デビュー15周年の松坂桃李《独自インタビュー》

デビューから15年を迎えた松坂桃李さん。「僕はあまり“大きな目標”を掲げるタイプではないんです」と語る(撮影:長田慶)
昨年、デビューから15年の節目を迎えた松坂桃李。プライベートでは2020年に結婚、2023年に第一子が誕生した。
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家族を持ったことで起きた心境の変化や最新作で共演した寺尾聰とのエピソード、今後の目標などを聞いた。
最新作では寺尾聰の息子役に
松坂の最新作となる映画『父と僕の終わらない歌』は、アルツハイマーを患った父が、息子に支えられながら80歳で歌手デビューを果たしたイギリスの実話がベースとなっている。小泉徳宏監督が日本版として翻案し、松坂はイラストレーターの息子・雄太を演じた。
「これはただの病気の話ではないと思ったんです」
サイモンさんが父との日々を動画に収めた記録。それが多くの人の心を動かした。そのエピソードに触れたとき、松坂の胸には「希望を見つけ出す力」が確かに残った。
「老いや病は誰にでも訪れる。でも、どう向き合うかで景色は変わる。失われていくものの中に、“失われないもの”を見つけられる――それを音楽として描いた物語でした」

©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会 配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
「この作品を通じて、“その時”が来たときのことを考えるようになりました」
まだ現実に起きてはいない。けれど、自分の両親が病を抱える可能性は誰にでもある。その時、どんなふうに受け止められるのか――この物語との出会いは、松坂にとって、ひとつの“心の準備”になった。
リアリティを重んじる松坂は、演技においても細心の注意を払った。
見る人が心にひっかかることがないように。役を通して語るからこそ、そこに宿る責任の重さを、彼は静かに受け止めていた。
演じた雄太は、自分の“あり方”を父に打ち明けた経験を持ちながら、なお心の整理がついていない人物だ。その揺れをどう表現するか、松坂は何度も自身に問いかけた。
「寺尾さんの芝居に“応える”ことが何より大事でした。現場では常に柔らかさを持ち続けることを意識していました」
ビジュアルにも特徴がある役だった。職業はイラストレーター。外見には自由さがあるが、内面には揺れがある。
「まず、その人がどんな気持ちでそこに立っているかを考えるんです。最初に登場するページ、その時の感情を逆算して、衣装や髪型のニュアンスを決めていきました」
父との関係性、仕事への姿勢、そして時間の経過。雄太の“今”がどんな過去から形作られているか――その全部が外見ににじむように、監督やスタッフと何度も話し合いを重ねた。
SNSの光と影、そして希望

©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会 配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
物語のハイライトは、たった1本の動画から始まった。ドライブ中の車内。窓から差し込む光の中、父と息子が笑いながら歌う。アルツハイマーを患った父が、音楽を通して再び心をひらいた――。そんな“静かな奇跡”は、SNSを通じて世界中の人々の胸に届いた。
物語のカギを握るのは、まさにSNSという“つながり”だった。
「SNSは便利だけど、同時に危うさもある。自分の目で見たもの、耳で聞いたことを信じるようにしています」
情報が溢れる現代で、誤情報が真実のように扱われる場面も多い。だからこそ、松坂は“自分の軸”を見失わずに使うことを大切にしているという。
「特に災害やパンデミックの時期に、SNSで飛び交う情報がどれだけ混乱を生むかを目の当たりにしてきました。だからこそ、使い方には細心の注意が必要だと思います」
一方で、SNSが持つ「つながり」の力も感じている。
「今回の作品も、サイモンさんのYouTube動画やSNSでの広がりがあったからこそ生まれた企画。だから希望もある。自分の想いが誰かに届く可能性に、素直に懸けてみたくなるんです」
「演技を超えた時間」

