創業70年超の老舗「和装小物問屋」倒産の悲しき顛末

日本橋の老舗企業が倒産の衝撃, 着物離れや東日本大震災が直撃, 金融機関からは煮え切らない回答が・・・, 企業倒産は緩やかに増加している

1951年創立の和装小物の老舗問屋「中越」が倒産に至るまでの経緯を追った。写真はイメージです(写真:Caito / PIXTA)

「この度、株式会社中越は諸般の事情により令和7年4月10日をもって業務を終了することとなりました。これまで長きにわたるご支援に心より感謝申し上げますとともに、ご迷惑をおかけしますことを深くお詫び申し上げます」

【写真で見る】創立70年以上の老舗「和装小物問屋」はなぜ倒産したのか

4月10日、自社ホームページ上にこのような「業務終了のお知らせ」をアップし、1951年創立の和装小物の老舗問屋「中越」(東京都中央区)が歴史に幕を下ろした。

日本橋の老舗企業が倒産の衝撃

「中越が倒産したのではないか」――。複数の取引先関係者から問い合わせが相次ぎ、帝国データバンクでは上記お知らせがアップされる前々日の4月8日から情報収集に動いていた。

当社の取材記者が現地に足を運ぶと、従業員が勤務する姿が見られ、代表取締役にも接触できた。代表からは「通常通り営業しており、今後も続けていく」とのコメントを得られた。しかし従前から厳しい業況と資金繰りが続いており、額面通りに受け取れはしなかった。

筆者はこれまで25年にわたって3000社を超える企業を取材してきた。過去の案件を振り返っても、そもそもこうした“倒産問い合わせ”が調査会社に入る時点で、その会社の“末期的な状態”を暗示していることが多い。中越のケースも事前の予想通り、現地取材2日後の4月10日に10数名の全従業員を解雇し、さらに4日後の14日に東京地裁へ自己破産を申し立てた。

日本橋の老舗企業が倒産の衝撃, 着物離れや東日本大震災が直撃, 金融機関からは煮え切らない回答が・・・, 企業倒産は緩やかに増加している

1951年に東京都中央区で創立され、同区に鉄筋6階建ての本社ビルも持つ(写真:中越公式ホームページより)

100年先まで真ごころを込めて、和ごころをお届けします――。こうした企業理念を掲げる中越は1951年、東京都中央区日本橋富沢町に資本金100万円で創立された。以来70年以上にわたって和装小物一筋で事業を営み、1950年代から60年代にかけて数度の増資を実施。1972年には鉄筋6階建の本社ビルを東京都中央区に建設するなど、順調に業容を拡大してきた。

同社の取扱製品は、着物用の半巾着や小袋帯、信玄袋やハンドバッグ、帯締めのほか、草履、足袋、裾よけ、扇子など幅広く、和装をより引き立てる伝統的な商品から、他社にはないニッチな商品まで多彩な商品を取り揃えた。

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幅広い商品を展開し、ニッチ商品も手がけていた(写真:中越公式ホームページより)

着物離れや東日本大震災が直撃

大手呉服チェーン向けを中心に、首都圏および東北エリア各地の呉服小売店向けに販売してきた。とくに、同業他社の倒産を受けて2003年に開設した東北営業所による販路拡大の効果が大きく、2006年7月期には年売上高13億5000万円を計上していた。

しかしこの間も着物離れが進み、着物の需要減もあって売り上げは年々落ち込んでいった。こうしたなかで2011年3月11日、東日本大震災が発生。仙台市宮城野区にあった東北営業所は直接の被害こそ免れたものの、得意先各社が営業自粛や廃業に追い込まれたことで多くの販路を失った。2011年7月期の年売上高は9億7000万円と、10億円の大台を割り込んだ。

