大河ドラマ『べらぼう』「1200両で身請けされた花魁・誰袖」と「“春町文字”を生み出した恋川春町」の意外な末路

花魁「誰袖」を大金で身請けした人物, 土山宗次郎の「転落人生」とは?, 「春町文字」が生まれた『廓ばかむら費字盡(さとのばかむらむだじづくし)』, 耕書堂はいよいよ吉原から飛び出して日本橋へ

恋川春町の墓がある成覚寺(東京都新宿区、写真:PIXTA)

 NHK大河ドラマ『べらぼう』で主役を務める、江戸時代中期に吉原で生まれ育った蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)。その波瀾万丈な生涯が描かれて話題になっている。第22回「小生、酒上不埒(さけのうえのふらち)にて」では、筆を折ることを決めた戯作者で絵師の恋川春町が、蔦重からの執筆依頼を拒む。一方、田沼意次の息子・意知(おきとも)は蝦夷地の調査を進めようとするが……。『なにかと人間くさい徳川将軍』など江戸時代の歴代将軍を解説した著作もある、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)

花魁「誰袖」を大金で身請けした人物

 今回の放送では、福原遥演じる誰袖(だれそで)花魁がキーパーソンとなった。

 蔦重にべたべたしては身請け(客が遊女の身代金を肩代わりし、自分の妻や妾にすること)をねだってきた誰袖だったが、田沼意次の息子・意知に一目ぼれすると、アプローチ先を変更。意知に近づいていき、松前藩の「抜荷(ぬけに)」、つまり、密輸を証明する代わりに身請けしてほしい、などと言い出した。

 前回の放送では、蝦夷地の開発をもくろむ田沼意次が、蝦夷に領地を持つ松前藩から上知(あげち:領地を召し上げること)を行おうとした。だが、強引なやり方を危惧した息子の意知が、父に「待った」をかけている。意知が「私が上知の理由に使えそうなものを調べてみます」と父を説得する場面があった。

 松前藩がひそかにロシア人と接触して、幕府のあずかり知らぬところで、物資のやりとりをしていることが分かれば、上知を行う格好の理由となる。そんな意知の状況を知った誰袖が、自身がスパイになることを提案。その見返りに身請けしてほしい、と言い出したのである。

 不審に思った意知が「なにゆえ、左様に私の身請けを望む? 吉原を出たいというなら土山(つちやま:詳細は後述)にねだったほうがよほど早かろう」と問うと、誰袖花魁は「わっちは…吉原一の二枚目好みにござんして」と言って意知を押し倒すと、さらに「このお顔を日がな一日眺めて過ごす身となりたいのでござりんす」とうっとり。意知が条件をのんだため、ここから誰袖が動き出すことになりそうだ。

 この誰袖は実在する花魁で、鳥山検校(とりやま けんぎょう)に身請けされた瀬川と同様に、大金で身請けされたことで話題となった。相手は、意知が名前を出した土山宗次郎である。

土山宗次郎の「転落人生」とは?

 誰袖は、ドラマで描かれているように、実際に大文字屋(だいもんじや)を代表する花魁だった。前回の放送では、誰袖がこんな狂歌を詠む場面があった。

「わすれんと かねて祈りし 紙入れの などさらさらに 人の恋しき」

 忘れたいと祈っていても、彼からもらった紙入れを見ると、ますます恋しくなってしまう──。これは実際に彼女の歌として、方赤良(よものあから)、つまり大田南畝(おおた なんぽ)らが編纂した『万歳狂歌集』に収録されている。妖艶で謎めいた誰袖は、教養のある女性でもあったようだ。

 そんな誰袖を1200両という莫大な金額で身請けした土山宗次郎は勘定組頭で、老中・田沼意次の腹心でもある。意次が蝦夷地の開発を計画したのも、土山が後押ししたからだといわれている。

 宗次郎と花魁の仲は、江戸中で知られていたらしい。朋誠堂喜三二(ほうせいどう きさんじ)は天明8(1788)年に、黄表紙『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくとおし)』を刊行。作品では宗次郎と誰袖と思われる2人が、遊興に耽る場面を描写している。

