「アフリカ開発会議は、死ぬぞ」…森喜朗元総理が一喝 〝退屈な演説〟丁々発止の討論へ 国際舞台駆けた外交官 岡村善文氏(53)

森喜朗元総理は第4回アフリカ開発会議(TICAD)での経験から、第5回会議に画期的なアイデアを持ち込んだ=2008年5月(小松洋撮影)

公に目にする記者会見の裏で、ときに一歩も譲れぬ駆け引きが繰り広げられる外交の世界。その舞台裏が語られる機会は少ない。50歳の若さで大使に就任し、欧州・アフリカ大陸に知己が多い岡村善文・元経済協力開発機構(OECD)代表部大使に、40年以上に及ぶ外交官生活を振り返ってもらった。

森喜朗氏(右)と福田康夫氏(左)

知己多く、経験も十分

《2013年6月、横浜での第5回アフリカ開発会議(TICAD)開催に向け、準備に奔走した》

TICADの議長は総理ですが、基調演説を行うと議場から姿を消す。裏で数十カ国の首脳と2国間会談を行うためです。

森喜朗氏は方向転換を決断した(酒巻俊介撮影)

議長席には議長代理が座り、議事を進行します。主催者の安倍晋三総理は代理を森喜朗元総理に頼みました。

森氏はアフリカ問題に力を注いできた実績を持ち、アフリカ首脳に知己が多いだけでない。前回08年の第4回会議でも、福田康夫総理から議長代理を頼まれ、経験も十分でした。

TICAD議長を務めた安倍晋三総理(中央)と森喜朗氏(右から2人目)=横浜

「同じことの繰り返し」と叱責

《岡村氏は会議に先立ち、事務局長として森氏に説明に訪れた》

「森総理、ご安心下さい。前回のTICADと全く同じで構いません。首脳会議では、アフリカ首脳に議長席から発言を順番に回して頂くだけでいいのです」

森氏はうつむき加減にじっと聞いたかと思うと、「なんだ、前回と同じことを繰り返すのか」と言い出しました。

「は、はい。前回のTICADが大成功と聞いており、同じやり方が賢明かと思いまして…」と私はシドロモドロ。

森氏は「役人は、自分がやったことを失敗とは言わんわな」とつぶやきながら、こう言いました。

「どうせ、首脳に5分ずつ割り当て、演説させるのだろう。大統領たちは演説が終わったらそのまま退席し、会議場は〝退屈の繰り返し〟だ。そして首脳たちは最後に、君らが用意した宣言を、ただ採択するだけなんだ」

後頭部、殴打された気分

森氏がお見通しのとおり、私たちは5分刻みで首脳発言を回すような、会議の進行表を作りつつあった。

森氏は厳しい表情のまま続けました。「君らは2年か3年でいなくなり、次の仕事をする。でも私は、もう15年にわたりTICADを見ている。こんな会議のやり方を繰り返せば、TICADは陳腐化する。もう誰も、TICADに関心を持たなくなる。TICADは、死ぬぞ」

《後頭部をぶちのめされた気分だった》

「無難」を求めるあまり、会議を真に意義あるものにする努力を忘れていた。森氏は、そういう私を一喝した上で、「首脳に闊達にしゃべらせてみればいいじゃないか」とアドバイスしてくれました。

一役人として怖いが…

ここで大きな方向変換を決断した。本会議を自由討論にする。アフリカ各国首脳は決められた演説を読み上げるのではなく、手を挙げて発言する。

こんな決断は、一役人には怖くてとてもできません。しかし、他ならぬ議長代理本人の森氏が「そうすべきだ」と言う。「やってみよう」と思いました。

《実際にやってみると、自由討論は首尾よくいった》

首脳はみな座席から手を挙げ、結構噛み合った議論をしてくれた。頑固そうな大物の大統領たちがまるで、学生のゼミ討論のように、丁々発止の議論を楽しんでいる。いつまでも議場を離れない…。

ハラハラ待つことない

事務方も、指定された時間に首脳が現れるか、ハラハラしながら待つこともない。会合の終了時間が来れば、「はい、これで議事終わり」と言えばよく、進行管理が非常に楽になったのです。

森氏の英断は議事の采配にも及びました。前回08年の第4回TICADでは、議長は日本だけだった。ところが今回、アフリカ側は「TICADは日本とアフリカの会議なのだから、アフリカ側にも共同議長をやらせろ」と主張してきました。

私は森氏に「アフリカがそう言っています。どうしましょうか?」と恐る恐る相談。すると、森氏は一言、「いいじゃないか、やらせてみよう」と言ったのです。

壇上から、容赦なく制止

《この結果、日本側(安倍総理か森議長代理)と、議題ごとに選ばれたアフリカ首脳が2人並んで議長席に座ることになった》

これが思いのほか、うまくいったのです。アフリカ側議長の首脳は、座席で発言するアフリカ首脳が5分の制限時間を超えて演説していると、「もう、時間が来ました」と、壇上から容赦なく制止。発言している首脳も、ブツブツ言いながらこれに従いました。

アフリカの大統領が別のアフリカの大統領を制止するので、文句は出ない。もし日本側がやっていたら、相当、角が立ったことでしょう。

何より、アフリカも議長席に座ったことで、TICADは日本采配の会議でなく、アフリカ自身の会議でもあるという「オーナーシップ」の意識が生まれました。TICADの議論を成功させるため、アフリカ側が日本に非常に協力してくれました。

2つ目の効果

《もう1つ、森氏の意向が良い結果へと結び付いた例があった》

それは、各国首脳と企業との対話です。森氏は「アフリカ諸国がTICADに参加するのは、ビジネスの関係を作りたいからだろう。それなら、民間企業との対話の場を用意すればいい」と言っていました。

これを受け、会議初日の昼休み時間に、経団連の協力を得て、アフリカ各国首脳と日本企業トップとの「交流会」を催しました。

まず日本企業トップが全体会議に出席し、米倉弘昌経団連会長と安倍総理が挨拶。

その後、演説は一切、なし。その代わり、全員が別室に移り、名刺交換会のような立食パーティーを催しました。

「日本は本気だ」

アフリカ各国首脳は、関心のある企業トップに直接話しかけることができる。日本側もしかりです。これはアフリカ側に非常に評判が良く、「日本はビジネス関係の促進に本気である」という姿勢を感じさせたでしょう。実際、その場で話がまとまり、3日間の首脳滞在中、個別案件協議へと進んだ国もあったようです。

これらの方針変換は、その後のTICADに引き継がれました。「TICADは、非常に面白い会議である」。アフリカ側に、こう思ってもらえる、大きな素地を固めることになったわけです。(聞き手 黒沢潤)

<おかむら・よしふみ> 1958年、大阪市生まれ。東大法学部卒。81年、外務省入省。軍備管理軍縮課長、ウィーン国際機関日本政府代表部公使などを経て、2008年にコートジボワール大使。12年に外務省アフリカ部長、14年に国連日本政府代表部次席大使、17年にTICAD(アフリカ開発会議)担当大使。19年に経済協力開発機構(OECD)代表部大使。24年から立命館アジア太平洋大学副学長を務める。