映画【国宝】に感化され「歌舞伎」見たら凄かった

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

映画『国宝』の勢いが止らない。興行収入は50億円を超え、若い世代まで魅了している。筆者は『国宝』に感化されたファンの1人として、歌舞伎座で「歌舞伎」を鑑賞してきた(C)吉田修一/朝日新聞出版 (C)2025映画「国宝」製作委員会

今年を代表するヒットになっている映画『国宝』がついに興行収入50億円を突破した。歌舞伎ファンの年配層だけでなく、若い世代も映画館に足を向け、夏休み本番に向けてまだまだ数字を伸ばしていきそうな勢いを見せている。

【画像11枚】大ヒットの映画『国宝』。圧巻の美に酔いしれる本作の雰囲気はこんな感じ

そんな社会現象的なヒットになるのと同時に、本家の歌舞伎にも注目が集まっている。歌舞伎興行の松竹のオンライン鑑賞券販売サイト・チケットWeb松竹を見ると、この2週間ほどで席種によって売り切れになる公演日が増えている。

そんななか、筆者は『国宝』に感化されたファンのひとりとして、10年ぶりに歌舞伎座公演を観劇した。映画を観た後だと、そこからの小さくない歌舞伎への意識の変化からか、感じ方や楽しみ方がまったく変わっていた。

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

上半期の映画界を代表するムーブメントになっている映画『国宝』(全国東宝系にて公開中)。写真は主人公・喜久雄を演じた吉沢亮(C)吉田修一/朝日新聞出版 (C)2025映画「国宝」製作委員会

『国宝』は、日本の伝統芸能である歌舞伎を美しく映しながら、その裏の歴史ある芸能の世界の閉鎖的な社会と、そこに息づく人間ドラマが物語の軸になる。

上方歌舞伎の名門の当主に引き取られた任侠一門の子どもが、当主の血を引く息子との血筋と才能をめぐる跡目争いを経て、人間国宝になるまでの壮絶な人生が描かれる。

そんな本作から観客は、芸能の世界に生きる彼らの生きざまをまざまざと目の当たりにし、彼らが人生のすべてを捧げる歌舞伎の世界と、劇中劇として演じた演目に触れる。映画に心を打たれた観客は、彼らが命をかける歌舞伎そのものにも興味を持つだろう。

そのひとりとして、実際に東京・歌舞伎座で7月中旬に観劇してきた。

伝統芸能の興行というとハードルが高く感じられるかもしれない。しかし、映画館に映画を観に行くのとほとんど変わらない。歌舞伎座に行くだけ。そこで生の伝統芸能を肌で感じて、楽しむことができる。歌舞伎興行に行ったことがないけど気になっている人に参考にしてほしい。

【画像11枚】映画『国宝』に影響されて歌舞伎を観劇してみた。「歌舞伎座」の雰囲気はこんな感じ
映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎を演じた渡辺謙(C)吉田修一/朝日新聞出版 (C)2025映画「国宝」製作委員会

まずはチケット購入。チケットWeb松竹で、鑑賞劇場と演目、鑑賞日と公演時間、席種、座席を選択する。今回、鑑賞した松竹創業百三十周年『七月大歌舞伎』(7/5~7/26)のチケット代は以下の通り(金額は演目によって異なる)。

1階桟敷席2万円、特等席:2万円、1等席:1万8000円、2等A席:1万5000円、2等B席:1万4000円、2等C席:9000円、3階A席:6500円、3階B席:5000円

※3階席は7月中旬で全公演完売

座席まで選択したら、クレジットカードなどで決済をすると予約番号が送られてくる。その番号で、当日歌舞伎座の切符引取機(1階、地下2階)でチケットを受け取り、入場する。

このほか、好きな幕だけを鑑賞できる一幕見席(4階)がある。公演前日昼12時から販売される指定席と、当日10時からの販売のみの自由席があり、幕ごとの入れ替え制で、1階の専用入り口から出入りする。

チケット代は幕によって異なり、1000〜3000円ほど。好みの幕だけを観に来る常連客や、外国人観光客の姿が目立っていた。

10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる

現在の歌舞伎座は、地下2階から4階までの建物となり、2013年4月に第五期として開場した。

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

2013年4月に第五期として開場した現在の歌舞伎座(筆者撮影)