(撮影:長田慶)
最も心を動かされたのは、ラストシーンだった。
「感情を抑えることができなかった。あれはもう演技じゃなくて、寺尾さんが引き出してくれた“本物”の時間でした」
父と息子の心がようやく交わる瞬間。雄太としての涙と、松坂自身の心が、自然に重なった。
「寺尾さんの声、空気感、眼差し……そのすべてが、僕の内側に届いたんです」
しかもその場面は、奇しくもクランクアップの瞬間でもあった。
「現場のスタッフ、キャスト、みんながその空気を共有していて。撮り終えたあと、みんなで飲み物を持ち寄って乾杯した時間も、本当に温かくて。みんなの顔が柔らかくて、嬉しそうで……あの時間も、僕にとっては作品の一部だったように思います」
俳優としてだけでなく、一人の人間として――松坂の胸には、確かに何かが残った。
「正直、ここまで深く考えることはありませんでした。でも、家庭を持ってから少しずつ、『自分が年を重ねたとき、子どもに迷惑をかけずにいられるにはどうしたらいいのか』と考えるようになったんです。将来、病気になるかもしれないという現実にも、ちゃんと向き合うようになりました」
そして、そんな自分を支えてくれる家族の存在もまた、見つめ直すようになったという。
「支える側の心が、疲弊してしまうこともあると思います。でも、その“ひずみ”をどう受け止めて、どう寄り添うか――。この作品を通して、そんなことも考えるようになりました」
インタビュー中、松坂は終始控えめで、柔らかく、穏やかに笑っていた。特別な人間を装うことなく、目の前の相手に丁寧に向き合うその姿は、俳優というより、ごく普通の青年にさえ見える。
そんな姿とは裏腹に、カメラの前で彼は別人になる。怒り、哀しみ、狂気、静けさ。作品ごとにまったく異なる感情を体現する俳優だと知ったとき、観る者の胸には、言葉にならない余韻が残る。
「演じるって、相手と心を交わすことだと思うんです」
その言葉には、まるで誰かを大切に思うような、静かな確信が宿っていた。

(撮影:長田慶)
松坂がこうした思いを持つようになったのは、20代半ばのとき。舞台の稽古中、演出家・小川絵梨子の何気ない言葉が、彼の胸に深く刺さった。
「お芝居は一人で完結するものではなく、相手からのプレゼントをきちんと受け取ってください」
それは、演技における「受ける力」の大切さを教えてくれた言葉だった。以来、松坂の中で演技とは“交換”の行為となった。
「お芝居は、プレゼントの交換のようなものだと思っています。相手役の方が出してくれる感情をしっかりと受け取る。そして、今度は自分なりの感情を返す。そのラリーの中で生まれるものが、演技の本質だと感じています」
個を主張するのではなく、相手を尊重し、自分を差し出す。その姿勢は、作品を重ねるごとに深まっていった。
自分らしさを定義しないという自由

(撮影:長田慶)
「“松坂桃李らしさ”って、自分ではあまり分からないんですよね」
と笑う。何でも受け入れてしまいそうなその穏やかな声に、確信めいた力はない。ただ、柔らかな自信が滲んでいた。
ジャンルを選ばず、難役も、コメディも、舞台も、声優も引き受ける。その「どんなことにも挑戦する姿勢」こそが、周囲が感じる“らしさ”なのかもしれない。
「でも、自分ではそれが“らしさ”かどうかも分からない。見てくださる方のほうが、僕をよく知ってくださっているんじゃないかと思います。だから、あえて自分で定義せず、他者に委ねているんです」
あえて色を持たないことで、どんな色にも染まる。その無色透明さが、松坂桃李という俳優の最大の個性なのかもしれない。

(撮影:長田慶)
「一番高揚する瞬間? それは、やっぱりクランクアップですね」
現場には、俳優だけでなく、照明、音声、美術……あらゆるプロフェッショナルがいる。異なる立場の人たちが一つの目的に向かって積み重ねてきた時間。その結晶が「作品」になる瞬間は、何度経験しても特別だという。
だが、作品への評価は思うように届くとは限らない。それについて、松坂は静かに首を振った。
「僕は“これだけ頑張ったんだから評価されたい”とは思っていません。作品は、あくまで“きっかけ”でいいと思ってるんです。誰かがその映画を観て、次の日、ちょっとだけ前向きになれる。誰かと話すきっかけになる――」
ほんの少しでも、日常に寄り添えるなら、それでいい。その“ささやかな力”こそが、松坂が信じるエンターテインメントの本質なのだ。
「夢よりも、今を丁寧に」

(撮影:長田慶)
デビューから15年、数えきれないほどの役と出会い、別れ、揺れ動きながら、松坂桃李は今も“表現”という道の途中にいる。
「これから20年、30年と続いていく中での理想像は……うーん、そうですね。僕はあまり“大きな目標”を掲げるタイプではないんです」
少し照れたように笑ってから、彼はゆっくりと言葉を選ぶ。
「ただ、自分が携わった作品が、誰かの心に残ってくれること。それがすごく大切だと思っています。見た人が、何かを受け取ってくれるような――そんな“プレゼント”みたいな作品を、これからも届けていきたい」
だからこそ、一つひとつの現場にまっすぐ向き合い、その瞬間の誠実さを重ねていく。
未来を描くのではなく、今という時間に点を打つように――。
「目の前にある作品を大切にしながら、気づけば、その点が線になっていく。そんなふうに生きていけたらと思っています」
大きな夢を語ることよりも、確かな一歩を選び続ける姿。
それが、松坂桃李という俳優の、何よりの“らしさ”なのかもしれない。