蔦重の妻になる「貞」登場、蔦重が指南書まで刊行した狂歌って本当におもしろい? 時代の空気を考える【べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 満喫リポート】23

時の人となった蔦重(演・横浜流星)。(C)NHK

ライターI(以下I):ヒット作を連発して「江戸の利者」と称されるようになった蔦重(演・横浜流星)ですが、相撲見物に打ち合わせに宴席にと、忙しい日々を送っています。生き急いでいる感がしないでもないのですが……。

編集者A(以下A):江戸の人気作家、実力派の絵師を総ざらいするかのように交流して、案思(あんじ)を考え、さらにはプロモーションまで……。おそらく劇中よりも版元間の競争は激しかったと思われますし、蔦重への負荷は相当なものだったでしょうね。それにしても、劇中で登場した力士は日本大相撲協会所属の本物の力士だそうですよ。芸が細かい!

I:『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)を見ていて、やっぱり時代の空気って重要だなと強く感じています。田沼意次(演・渡辺謙)自身、もともとは御三家の紀州藩主だった徳川吉宗が8代将軍に就任した際に、紀州から江戸城に入った家臣のひとり。意次が田沼家を継いだ際は600石でしかありませんでした。

A:それが老中首座ですからね。戦国時代ならいざ知らず、江戸時代にこれだけの出世を果たすというのは異例です。蔦重が吉原の親父たちに育てられた立場から「江戸の出版王」に立身したのも異例といえば異例。そういう「立身を許容する」時代の空気があったんだろうと感じてしまいます。もちろん、意次も蔦重も「希代の人たらし」という側面もあったんでしょうが。

現代人にとって狂歌っておもしろい?

蔦重が作った狂歌指南書『浜のきさご』は武士たちも愛用。(C)NHK

I:蔦重は、『浜のきさご』という狂歌の指南書をいち早く刊行します。もちろん本当は「狂歌集」を出したかったんでしょうが、それは他の版元に先をこされます。

A:天明3年(1783)は狂歌本の刊行ラッシュだったようで、『吉原細見』をパロッたかのように狂歌師を総覧した『狂歌師細見』なんかも刊行されました。そして、今まで気にも留めていませんでしたが、劇中で描かれた「天明狂歌ブームの内幕」をみていると、「天明狂歌の流行」は、ブームが先なのか、仕掛けが先なのかって思ったりしますね。

I:タイミングばっちりの相乗効果ということではないでしょうか。蔦重の刊行した『浜のきさご』は指南書ということですが、箔付けを意識したためなのか、近世初頭の狂歌黎明期の作品にも重きをおいているようです。

A:とはいえ、蔦重の刊行した指南書は「ブームの転換点」になった感がします。指南書を手にした新規参入組が「連」の中に入ってくると、雰囲気が変わりますよね? 多くの初心者が参入すると、指南書を手に「教える人」「教わる人」が出てくるでしょうし。

I:それまでとは、がらっと雰囲気が変わったんでしょうね。おそらく、初期から参加した人の中には、「なんだかめんどくさくなってきた」と抜ける人もいたんでしょうね。

A:さて、この天明狂歌ブームについて、ミネルヴァ日本評伝選『大田南畝:詩は詩佛書は米庵に狂歌おれ』(沓掛良彦著/2007年)の中になるほどと思わせる一節がありました。大田南畝の狂歌作品を紹介した流れで読者に問いかけたくだりです。〈「狂歌が今日の文学の尺度で研究鑑賞に堪えるものではないことは事実といわなければなるまい」という浜田義一郎の言葉を改めて確認、実感したことであろう。なんださしておもしろくもないではないか、こんな狂歌のどこがおもしろくて天明時代の江戸人は南畝を熱狂的にもてはやしたのかわからん、というのが正直な印象であろう〉――。文中に出てくる浜田義一郎というのは、人物叢書『大田南畝』(1963年)の著者になります。

I:なんだか身もふたもない評価ですね(笑)。

A:沓掛良彦先生の『大田南畝』には膝を打つくだりもありました。〈天明狂歌についてもうひとつ贅言を加えれば、ひょっとしたら一番おもしろいのは狂名ではないかとさえ思われる。(中略)狂歌師たちは思い切り勝手かつふざけた狂名を名乗っており、時にはそれが作品以上におもしろいのである〉として、「朱樂菅江(あけらかんこう)」「元木網(もとのもくあみ)」「智恵内子(ちえのないし)」「宿屋飯盛(やどやのめしもり)」「大屋裏住(おおやのうらずみ)」「加保茶元成(かぼちゃのもとなり)」「酒上不埒(さけのうえのふらち)」「大曾礼長良(おおそれながら)」「土師掻安(はじのかきやす)」「垢染衛門(あかぞめえもん)」「寝小便垂高(ねしょうべんたれたか)」「糟斎よたん坊(かすくさいよたんぼう)」「つくつく法師」「普栗釣方(ふぐりのつりかた)」「大飯の食人(おおめしのくらうど)」「臍穴ぬし(へそのあなぬし)」「腹からの空人(はらからのあきんど)」の狂名をあげています。確かに狂名のほうがおもしろいかも(笑)。

I:私はそれでも、湯屋の主人にして、当時のトップ狂歌師として名を連ねた元木網(演・ジェームス小野田)の「あな涼し浮世のあかをぬぎすてて 西へ行く身は元のもくあみ」という辞世は好きですね。ブルーノ・マーズとレディー・ガガ の『Die With A Smile』を聴いたときと同じような風を感じてしまうんです。