地下2階の「木挽町広場」は、地下鉄「東銀座駅」3番出口から直結。土産屋から食事処のほか、弁当屋、タリーズコーヒー、セブン-イレブンが入る。現在は広場中央にグッズの特設売り場が設けられ、上演中の『鬼平犯科帳』や『刀剣乱舞』のコーナーがあり、上演前は大勢の来場者でにぎわっていた。

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

地下鉄「東銀座駅」から歌舞伎座の地下2階へつながる通路(筆者撮影)

イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ

劇場入り口は1階。チケットをもぎって入場すると、案内所や土産屋、喫茶室、ドリンクコーナーのほか、歌舞伎座ならではの筋書売り場もある。

イヤホンガイド(800円)と英語字幕タブレット(1500円)貸出所は、入って右手。音声のイヤホンガイドは日本語のみ、外国語は英語字幕のみの対応になる。イヤホンガイドは、地下2階の地下鉄通路からの入り口にも、臨時の貸出所が設けられることがある。

イヤホンガイドは、舞台の進行に合わせて、あらすじのほか、配役、衣裳、道具、演奏、歌舞伎の約束事など、さまざまな情報をタイミングよく説明してくれる。とくに、演目ごとの時代背景や、役者の細かな所作や衣装、化粧の意味などは、知っているのと知らないのでは、体験価値がまったく異なる。

より歌舞伎そのものへの知識を深めながら、演目を理解して楽しめるので、絶対的におすすめ。開演前や幕あいにも、次の演目の紹介があり、入場したらずっと聴きながら行動するといいだろう。歌舞伎役者の化粧や表情の芝居といった細部を観るための双眼鏡とともに、歌舞伎鑑賞の必携アイテムだ。

開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ

会場は、開演30分前に開場するので、その時間に入って歌舞伎座内を見学するといいだろう。

1階の受付から客席に向かう吹き抜けの間の「大間」は、緋色の絨毯に第四期歌舞伎座の開場時に誂えられた絵柄を再現し、歴史と伝統を感じさせる重厚な雰囲気に満たされている。

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

歌舞伎座の一般席。写真はイメージです(写真:M&K / PIXTA)

そこを通り、1階席に入ると上手と下手に桟敷席があり、舞台袖まで行って客席を振り返ると、左右に広がる1階897席、2階441席、3階470席の計1808席の景観に圧倒される。

開演前の場内は写真撮影OKだ。客席内は立つ場所によって景色が異なるので、早めに会場に入れば、歌舞伎座ならではの空間を楽しめる。

1階ロビーから吹き抜けになる2階の広間には、案内所や売店、ドリンクコーナーのほか、持参の弁当や飲み物を利用できる休憩スペースが設けられている。

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

歌舞伎座の内観。写真はイメージです(写真:M&K / PIXTA)

3階には、歌舞伎演目や季節にあわせたメニューが名物のレストラン・花篭(192席)、和の内装でくつろげる懐石料理と松花堂弁当の吉兆(66席、予約のみ。1階桟敷届け弁当あり)が入る。せっかくなら食事も含めて歌舞伎を楽しみたいところだが、懐事情とも相談になりそう(金額は公式サイトで確認できる)。

会場内は各フロアに案内所と売店があり、みたらし団子やたい焼きなど軽食類も豊富。イヤホンガイドを聴きながら散策していると、あっという間に時間が過ぎる。

案内員が各所にいて、不自由なく楽しめるように気を配っていることもあり、総合的に居心地のよい空間になっていた。

2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

筆者が観劇した演目には、十三代目市川團十郎をはじめ人気役者が揃い踏みとなった(筆者撮影)

この日の演目『七月大歌舞伎』は、「新歌舞伎十八番」の4つの幕(「大森彦七」「船弁慶」「高時」「紅葉狩」)が上演され、3回の幕あいをはさみ、11時に開演して16時10分に終演。

約5時間の長丁場だが、昼の35分の幕あいのほか、20分の幕あいが2回あり、昼食やドリンク休憩を取りながら、トイレを心配することなく演目に集中して楽しめた。

「新歌舞伎十八番」は、近代歌舞伎の礎を築いた名優・九世市川團十郎が、史実にのっとった活歴物や新たな松羽目物を中心に制定した成田屋のお家芸。

この日は、十三代目市川團十郎(堀越寶世)、市川新之助(堀越勸玄)、市川ぼたん(堀越麗禾)のほか、松本幸四郎、中村虎之介、坂東巳之助など若手を含めて人気役者の揃い踏みとなった。

