コメ価格「決して高くない」 JA全中会長の発言が全然問題ないワケ
コメ価格高騰の背後に潜む構造
日本の主食であるコメの価格が急に話題になった。理由は、5kgの米の小売価格が1年で約2倍に上がったからだ。
【画像】「えぇぇぇ!?」 これが自衛官の「年収」です! グラフで見る(計8枚)
一方で、全国農業協同組合中央会(JA全中)の山野徹会長は
「決して高くない」
といった(『時事通信』2025年5月13日付)。多くの消費者には、この言葉は現実離れしているように感じられるだろう。
しかし、その言葉の背景には合理的な理由があることがわかる。モビリティ経済(人や物の移動経済)の視点を導入することで、コメ価格を巡る議論に新たな光を当ててみたい。
肥料高騰と物流問題の影響

コメ(画像:写真AC)
まず、農業、特に稲作は土地に縛られているという考えを捨てるべきだ。
・肥料
・燃料
・資材
・農薬
などは、全国や世界から農地に運ばれて初めて使える。輸入肥料の原料価格は、2022年から2024年にかけて大きく上がり、2025年も高いままだ。燃料代は農機を動かしたり、乾燥のためのコストをじわじわと圧迫している。
さらに、輸送コストも上がっている。2024年から2025年にかけての「物流2024年問題」の影響は、農産物の物流にも出ている。長距離輸送や中継地点での手間が増えて、卸価格が上がっている。
米が消費者に届くまでには、少なくとも3回の輸送がある(生産地 → 集荷 → 精米 → 小売流通)。それぞれの段階で価格に上乗せされるコストが増えた。この過程でのコスト増は避けられない。米価を考える際、この輸送にかかるコストを無視するのは不正確だ。
供給不足が引き起こす米価高騰

田んぼ(画像:写真AC)
政府は米価が高くなったため、備蓄米を市場に放出し始めた。見た目は価格を下げるための介入のように見えるが、実際には供給不足を補うためのものだ。
政府が持っている備蓄米の年間放出量は、市場全体の1~2%しかない。現在の価格にはほとんど影響を与えない。この備蓄米は、災害や需給の問題が起きたときに使われるもので、価格を操作するためのものではない。むしろ、備蓄米が出てきたということは、需給が厳しくなっている証拠だ。
消費者が米の価格が「農家に比べて高すぎる」と感じるのは当然だ。JAが農家から買う価格と、スーパーでの価格に差がある。しかし、その差は単なる利益だけでなく、
・流通経費
・品質維持
・検査
・委託販売手数料
・配送センターの管理費
など、たくさんのコストが影響している。
例えば、農家が出荷する価格と最終的な販売価格の差額を補うナラシ対策制度がある。これは、農業経営の安定を支えるための制度だ。農家がJAに安い価格で米を出荷しても、販売時の市場価格や補助金で一定の収益が保証される。この仕組みを理解せずに
「中間業者が利益を取っている」
というのは間違いだ。
価格決定の非効率性

田んぼ(画像:写真AC)
JA全中が問題にしているのは、精米業者、卸業者、大手小売業者の間で価格がうまく伝わらないことだ。JAは農家から玄米を買って精米し、最終的にスーパーに卸すが、その間の価格設定がわかりにくく、効率が悪い。
コロナ後、精米業者が小さくなったり、系列化が進んだため、価格を決める権限が複数にわかれている。これにより、価格が市場の需給に合わず、硬直してしまっている。これは都市部のタクシー業界のように、需要と供給がうまく合っていない状況に似ている。需要と供給のギャップがあっても、最終的な価格には柔軟性がない。
米の価格が2倍に上がったため、大手外食チェーンの一部は、すでに輸入米に切り替えている。タイやカリフォルニア産のジャポニカ米は関税があっても、国産米より安く調達できるからだ。ここで問題なのは、価格が高いか安いかではなく、物流の柔軟さと調達のしやすさだ。国産米は
「地域密着性が高いが、物流が弱い」
農産物だ。海外からの米は、グローバルな輸送網に乗ってくるため、一定の価格競争力を持つのは当たり前だ。最近、ECで農産物を直接売ることが増えているが、これはJAの物流構造が新しい市場に対応しきれていないことを示している。
「米価の適正判断」を問う構造

トラック(画像:写真AC)
米価が高すぎると感じるかどうかは、実際の収入と深く関係している。実質可処分所得は過去に比べて大きく減っている。給与は変わらず、社会保険料と税金が増えているから、生活必需品が高く感じられるのは当然だ。
しかし、米の供給側はここ10年、赤字価格に耐えてきた。それを今、是正しようとすれば、価格上昇は避けられない。これは、運賃が安すぎたためにドライバー不足が起こり、タクシー料金を引き上げたことに似ている。消費者は「米が高すぎる」といい、生産者は「適正な価格だ」と主張している。
コメの価格は、消費者から見ると確かに高い。しかし、物価全体と同じように、価格が正しいかどうかは、生産、流通、消費の各段階で必要な条件が満たされているかで決まる。生産者が持続可能なコストで作り、流通業者が損失なく輸送し、消費者が情報を得て選べる状況であれば、その価格は正しい。
だから、JA会長が「決して高くない」といったのは、全体の構造を見ての結論だ。問題は、その価格が国民に耐えられるかではなく、適切な所得環境や流通設計があるかどうかだ。
いい換えれば、米価の問題はもはや農業政策だけの問題ではない。これは、日本社会が適正な価格を適正と感じられる構造を持っているかどうかを問うものだろう。