日本の対外純資産「世界3位」転落。順位より深刻なのはその中身

対外純資産残高で世界首位のドイツ・メルツ首相(左)と世界2位の中国・習近平国家主席。2月に北京で開催された首脳会談にて撮影。
財務省は5月下旬、「本邦対外資産負債残高(2025年末時点)」を公表した。
日本の対外純資産残高は561兆7504億円と7年連続で過去最大を更新したものの、ドイツ(675兆5374億円)と中国(636兆3391億円)を下回って世界第3位となった【図表1】。

【図表1】日本・ドイツ・中国の対外純資産残高の推移。
昨年この統計(2024年末時点の残高)が公表された際は、ドイツに抜かれて34年ぶりに「世界最大の対外純資産国」のステータスを喪失したことが大きな議論を呼んだものの、筆者はBusiness Insider Japanへの寄稿でこう指摘した。
「世界最大の経常黒字国である中国も日本を猛追しており、2000年代半ば頃から(変動が著しいものの)日本を大きく上回る経常黒字を積み上げ、対外純資産でも遠からず日本を逆転するのが既定路線と言えそうだ」
したがって、筆者としては今回の結果に全く意外感がない。同時に、昨年の寄稿で主張した見方も変わっていない。
「何にしても、順位の変動そのものに大きな意味はない。経常黒字が原因、対外純資産は結果。本当に注目すべきは、原因である経常黒字の構造変化だ」
今回の内訳を見ると、対外資産残高は前年末比8.5%増の1805兆6340億円、対外負債残高は同10.5%増の1243兆8838億円。負債の増加幅が上回ったものの、対外純資産の積み上げは続いている。まずこれは重要なポイントだ。
一方、対外純資産の増加率を他国と比較するとまた違う風景が見える。日本のそれは前年末比4.4%増だったのに対し、ドイツは同18.6%増、中国は同23.3%と日本を数倍上回る伸び幅を記録した。
日本の対外純資産そのものは堅調に増加が続いているものの、諸外国の伸びと比べると劣後するために、世界における順位は後退を続けている。そのように状況整理するのが妥当だろう。
中国が間もなく世界最大の対外純資産国に
中国はすでに圧倒的な「世界最大の経常黒字国」として君臨している。そして、対外純資産が一義的には経常黒字の累積であることを考えれば、間もなく(早ければ2026年末時点の統計で)世界最大の対外純資産国のステータスを手にして何の不思議もない。
下の【図表2】を見ると分かるように、日本の経常黒字は2011年頃からドイツに大きく劣後するようになった。

【図表2】日本・ドイツ・中国の経常黒字の推移。
その後、ドイツと中国が世界最大の経常黒字国のステータスをめぐってしのぎを削る局面がしばらく続いたものの、ドイツは2018年にピークを打ってから低迷が続いている。
特に、2022年はウクライナ侵攻を契機にロシアからの天然ガス調達が困難になったことに加え、最大の輸出先だった中国との関係が疎遠になったことで、経常黒字は大幅に縮小した。
また、2011年3月に発生した福島第一原発事故の直後にメルケル首相(当時)が打ち出した脱原発政策を段階的に推し進め、2023年4月に系統からの切り離しを完了させたことも(国内エネルギー利用の高コスト化を経由して)経常収支の悪化に大きな影響を及ぼしている。
かたや中国の経常黒字は近年急伸し、2025年に計上した7350億ドルは日本(2140億ドル)やドイツ(2230億ドル)の3倍以上に達している。対外純資産でもドイツを逆転するのは時間の問題だ。
なお、中国のこうした経常黒字や対外純資産の推移からは、米国との貿易戦争による輸出減が必ずしも経済に決定的なダメージをもたらしていない実態が読み取れる。
中国は対米輸出の減少分を補うべく新興国や途上国向け輸出を猛烈な勢いで増やしており、黒字や資産の積み上げは当面堅調が続くと考えていいだろう。
最大の問題は「経常黒字の構造変化」
対外純資産の順位変動には特段の意味がない上、そもそも対外純資産の大きさは自国内における投資機会の乏しさの裏返しでもあるので、手放しで喜んでいいような話でもない。
冒頭で指摘した通り、「経常黒字が原因、対外純資産は結果」であって、原因である「経常黒字の構造変化」に注目しなくては本質は見えてこない。フロー(経常収支)の構造が変われば、その蓄積であるストック(対外純資産)の構造も変わるのは当然だからだ。
日本の対外純資産の項目別構成比率を見ると、かつては機関投資家や外貨準備を通じた海外への証券投資が支配的だったが、2011年以降は企業による直接投資も勢いを得て、2014年には直接投資が証券投資を逆転。2025年末時点で直接投資の比率は過去最高の58%に達している【図表3】。

【図表3】日本の対外純資産に占める直接投資および証券投資の割合。
確かに、日本が長年維持してきた「世界最大の対外純資産国」のステータスは、対外資産の過半が(債券利子や株式配当金など)証券投資を通じた収益から構成されていた過去においては、ポジティブな意味合いを含んでいた。
危機を感じた投資家が保有する外国証券を手放して円貨に換える「リスクオフの円買い」ないし「安全資産としての円買い」という相場現象と密接にリンクしていたからだ。
しかし、対外純資産の半分以上を直接投資が占めるようになった今、リスク回避ムードが高まったからと言って、日本企業が海外で買収した企業や購入した土地・設備(つまり直接投資先)を短絡的に手放す展開は考えられない。
したがって、かつて証券投資が対外純資産の多くを占めた時代に想定されていたような円買い圧力が生じる余地もない。
ニュースやソーシャルメディアを見ていると、対外純資産の残高順位低下を日本経済の衰退と結びつける見解を時折見かける。
記録的な円安や長期金利高騰に直面する国民感情としては分からなくもないが、500兆円を超える巨額の対外純資産を抱える実態との間には論理の飛躍があると言わざるを得ない。
事実として言えるのは、対外純資産残高の6割近くを直接投資が占めるようになったことで、海外に積み上げた資産が円転されて日本国内に還流する経路は狭まり、そうした円買い需要の縮小が、昨今の円安の底流にある可能性は高いということだけだ。
ドイツや中国との差は「順位以上」
「世界3位に転落」というフレーズにはネガティブな響きがあるものの、冷静に数字だけを比べれば、ドイツと日本と中国の対外純資産残高にさほど大きな差はない。
しかし、対外純資産の源泉である経常黒字の中身が日本だけ大きく異なることは認識しておきたい。
下の【図表4】を見ると分かるように、中国もドイツも(ひいてはユーロ圏も)貿易黒字が経常黒字をけん引している。一方、日本の経常黒字の原動力になっているのは、海外への直接投資や証券投資の収益を積み上げた第一次所得収支の黒字で、貿易収支は赤字だ。

【図表4】日本・ドイツ・中国の経常収支と貿易収支の関係(2025年)。
あらためて説明しておくと、第一次所得収支は主に証券投資から得られる収益と直接投資から得られる収益で構成され、後者の直接投資から得られる収益には再投資収益も含まれる。
再投資収益は外貨のまま投資に向けられるので日本に還流することがないし、債券の利子や海外株式の配当金など証券投資から得られる収益も円買いにつながる保証はない。
結局のところ、対外純資産残高がいくらであろうと、世界における順位が何位であろうと、アウトライト(自国通貨の買い切り)取引が期待される貿易黒字を欠いては、自国通貨や金利にとってのポジティブ材料にはなり得ない。
順調に貿易黒字を積み上げているドイツや中国との差は、対外純資産の順位以上に開いていると考えるべきだし、日本に続いて4位の香港や5位のノルウェーとの差についても同じことが言える(両国とも貿易黒字国だ)。
極端な話、今後さらなる円安や海外株式の取引価格上昇が追い風となって日本の対外純資産残高が再び世界最大に躍り出ることがあったとしても、その構造が変わらなければ、円安や金利上昇にさほど大きな影響はないことを認識しておいた方がいいだろう。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。