市川團十郎は「船弁慶」で静御前と新中納言平知盛の霊の二役、「紅葉狩」で更科姫と戸隠山の鬼女の二役。2つの演目で二役を演じ、それぞれの演目で役柄ごとに、清らかに流れるような“静”と、血が沸き立つような“動”の舞を披露。会場を魅了し、喝采を浴びた。

とくに「紅葉狩」の紅葉したもみじに囲まれる色鮮やかなステージでの市川團十郎の舞は圧巻だった。もみじ模様の赤い衣装から、菊の模様の白い着物への早変わりを披露すると、赤い鮮やかな扇子を2つ持つ、更科姫の2枚扇の華麗な舞へと続き、次第に鬼女の本性を現していく。そして、黄金に輝く美しさと、そのうちに狂気を秘める鬼女の衣装姿に早変わり。鬼女の激しい舞からつながる、ラストのまばゆいばかりの姿に心をしっかりとつかまれた。

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

歌舞伎座で市川團十郎の舞に心をつかまれた(筆者撮影)

この日の会場は、やはり年配層が中心だったが、2〜3人ほどの20代の女性グループの姿も目立っていた。

そんななかに、1人で鑑賞する学生らしき若者がちらほら見受けられる。着物を着た女性来場者も多く、誰もが演目とともに歌舞伎座で過ごす時間を楽しんでいた。

歌舞伎の生の舞台には、役者の衣装、化粧、表情から、舞台の大道具、細かな装飾までを含めて、すべてに連綿と受け継がれる伝統がある。その舞台からは、唄や三味線、笛、太鼓など囃子、ツケ打ちが響き、演じる役者の謡もセリフも息遣いも、空気を震わせて伝わってくる。

歌舞伎演劇場を訪れれば、それらすべてが一体となった芸術であり、日本の伝統芸能である演劇を肌で感じることができる。それが得も言われぬ貴重な体験であることを、今回の観劇から改めて感じた。

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

会場には若者の姿も見受けられた。映画『国宝』ヒットの影響もあるのだろうか。写真は上方歌舞伎の名門の御曹司・俊介を演じた横浜流星(C)吉田修一/朝日新聞出版 (C)2025映画「国宝」製作委員会

映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

映画『国宝』が描いた世界のリアルを観に行く, 10年ぶりに歌舞伎座に入場してみる, イヤホンガイドは必携アイテムのひとつ, 開演前と幕あいに歌舞伎座の劇場空間を楽しむ, 2演目二役の市川團十郎の舞が会場中を魅了, 映画と演劇が歌舞伎ファンを増やす

波乱万丈の王道の人間ドラマもしっかり描いている映画『国宝』(C)吉田修一/朝日新聞出版 (C)2025映画「国宝」製作委員会

映画『国宝』には、歌舞伎を題材にした映像作品ならではのよさがあり、力強く放たれるメッセージがある。

一方、歌舞伎演劇には、生の舞台でしか得られない体験があり、学びがある。かたやエンターテインメントであり、かたや伝統芸能の演芸だが、それぞれの特徴がお互いを補完する。

歌舞伎演劇を堪能し、心を打たれると、もう一度映画を観たくなる。映画を観ながら、歌舞伎演目のシーンでは、囃子や掛け声などの音をはじめ、観客の熱気など歌舞伎座の空気がよみがえり、すべての演目が奥行きをともなって立体的に迫ってくるだろう。人間ドラマを含めた物語そのものの見え方も違ってくるに違いない。

一方、映画の後に演劇に行けば、映画で描かれた芸に打ち込む稽古の様子や芸の道に人生をかける彼らの姿、そこにある熱い思いなどの舞台裏が思い浮かび、目の前の役者と重なる。伝統芸能の世界に身を置く彼ら一人ひとりの人生にまで思いを馳せながら観劇することで、感じられることがあるだろう。

それは、鑑賞者の人生を豊かにする。一方、歌舞伎の世界にとってはファンを開拓する理想的なリンクになる。いままさにそこを入り口に歌舞伎ファンが増えつつある。さらに大きな社会現象的なムーブメントになっていくことが期待される。

【もっと読む】吉沢亮主演『国宝』大ヒットの背景に“歌舞伎ファン”の圧倒的な支持 「上映3時間」「難解なテーマ」ながら、なぜ若者にも支持されるのか? では、上半期を代表する一大ムーブメントになっている映画『国宝』について、映画に詳しいライターの武井保之氏が詳細に解説している。