その後の売り上げは8億円前後で推移していたが、2020年の新型コロナウイルス感染拡大で業況がさらに悪化。大口得意先の大手呉服チェーンが店舗を大量に閉鎖したことで大幅な売上減に陥り、2020年7月期の年売上高は5億3000万円に落ち込んだ。コロナ禍前半のこの頃から収支は赤字の状況が続き、資金繰りを改善すべく仕入先各社に対して支払い条件の変更(支払いサイトの延長)を要請した。

日本橋の老舗企業が倒産の衝撃, 着物離れや東日本大震災が直撃, 金融機関からは煮え切らない回答が・・・, 企業倒産は緩やかに増加している

着物離れや東日本大震災が業績へボディブローのように効いた(写真:中越公式ホームページより)

その後も営業段階から赤字が続いていた。しかし、2023年5月に新型コロナウイルスが5類に移行したことで人流が徐々に回復し、国内景気も小売りやサービス業を中心に上向きはじめた。当社の業況も底打ちの兆しが見られたが、依然として厳しい状態には変わりなかった。コロナ禍で業況が悪化した得意先からの売上金回収が滞っていたこともあり、資金繰りに余裕はなく、同年10月以降に取引金融機関に対して新たな融資打診に踏み切った。

金融機関からは煮え切らない回答が・・・

数カ月後の2024年1月下旬、金融機関の担当者から連絡が入った。融資可否の結論がようやく出たのかと思い対応すると、担当者からは“意外な答え”が返ってきた。「今月末で退職するので(融資については)後任に対応させます」――。

それから2週間あまり、新たな担当者にも「業務引継等」を理由に対応してもらえなかったという。いざ話し合いが始まると、新担当が口にしたのは「当行で融資は難しい。政府系金融機関に融資可能か確認してみます」というものだった。さらに数週間が経ち、翌2月に出た結論も「否」。以前から赤字決算が続いており、融資は難しいとの回答だった。

このため、やむなく既存借入金の1年間の返済猶予を要請した。取引金融機関の新担当からは「今後融資はできなくなりますが、それでもよろしいですか?」と聞かれたが、背に腹は代えられなかった。元本返済をストップし、利息のみの支払いに切り替えて急場をしのいだ。

この間、当てにしていた融資を受けられず、資金ショートしかけた場面もあった。その際、代表は配偶者から1000万円の借金をして窮状を回避したという。融資打診から数カ月あまり、会社側にとっては時間ばかりを空費した感が否めなかった。

2025年に入ると、仙台営業所の閉鎖や人員削減などリストラに踏み切った。当座の資金繰りを緩和すべく、従業員の協力を得て給与支給日を遅らせもした。しかし売上金の回収は遅々として進まず、徐々に資金も枯渇していった。収支の赤字が長期にわたって続くなかでこのまま営業を続けても、資金繰りが早晩行き詰まることは明らかだった。こうした状況を取引金融機関に説明したところ、4月初旬に当座預金が出金停止となり資金ショート。先行きの見通しが立たなくなり、負債1億5900万円を抱えて東京地裁へ自己破産を申請した。

日本橋の老舗企業が倒産の衝撃, 着物離れや東日本大震災が直撃, 金融機関からは煮え切らない回答が・・・, 企業倒産は緩やかに増加している

4月10日、自社ホームページ上に「業務終了のお知らせ」をアップした(写真:中越公式ホームページより)

企業倒産は緩やかに増加している

企業倒産は小規模企業を中心に「緩やかな増加」が続いている。2025年4月の企業倒産(全国・全業種)は826件となり、前年(760件)を8.7%上回った。ロシアによるウクライナ侵攻後の2022年5月から36カ月連続で前年を上回り、戦後最長の連続増加記録を更新中だ。

物価高、人手不足、価格転嫁難の状況が続くなか、今後はトランプ関税の影響も加わり、中小企業を取り巻く経営環境はさらに厳しさを増す可能性が高い。かつてないほど不確実性が高い今こそ、企業にとっては金融機関による手厚い伴走支援が求められる。これまで筆者が25年にわたって倒産取材の現場で見聞きしてきた「企業経営者による金融機関への“恨み節”」が、今後は少しでも減ることを願ってやまない。