「里のうどん」が藤沢のソウルフードになった必然

飲食未経験だからこそ生まれたバラ丼, ソウルフードになりえた2つの理由, コロナ禍を乗り越えたクラウドファンディング, 全国へ広がっていく藤沢のソウルフード

一番人気のうどんとバラ丼のセット。一見すると不思議な組み合わせだが、食べてみるとソウルフードになったのが納得できる、絶妙のハーモニーを奏でる(撮影:大澤誠)

「ソウルフード」と呼ばれ、特定の地域で親しまれている食べ物は案外多い。北海道のジンギスカンや、沖縄のソーキそばなどは全国的にも知名度が高いので、食べたことのある人も多いだろう。

【写真】不思議な組み合わせでもうまけりゃOK!「里のうどん」が誇る絶品メニューの“気になる中身”

一方で、ソウルフードはその地域の文化や暮らしともひもづいているため、より細かなエリアに限定されて親しまれているものもある。神奈川県藤沢市のバラ丼も、その1つだ。

神奈川県のソウルフードというと、横浜のサンマーメンや横須賀の海軍カレーなどは知っているが、バラ丼は初めて聞いたという人も多いかもしれない。一体、どんな食べ物で、なぜ「藤沢のソウルフード」になりえたのだろうか。その謎をひもといていく。

飲食未経験だからこそ生まれたバラ丼

バラ丼を提供しているのは、藤沢市でドミナント展開するうどん店「里のうどん」だ。藤沢市に本社を置く、ワンオータスが運営をしており、現在、市内で3店舗を展開している。

1997年の創業以来、藤沢市民を中心に親しまれてきた。なかでも、JR辻堂駅に直結するショッピングモール「テラスモール湘南店」はフードコートの中で1位の売り上げを獲得するほど人気が高い。

バラ丼は、里のうどんのオープン時から提供されている看板メニューだ。その誕生の背景には、同社代表の西嶋芳生さんの経歴が深く関係している。

もともと西嶋さんはバンドマンだった。だが夢破れて、飲食の道に進む。うどんを選んだのは、たまたまうどん店の居抜きを買い取ったからだ。

うどんをつくった経験はないが、同氏は試行錯誤を重ね、2年の歳月を費やして納得のいくうどんを完成させた。それが出汁本来の味を生かした関西風のうどんだ。西嶋氏の両親が岡山出身ということもあり、幼い頃から慣れ親しんだ、少し薄口の関西風のうどんにたどり着いた。

しかし当時は、個性的な店主がつくるラーメン店が環八をはじめとしたロードサイドに続々と登場していた時代。パンチの効いたラーメンが人気を集める中、関西風のうどんだけで勝負をすると負けてしまう。

そこで、うどんをすまし汁のように脇役に据え、しょうが焼き定食として提供するスタイルを考案。ただ、4坪13席と店舗が狭いため、その中でうどんもしょうが焼きもどちらも調理することは物理的に不可能だった。

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開業当初の「里のうどん」の店舗(写真:西嶋さん提供)

どうすべきか迷った結果、西嶋さんは丼にして提供することを思いつく。丼にすれば盛りつけるだけで料理が出来上がり、場所も取らない。創業当時はワンオペで店を切り盛りしていたため、それが最適な方法だという事情もあり、バラ丼が誕生した。

同店の一番人気は、うどんとバラ丼がセットになった「バラ丼セット」だ。うどんについていうと、口当たりがいいスープと、柔らかさとコシの中間のような麺のため、子どもでも食べやすい。一方で、バラ丼は濃い目のタレに、マヨネーズがアクセントになっていて成人男性でも満足のいく一杯だ。

こうした特徴があるため、男性の一人客から家族連れまで、幅広い年齢層に選ばれることが多い。それがフードコート内の売り上げ1位という結果につながっている。

ソウルフードになりえた2つの理由

とはいえ、ただおいしいだけでは、バラ丼が地元の人から「藤沢のソウルフード」として認識されることはない。同店が特別な存在として突き抜けることができた背景には、2つの理由がある。

まずは、バラ丼の開発のステップだ。創業以来、同氏が大切にしてきたのは、客の声を聞くこと。未経験で飲食に参入したため、どのようなメニューを提案すればお客様が喜んでくれるのか明確な答えを持っていない。そこで客の声を聞くようにしたのだが、快くアドバイスをくれる客が多かった。

なかには、「横浜駅においしいうどん店があって参考になるから食べて来い」と言い、お金を渡してくる客までいたそうだ。いわばバラ丼をはじめとした、里のうどんのメニューは客と一緒につくり上げてきた味といっても過言ではない。当時の状況について、西嶋さんはこう話す。

「当初、バラ丼のオーダーは入るたびに一からタレをつくっていました。そんな僕に、まとめて仕込んでおくものだと教えてくれたのはお客さまです。また、バラ丼にゴマをかけたほうがいいとか、マヨネーズがあったほうがいいといったアドバイスをいただけたことで、最初からは考えられないくらい商品として進化させることができました。創業28年を迎えることができましたが、今があるのは、アドバイスをくれたお客さまがいたからにほかなりません」

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西嶋さんは元バンドマン。同期にはあのMr.Childrenもいる(撮影:大澤誠)

客からすると自分のアドバイスがすぐに商品に反映されているので、「また来てみよう」という気持ちになりやすい。その一方で、西嶋さんからすると、客の声を拾い上げることで、本当に求められるメニュー開発ができた。そのサイクルが回る中で、自身も関わったからこそ里のうどんに強い愛着を持つ人が増えるとともに、バラ丼が藤沢のソウルフードへ成長していった。

もう1つは、自ら「藤沢名物」として売り出したことが大きい。1号店の店舗は買い取った当初から古かったため、店が繁盛しだした2000年頃に改築をすることになった。店の看板も付け替えるとき、看板店の職人から提案されたのが「藤沢名物」と付けることだ。それを面白いと感じた西嶋さんは、店の看板だけでなく、ロードサイドの立て看板も「藤沢名物 里のうどん」に変更した。

その施策は当初からブランディングに役立ったが、とくにネットの時代になってからの効果は絶大だった。里のうどんを検索すると「藤沢名物」と表示されるだけでなく、「藤沢名物」と検索すると里のうどんが表示されるようになったのだ。その結果、藤沢市民の多くが里のうどんを特別な存在と認識するようになっていく。

コロナ禍を乗り越えたクラウドファンディング

ソウルフードとして藤沢を中心に店舗数を拡大していった里のうどん。そこにピンチが訪れる。コロナ禍だ。多くの飲食店が窮地に追いやられたが、それは里のうどんにとっても同様だった。

コロナ禍前、同社は事業を拡大し、国内で6店舗、タイで5店舗展開していた。2019年の同社の売上高は5億2000万円あり、国内だけでも1カ月で3000万円の売り上げがあったが、新型コロナウイルスの感染拡大とともにゼロになってしまう。

それでも、給料や業者にお金を払わないといけない。銀行から十分な資金を借り入れられる見込みがない。そんなとき西嶋さんが思いついたのが、クラウドファンディングの活用だ。

2020年4月7日に緊急事態宣言が発出されたのを受けて、同社は5月1日からクラウドファンディングを開始。コロナ禍では多くの飲食店がクラウドファンディングを活用し、当面の運転資金を工面したが、同社の取り組みはその走りだったといっていいだろう。  

結果として、3日間で500万円の資金提供があり、最終的には816万円に達するなど、非常に大きな反響を集めた。当時、多くの人にとってクラウドファンディングを通して支援をするという経験がなかったが、それでもこれだけの早さで支援金が集まったのはファンがいたからにほかならない。

その頃、里のうどんは創業20年を超えており、幼い頃から通う地元の人も多かった。だからこそ、自分が慣れ親しんだ味がコロナ禍でなくなってしまうのは悔しいと感じる人は多かったものの、緊急事態宣言中は店舗も営業をしていない。できることが限られている中でクラウドファンディングが実施されたので、支援したいという気持ちが一気に集中し、それが816万円という金額につながった。

全国へ広がっていく藤沢のソウルフード

現在、里のうどんは海外事業から撤退するとともに、店舗も3店舗まで縮小させている。では、会社の成長が減速しているかというと、そういうわけではない。むしろ、コロナ禍前よりもブランドとしての可能性は大きく広がっている。

そのカギとなるのがフランチャイズ展開だ。すでにフランチャイズの加盟募集を行っているが、多くの引き合いが来ている。なかでも、テラスモール湘南のようなショッピングモールから寄せられる期待は大きい。

ショッピングモール内のフードコートにはうどん店が必須で、軒並みどこも高い売り上げを上げている。しかし、テナントとして入っているブランドは、讃岐うどんであるケースが多い。日本人の多くが、うどんといえば讃岐うどんをイメージしている影響が大きいためだ。

そもそも讃岐うどんが日本に広まったのは、2000年前後に起きた第4次うどんブームだ。当時、「丸亀製麺」や「はなまるうどん」も誕生し、その後、一気に店舗数を広げていく。

しかし、ここ数年、ショッピングモールも乱立し、競争が激しくなった結果、閉店に追い込まれるケースも目立つ。そうした背景もあり、集客装置として重要な役割を果たすフードコートのあり方が見直されている。金太郎飴のように、どのモールに行っても食べられるブランドではなく、キャラの立った里のうどんのような店舗が求められ始めているのだ。

飲食未経験だからこそ生まれたバラ丼, ソウルフードになりえた2つの理由, コロナ禍を乗り越えたクラウドファンディング, 全国へ広がっていく藤沢のソウルフード

テラスモール湘南店は同モール内のフードコートで随一の売り上げを誇る(撮影:大澤誠)

今後、こうした動きは全国で起こっていくだろう。それを追い風に、里のうどんはほかのショッピングモールとの差別化を行えるブランドとして注目度を高めていく可能性が高い。

なんといっても、2000年初頭に起きた讃岐うどんブームにも負けず、たくさんのファンを獲得し続けてきた。それができたのは、やはり幅広い年代に刺さる、うどんとバラ丼のセットがあったからだ。近い将来、全国で藤沢のソウルフードが楽しめる日が来るかもしれない。