串カツ田中"跡地"に出現「高級とんかつ店」の正体

お手頃価格の居酒屋「串カツ田中」が高級とんかつ店を始めた。その実力とは?(筆者撮影)
居酒屋チェーン「串カツ田中」の串カツ田中ホールディングスがとんかつの新業態を始めた。3月28日、東京・五反田にオープンした「厚切りとんかつ 厚とん(あつとん)」だ。
【写真アリ】串カツ田中がひっそり開始し、ひっそり終わりそう?な高級とんかつ業態。客単価は3000~4000円とかなりお高め…味は?
とんかつ定食の価格帯は2000円台から高いものは4000円近くと、とんかつと言えど結構高い。「高級とんかつ」の部類に入りそうだ。店のキャッチコピーは「揚げることを追求し続けた会社が作る極上とんかつ」。なかなか自信ありげな様子を見せる。
この価格帯ということは、普通のとんかつ定食ではないはずだ。それを確かめるべく筆者は現地に足を運んだ。
以前は「串カツ田中」だった場所、本社もすぐ近く
場所は五反田駅から徒歩10分弱、ちょっとあやしい歓楽街を抜けた先の閑静なエリア。実はここ、以前は「串カツ田中」の東五反田店があった場所だ。ちなみに本社もすぐ近くにある。

メニューはこんな感じ(筆者撮影)
ラインナップはとんかつ定食が数種類にドリンクが少々あるのみで品数は絞られている。筆者は「庄内豚」の「厚切りロースカツ定食」を注文してみた。値段は2970円。同店ではちょうど真ん中くらいの価格帯の商品だ。
さて、2970円のとんかつ定食の実力とは。ここから商品についてレポートしていきたいが、こちらの店、単にとんかつ定食が提供されるだけではない。ちょいちょい“演出”が挟まれるのがキモだ。
おかわり自由のアイテム、豊富な味変バリエーション
初手で提供されるのがこちら「ゆず大根」。大根おろしの甘酢漬けのようなもので、とんかつが揚がるまでの先付や箸休めにちょうどよく、おかわり自由とのことだ。

「ゆず大根」。味がしっかりしているのでこれだけでいける(筆者撮影)
ほどなくして「厚切りロースカツ定食」が到着。おぼんにはとんかつにごはんと味噌汁、漬物と温玉が収まっている。

「厚切りロースカツ定食」、2970円(筆者撮影)
確かに、「厚切り」と謳うだけあってとんかつは分厚い。メニュー表によると肉はたっぷり250g。

肉は約3cmの厚さにカットし、低温でじっくり揚げているという(筆者撮影)
ここからがユニークだ。おすすめの食べ方が卓上ポップで説明されている。
まずは塩でシンプルに、その後は特製の「にんにく醤油ダレ」やソースで味変、最後は温玉とともにカツ丼風に、とのこと。指示通りに楽しんでみた。

食べ方を指南する卓上ポップ(筆者撮影)

ソース、塩、からし、七味、にんにく醤油ダレと豊富にそろう味変アイテム(筆者撮影)

ごはんにとんかつと温玉、パクチーをのせ、ここに「にんにく醬油ダレ」をかけて「カツ丼風」に(筆者撮影)
とんかつにパクチーという一風変わった組み合わせ。ここに「にんにく醬油ダレ」をかけてジャンキーな味わいになり、先ほどとはまた違った印象でとんかつを楽しめる。
ごはんは目の前の羽釜から…と思いきや?
味変パターンが多いのでごはんが足りなくなりそうだが、ごはんはおかわり自由だ。同店はとんかつ以上にごはんにこだわりがあるそうで、店内の目立つ場所には羽釜が鎮座。この羽釜の炊きたてごはんが自慢だという。
が、おかわりを頼んだ際、この釜から盛り付けられるかと思いきや厨房からごはんが出てきたので少し肩透かしを食らった気分に。たまたまそういうタイミングだったのかもしれないが。

インテリアと化していた羽釜(筆者撮影)
ごはん以外にもパクチー、キャベツ、漬物がおかわり自由だ。とはいえとんかつの量はかなり多く、見かねたスタッフが「持ち帰りますか?」とパックを渡してくれたので3切れほど持ち帰った。