 しかし、喜三二がこの絵を描いた頃には、宗次郎はすでにこの世にいなかった。

 2年前の天明6(1786)年、宗次郎は2月と6月の二度にわたって不祥事を起こす。江戸室町二丁目にある飛脚問屋・十七屋孫兵衛に越後米と仙台米を不当に買い付けさせて、その差額を横領していたのだ。事件が発覚すると、その翌年に宗次郎は斬首されている。

 誰袖がどうなったかは、分かっていない。今回の放送では、誰袖が「ここは日々が戦でござりんすよ。だまし合い、駆け引き、修羅場。わっちの日々はきな臭いことだらけにありんす」と、吉原での日々を意知に語るシーンもあったが、これから先、彼女を待ち受ける運命はかなり過酷なものになりそうだ。

 また、宗次郎については次回放送分で、蔦重に日本橋への出店を促すなど、重要な役回りとなりそうだ。ドラマでの宗次郎と誰袖の関係性とともに注目したい。

「春町文字」が生まれた『廓ばかむら費字盡(さとのばかむらむだじづくし)』

 一方、吉原パートでは、恋川春町(こいかわ はるまち)が存在感を発揮した。春町がどんな人物だったのかが分かる史料は乏しいが、その狂歌名が「酒上不埒」だったことから、酒癖は悪かったらしい。

 ドラマでもそこからヒントを得て、前回の放送では悪酔いした春町が大暴れ。「もう筆を折る」とまで言っている。実際の春町も休筆期間が度々あった。おそらく仕事が多忙を極めたからだろうが、ドラマでは春町がスランプに陥る様子を描いて、今も昔も変わらないクリエーターの「生みの苦しみ」を描くことになった。

 蔦重や喜三二、そして歌麿にも励まされながら、春町は再び立ち直る。思いついたのは、新たな文字を作るというもの。実際に『廓ばかむら費字盡(さとのばかむらむだじづくし)』*注という作品が、耕書堂から出版されている。ドラマで紹介されたものを実際のページで見ていこう。

*注:「ばかむら」の漢字は竹冠に愚を合わせた造字

花魁「誰袖」を大金で身請けした人物, 土山宗次郎の「転落人生」とは?, 「春町文字」が生まれた『廓ばかむら費字盡(さとのばかむらむだじづくし)』, 耕書堂はいよいよ吉原から飛び出して日本橋へ

『廓ばかむら費字盡』(東京都立中央図書館所蔵、出典:国書データベース/https://doi.org/10.20730/100053669)

 吉原では男が女を選ぶことから「女」がへん、「男」がつくりの漢字1文字で「みたて」。「へん」と「つくり」を離すことで、男が女を見定める様子を描写している。

 また、女が背を向けてしまい男がふられることから、「男」がへん、「女」を逆向きにした文字をつくりとした漢字1文字で「ふる」と表現。さらに、男女が共寝をして過ごした翌朝のことを「きぬぎぬ」と呼ぶことから、「男」がつくり「女」がへんとして寄り添うような文字を当てがった。

 上から3番目の文字については、ドラマでの説明はなかったが、男が女を抱いて「きまり」と読ませている。吉原で相手が決まった2人を描写しているのだろう。

花魁「誰袖」を大金で身請けした人物, 土山宗次郎の「転落人生」とは?, 「春町文字」が生まれた『廓ばかむら費字盡(さとのばかむらむだじづくし)』, 耕書堂はいよいよ吉原から飛び出して日本橋へ

『廓ばかむら費字盡』(東京都立中央図書館所蔵、出典:国書データベース/https://doi.org/10.20730/100053669)

 さらに「金で死ぬ」のは「やぼ」(「金」がへん、「死」がつくりの漢字1文字)、「金を生かす」のは「つう」(「金」がへん、「生」がつくりの漢字1文字)、「金を無くす」のは「息子」(「金」がへん、「無」がつくりの漢字1文字)、金の番は「おやじ」(「金」がへん、「番」がつくりの漢字1文字)……という具合に、次々と“春町文字”を作り出して、話題となった。

