマイナスの側面を箇条書きにしていきます。これは難なく終わる作業です。ここまで書いていったら、「1」「2」を紙や手などで隠してしまいます。
そして「3」に書いていることだけに集中して、「ここに書いているマイナスを打ち消すにはどんな次の一手を打てばいいか」考えてみてください。もしかしたらすでに打っていた一手だったかもしれません。それでも過去を前向きに整理できればよいので、その一手を書けば十分です。
最後に、「3」の上にある「4」と書いてあるスペースに移って、先ほど考えた次の一手を書き込んでみてください。その後は、隠していた「1」「2」をもう一度眺めてみて、「1」から「4」まで順に反時計回りに1個ずつ確認してみてください。このことを表現しているのが回転矢印です。なんとなく、笑顔に見えるような矢印でしょう。
すると、不思議なことに、どんな出来事に対しても「これはこれで悪いことばかりでもなかった。逆に良かったのかもしれない」と思えるのではないでしょうか。
すなわち、この4つの四角形をぐるっと1周回っているうちに、この出来事の「思いがけない効果」という5つめの四角が見えてくるはずです。

同書より転載
生きていればつらい出来事はたくさん起こります。自分の無力さを嘆いたり、無情な世の中を恨んだりすることもあるでしょう。でも、七転八起の四角形を使って次の一手を見つけてみたらどうでしょう。
また今日から立ち上がってみんなで豊かになる価値創造の道を歩めるようになります。
「俺は財産は残さんけど…」
父の一言が息子の人生を変えた
この七転八起の四角形を使った例をいくつかみていきましょう。最初の2つは筆者が実際に使ってみた例です。
筆者は父親が会社を倒産させたことのあおりを受けました。会社を倒産させた父は地元で塾を開きますが、徐々にそれもジリ貧になっていきました。
公立高校に通う場合、大学は衣食住が無料で手当も出る防衛大学校以外の選択肢がないという状態でした。それか、中卒で自衛隊生徒やトヨタ学園などで給料をもらって働きながら学費を貯めて好きな大学にいくか、という選択を迫られたのです。
筆者の人生における行動原理は「可能性が広がるほうへ進む」です。そこで、後者(自衛隊生徒・少年工科学校で三等・二等・一等陸士として働きながら勉強する道)を選びました。
なお現在では、自衛隊生徒は高等工科学校生徒という防衛大学校の学生に近い位置づけに変わりました。しかし、当時は階級を持ち昇進もする自衛官でした。
筆者の父・岩尾俊志は型破りな人でしたので、よく「苦労したでしょう」と言われてきました。筆者の嫌いな言葉だと「親ガチャに外れた」などと言う人もいます。しかし、筆者にとっては、貧しくなっても信念を貫く心から尊敬できる父親でした。
そんな父の寝室には約1万冊の書籍がおいてありました。東洋哲学・西洋哲学・経営学・その他がちょうど4分の1ずつ。壁一面が本でびっしり埋まっていました。
こうした本の中にドラッカーの全集が含まれていました。父は、中学生の私に対して、ドラッカーの著作を開きながら『現代の経営』『マネジメント上・中・下』『創造する経営者』等に通底する「何かの弱みを別の何かの強みで打ち消す」という経営の本質を語りました。
「俺は財産は残さんけど、経営の考え方ば残すけん」
というのが父の口ぐせでした。
当時の私がドラッカーの経営思想を「七転八起の四角形」という図式に綺麗に整理できていたわけではありません。それでも、自分の人生において、どんな出来事にも常に良い点を探し、悪い点を打ち消す次の一手を考えるようになったのは父の影響だったでしょう。
「進学すらできない現実」が
人生のプラスになった瞬間
たとえば、自分が置かれた状況を次のように考えたわけです。

同書より転載
まず「経済的な理由で高校に進学できない(各種の制度を頼って公立高校に進学した場合には進学先が防衛大学校のみに限られる)」という、当時の自分にはどうしようもできない現実がありました。
これは当時からすれば「現在」の問題、今の筆者からすれば「過去」の問題です。とはいえ当時でさえ自分では現在進行形で解決できないのですから、広い意味で「変えられない過去」と割り切ったわけです。
でも、一般的な高校に進学せずに自衛隊生徒やトヨタ学園で働きながら勉強する道にも必ずプラスの側面(良い部分)があるはずです。たとえば「体力が身につく」「甘えた根性を叩たたき直せる」などです。
筆者は祖父が生きていた小学生時代までは超が付くお金持ちのお坊ちゃんでした。運転手さんがベンツで送り迎えしてくださり、祖父の家には鯉が泳ぐ池とプールと草スキーができる丘が付いた広大な庭があり、庭にお手伝いさんの家も付いていたくらいです。
そんな家庭で人生を舐めずに育つわけがありません。ですから、人間修養において自衛隊生活は必ずプラスだったと思います。
深夜のトイレで勉強した少年が
「慶應大で教鞭をとる」を実現
さて、それでもやはり当然ながらこの現実にはマイナスもあります。筆者は、世論に影響を与える小説家や、経営という人間の人生の根幹にかかわる営為について語れる経営学者といった、オピニオンリーダー的な職業を幼少期から意識していました。
しかし、中卒で働いた後にオピニオンリーダーを目指すにも、「日本社会では一定の学歴・経歴がないと話をきいてもらえない」というマイナスが付きまといます。
なお、小説家には学歴は必要ありません。ただ、オピニオンリーダー的な小説家ということになると、やはり芥川賞・直木賞をはじめとする賞歴はほとんど必須でしょう。
そこで筆者はいくつかの「次の一手」を考えました。「文章の勉強をして、学歴・経歴に関係なく読ませる文章を書けるようになる」「しゃべりの勉強をして、自分の話を面白く聞いてもらう技術を身に付ける」「自衛隊の宿舎において、みんなが寝てしまった後に、深夜まで電気がつくトイレで受験勉強をする」という手です。
3つも頑張ってみれば1個くらいはなんとかなるだろう、という公算でした。
文章では、村上春樹さんが受賞した群像新人文学賞から独立した評論部門で最終候補作となったり、いくつかの地方文学賞の候補になったりしたくらいで、文壇デビューはできずじまいでした。
しゃべりのほうも、古今亭志朝さん、明石家さんまさん、松本人志さん、島田紳助さんの動画を何度もリピートしてノートに書き出して話術の構造を学んでみましたが、「なんで佐賀出身なのに関西のノリなの?(※古今亭志ん朝さんだけは江戸っ子です)」と周囲に言われて終わりました。
3つのうち2つは挫折したわけです。最後の1個として、筆者は周囲に「俺は30歳には慶應義塾大学の(准)教授になって富裕層の子息を教育しているはずだ」と宣言して、あきれられていました。しかし、3つめはほぼ宣言通りに達成できました。
もちろん、職業はただの手段で、「日本をもう一度豊かにする」ということこそが目的です。とはいえ一定の成果が出たとはいえるでしょう。
苦労したのに評価されない…
それでも成功できる人の思考法
こうして1時期は前向きに次の一手を打ち続けられました。でも、その後も「中卒で自衛隊に入隊した」という過去は筆者を悩ませ続けました。
「文壇の人脈がもっとある家庭だったら」「お金があれば中高一貫校に通えたのに」「どうして自分だけ受験でも何でも不利な状況で戦わないといけないんだ」「どうして自分はこんなに苦労したのに認められなくて、順風満帆な人のほうが評価され、もてはやされるのだろう」。何度もこの問題に戻ってきてしまいました。
もう終わったことですし、すでに次の一手も打っているのに、です。これでは脳みそのムダづかいでしょう。筆者は、15歳から35歳までの20年間で、何度も何度もこれについての七転八起の四角形を再確認してきました。そのたびに「やはりこの道で良かったこと」が見つかり続けます。
たとえば「効率のよい勉強法を身につけられた」「勉強や学問への情熱がますます猛った」「様々な経験ができたので逆境に強くなれた」などです。

同書より転載
また、「今から打てる次の一手」も見つかります。論壇誌に定期的に寄稿して文章力を磨き続ける、学術団体の理事・評議員になる、ハーバード大学をはじめとした海外有名大学の客員教授になる、世界中から研究者を招へいして世界最高の経営学の研究拠点を作る、などです。

『経営教育 人生を変える経営学の道具立て』 (岩尾俊兵、角川新書)
どんなに優秀な人でも、脳みそという人間にとっての最重要資源を悩みという非生産的な活動に使っていたら、人生は悪い方向にしか進みません。
常に現状を肯定的に捉えなおし、誰よりも前向きに、誰よりも多く次の一手を打ち続ければ、どう論理的に考えても人生が好転するに決まっているでしょう。