持ち帰ったとんかつはその日の夜に自宅で夕飯として食べた。昼と夜と2食分で2970円だったと思うと途端にお安く思えてきた(筆者撮影)
とんかつは厚切りながらも中までやわらかい。さすが「揚げることを追求し続けた会社」だ。ごはんのおいしさも際立つ。
しかし筆者が訪れた際の客入りは“ぼちぼち”という状況だ。訪れたのは平日の13時過ぎ。ランチピークは過ぎているが、まだまだ昼ごはんを求める人はいるはずだが客席は8割がた空いていた。
他にいたのはワーカーと思われる人や、余裕がありそうな経営者風の中年男性など。いずれも近隣の人のようだ。店として利益を上げるにはもう少し賑わっていてもいいはずだが。
3000円の価値はある?
確かに商品はおいしくお腹は満たされたが、どうにも3000円近くかかったことに釈然としない思いで店を出た。やはり1回の食事が3000円となるとそれなりに求めるものは大きくなる。
そもそも、飲酒なしの食事で3000円を取るのはなかなか難しい。昨今の外食マーケットにおいて日常の食事1回で許容されるのは高くて1500~2000円くらいか(地域によって感覚は違うかもしれないが)。
それ以上となると、例えば特別な日に楽しむようなコース料理や、「有名シェフが長年の歳月をかけて開発した……」といった話題性のあるものなど、体験やストーリー、何かしらの“商品の品質以外で”心がワクワクするような付加価値が必要になってくる。
したがって、「厚とん」の商品クオリティは申し分ないが、クオリティを高めるだけでは3000円の価値に届かせるのはなかなか難しい。なのに同店が強気の値付けをしているのは何故なのか。
それは、とんかつを出す合間にちょいちょい挟まれた“演出”だ。それらが「体験価値」であるとしてこの値段を付けているのだろう。
料理の質だけでなく、体験型の演出で価値を上げる
最近は単に食べるだけではない、体験型の演出を加えた飲食店が人気になっている。
その代表格がハンバーグだ。最近は体験型の演出を交えたハンバーグ店が人気で「劇場型ハンバーグ」なんて呼ばれていたりする。お客の目の前でハンバーグを焼いたり、いくつもの調味料で自由に味変が楽しめたり、ごはんを羽釜や土鍋で炊いたり、目の前で熱々の鉄板にソースをじゅわっ!とかけたり……舌だけでなく、目や耳、鼻など五感で体験できる付加価値のあるハンバーグ店が人気を博し、増えている。
ハンバーグ以外でも、最近の飲食店で体験型の演出は多い。客席でスタッフが仕上げを行うパフォーマンス付きのメニューも増えている。炉端焼きや鉄板焼きなど、目の前で調理のライブ感を見せるような業態も人気だ。

北関東の「フライングガーデン」や静岡の「さわやか」といったローカルチェーンのハンバーグ店も、お客の目の前で仕上げ焼きを行う。この体験こそ人気の秘密だ(筆者撮影)
こうしたパフォーマンスがあることで商品に原価以上の価格を上乗せすることが可能になる。
食材原価が高騰する昨今、飲食店は原価以外の部分で価値を付けて利益を確保しようと、こうした手法を取り入れることが多くなっている。消費者としても物価高騰の中でわざわざ割高な外食に行くなら、家ではできない外食ならではの体験を強く求めるようになっている。
おそらく「厚とん」に挟まれる演出も、この「劇場型ハンバーグ」をはじめとした体験型の付加価値を意識しているのではないだろうか。
ただし「厚とん」の致命的な点は、この体験を楽しむための下地ができておらず、人気店がやっている演出をかたちだけ真似したものになっているのが残念な点だと感じた。
「楽しい体験」か「面倒くさい作業」か、その分かれ目は?
まず、立地からしてミスマッチだ。本社近くでテスト的にオープンしたのかもしれないが、「厚とん」があるのは、体験型の付加価値を楽しみに来るような場所ではない。駅からはやや離れた静かな裏路地にあり、実際に訪れているのは近隣と思われる人々。日常の合間に食事をしに来ているであろう人が大半だった。体験型の飲食店は、ワクワクしながらわざわざ訪れるもの。ターミナル駅や観光地的要素の強い場所でないとなかなかお客のテンションが付いてこない。
そして、商品提供までのライブ感に欠ける。例えば劇場型ハンバーグの代表格と言える人気店「挽肉と米」では、お客の目の前にある炭焼き台でハンバーグが焼かれる。焼ける音、こうばしい香、次第に色づく肉……ここまでされたらお客の期待値はマックスになる。
しかし「厚とん」は奥の厨房で揚げた完成型がいきなり出てくるだけで味気ない。待つ間、とんかつの衣が油の中できつね色に色づく様子でも見ていたら、また印象は違ったのかもしれない。せっかく羽釜で炊いているごはんもそうだ。筆者が訪れた時は羽釜から盛られることなく提供されてしまった。内装もいたってシンプル。落ち着いて食事ができるが、非日常的なワクワク感はそこまで感じられない。

渋谷の劇場型ハンバーグ店「君のハンバーグを食べたい」は、店内の一角に精米機を置き、さらに米の袋を積んでごはんへのこだわりをアピール。お客の期待を高める見せ方がうまい(筆者撮影)
このように体験を楽しむための下地ができていないと、体験は単なる作業に成り下がってしまう。
店がつくり出す高揚感があれば、たくさんの調味料を選んで試すことも、自分でごはんにとんかつと卵をのせてつくるかつ丼も「楽しい体験」になる。ところが何の雰囲気も整わない中、「さあ、体験してください!」と言われても、テンションが追いつかない。
お腹が空いて早く食べたいのになぜ自分でやらなければならないのだ……という「作業」になってしまうのだ。

中目黒などで展開する「釜元はん米衛」では、一人一釜のごはんを自分でよそい、ハンバーグは鉄板で自分好みの焼き加減に追い焼きし、各種調味料で味変する体験型のハンバーグ店だが、演出過多で食事中にこなす作業が多く少々疲れる(筆者撮影)
中身が伴わず、かたちだけのインスパイヤでは厳しい。「厚とん」では美味しいとんかつと外食ならではの体験価値を用意しているのだから、それを楽しめるような雰囲気づくりがあればその真価が発揮できそうだ。
もしくは、中途半端に体験をちりばめるくらいならいっそもう少し手頃な価格で日常使いのトンカツ屋にするべきだ。