 ドラマでは、新たな境地に至った春町が、ふんどし姿で皆の前に現れると、平賀源内の『放屁論』にちなんで「へっぴり芸」を披露し出した。三味線に合わせて踊りながら屁を何発か放ったうえに、出なくなると口で「プ、プ、プ」と言いながら踊り続けるという狂気を見せて、場は大盛り上がり。春町が狂歌をひねり出た後に「狂名、酒上不埒!」と叫び、狂歌名が誕生したストーリーを作り上げている。

 春町にスポットライトが当たる放送回となったが、見事だったのが大田南畝だ。

 前回の放送では、山東京伝のヒット本『御存商売物(ごぞんじのしょうばいもの)』が、春町の『辞闘戦新根(ことばたたかいあたらしいのね)』を下敷きとしていることから、春町はアイデアを盗まれたような気持ちがして、宴会で狂歌に怒りをぶつけるという事態が巻き起こった。

 そんな騒動から、今回の放送では大田南畝が「春町先生ってのはこんなに皮肉がうまかったのかって」と感心して見せる。これを聞いた蔦重が、「新しい漢字を作る」というアイデアを考えた春町に対して、さらに「吉原のあれやこれやを皮肉の効いた春町文字にするんですよ!」とアドバイスし、この『廓ばかむら費字盡』が生まれることとなった。

「蜀山人」や「四方赤良」など多くの筆名を使い分けた南畝。狂歌・戯作・随筆など多彩なジャンルに筆を振るったプレイヤーでありながら、プロデューサーとしての才能も大いに光ったようだ。これからも南畝と蔦重との“化学反応”に期待したい。

 そして、今回の放送で「皮肉屋」の一面が発掘された春町だが、田沼時代の終わりとともに、作品に込められた風刺が問題視される。春町の行く末についても、目が離せない展開となりそうだ。

耕書堂はいよいよ吉原から飛び出して日本橋へ

 ラストシーンでは、蔦重が田沼意知と邂逅。意知は蔦重にこんな指針を打ち明けた。

「実は我らは蝦夷地を上知しようとしておる。蝦夷地を上知し、国を開き、鉱山を開き、幕府の金蔵(かねぐら)を建て直す。幕府を今以上にゆるぎなき中央の府とし、物の流れもより整え、諸国ももっと豊かな地に育て上げる。最期に源内殿も口にしておった試みだ」

 蔦重に「どうだ、そなたも仲間に加わらんか。蔦屋重三郎」と呼びかける意知。久しぶりに吉原パートと江戸パートが交錯することとなった。果たして蔦重は意知のプロジェクトに一枚かむのだろうか。

 次回は「我こそは江戸一利者なり」。狂歌の指南書も見事にヒットし、蔦重が経営する「耕書堂」は注目の版元となった。そして、蔦重は吉原から飛び出して、日本橋へと活躍の場を移すことを決意する。

【参考文献】

『蔦屋重三郎』(鈴木俊幸著、平凡社新書)

『蔦屋重三郎 時代を変えた江戸の本屋』(鈴木俊幸監修、平凡社)

『探訪・蔦屋重三郎 天明文化をリードした出版人』(倉本初夫著、れんが書房新社)

「蔦重が育てた「文人墨客」たち」(小沢詠美子監修、小林明著、『歴史人』ABCアーク 2023年12月号)

「蔦屋重三郎と35人の文化人 喜多川歌麿」(山本ゆかり監修『歴史人』ABCアーク 2025年2月号)

『江戸の色町 遊女と吉原の歴史 江戸文化から見た吉原と遊女の生活』(安藤優一郎著、カンゼン)

『田沼意次 その虚実』(後藤一朗著、清水書院)

『田沼意次 御不審を蒙ること、身に覚えなし』(藤田覚著、ミネルヴァ書房)

【真山知幸(まやま・ともゆき)】

著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。