A:いずれにしても、この「天明狂歌ブーム」が天明3年のことというのが、なんともいえずに運命のようなものを感じるのですよね。約240年後の私たちが、「ああ、ここが歴史の分岐点か」と感じる瞬間です。

I:狂歌ブームの狂騒は、時代の転換前の前触れだったんでしょうね。それにしても、きっと100年後、200年後の人たちも「平成、令和の人たちは、なんでこんなことに熱狂していたのだろう」ってものがでてきますよね、きっと。そんなことが思い起こされました。

四方赤良という狂名を持っていた大人気狂歌師、大田南畝(演・桐谷健太)。(C)NHK

花魁誰袖と花魁リレー。次ページに続きます

花魁誰袖と花魁リレー

I:『べらぼう』の前半は花魁瀬川(演・小芝風花)がヒロイン的な立場で登場して話題を集めました。第17回以降は瀬川が退場して、花魁誰袖(演・福原遥)がその立場を引き継ぐ形になりました。正直、「花魁のリレー」には一抹の不安がありました。

A:「花魁ネタ」が連続して持つだろうかと思ったんですよね。それはまったく杞憂に終わりました。さすが手練れの福原遥さん。明るいキャラに妖艶なキャラを織り交ぜながら、「色恋営業かくあるべし」という「吉原の真髄」を演じています。そして、この誰袖と土山宗次郎(演・栁俊太郎)、花雲助こと田沼意知(演・宮沢氷魚)、松前藩の松前道廣(演・えなりかずき)、廣年(演・ひょうろく)兄弟が複雑にからみあい、さらに一橋家の策謀も蠢動している――。私たちはかねて「大河ドラマとは壮大なるエンターテインメント」であると言及してきました。大河ドラマも64作を迎えて、視聴者も歴史に詳しい方々がたくさんおられる。しかも時代はSNS時代。「その時代に絶対ありえない場面」というのはすぐに喝破されて、物議を醸します。逆に史実をベースにしながら、さまざまな「状況証拠」を駆使して、視聴者をハラハラさせながら物語を展開して、「いや、こっちのほうが史実っぽい」とうならせてくれる場合もあります。

I:『べらぼう』は明らかに後者ということをいいたいのですね。

A:はい。「一橋家の策謀」が展開される中で、そのことが明らかになってきました。いったいこの先物語はどのように転がっていくのか。史実だから着地点はわかっているのだけれども、ドラマとして大いに期待したいところです。

艶っぽい花魁誰袖(演・福原遥)。(C)NHK

橋本愛さんの登場。彼女はどんなキャラなの?

I:さて、蔦重の耕書堂を日本橋に出店させたいという話がいよいよ現実化します。これまでに、吉原の人間は、どれだけ金をもっていようが市中の大店からみれば、一段も二段も下に見られる存在で、土地さえ買えない立場であることが語られてきました。そういう伏線がある中で、さてどうなるのか――。ここで登場したのが、書物問屋「丸屋」が店を売りに出したいという流れでした。

A:すでにアナウンスされていますが、後に蔦重の妻になる「貞(てい)」の登場です。演じているのは橋本愛さん。『西郷どん』(2018年)で西郷隆盛の最初の妻「須賀」、『青天を衝け』(2021年)では渋沢栄一の妻「千代」を演じていますから、「主人公の妻」が板についた感がします。『べらぼう』ではまだ「妻」ではないですが、なんと眼鏡姿での登場です。

I:眼鏡って意外と歴史が古く、戦国時代にはもうあったみたいです。フランシスコ・ザビエルが日本に持ってきて、天文20年(1551)に大内義隆に献上したのが日本で最初の眼鏡だそうです。便利な眼鏡はすぐに大人気になり、諸大名に献上されました。室町幕府将軍の足利義晴も眼鏡を持っていたと言われていますし、徳川家康愛用の眼鏡(目器)は現在も静岡県の久能山東照宮で保管されています。

A:久能山東照宮蔵の「目器」は家康のたくさんの愛蔵品ともども『徳川家康の名宝』(小学館)に掲載されています。スペイン国王から贈られた洋時計、メキシコ産黒鉛のえんぴつ、さらには家康の薬器など、圧巻ですね。

I:さて、眼鏡の話に戻ります。眼鏡はポルトガルや中国から大量に輸入されるようになり、寛永16年(1639)に本格的な鎖国が始まる直前には、年間4万個近くもの眼鏡が日本に輸入されていたそうです。江戸時代中期には国内でも眼鏡が作られるようになりました。貞がかけていた眼鏡も国産品かもしれませんね。今は眼鏡とかコンタクトレンズは一般的ですが、当時はやはりそこそこお金を持っていないと買えなかったと思います。隠居した大店の主とかがかけているイメージですが、本屋に生まれ育って才気ある貞が眼鏡というのは、いい設定だなと思いました。

A:そういえば、日本橋で2018年まで営業していた「村田眼鏡舗」は、眼鏡店に転じたのは明治に入ってからということでしたが、江戸時代も眼鏡を商っていたのでしょうか。鏡師だったようですが。昭和のドラマでは眼鏡は学級委員長がかけていたりするのですが、貞がどのようなキャラクター設定になっているか注目ですね。

眼鏡っ子の貞(演・橋本愛)が登場。(C)NHK

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり