最愛の妻が54歳で急逝…亡くなる前に選んだ“末孫の名前”の花言葉 「悲しみを紛らわすのに一番」夫が没頭したログハウス造り 『ポツンと一軒家』

最愛の妻が54歳で急逝…亡くなる前に選んだ“末孫の名前”の花言葉 「悲しみを紛らわすのに一番」夫が没頭したログハウス造り 『ポツンと一軒家』

『ポツンと一軒家』(テレビ朝日系)が8月3日に放送され、最愛の妻の死を乗り越えるためにログハウスを造った男性の人生に迫った。

日本各地の人里離れた場所に、なぜだかポツンと存在する一軒家。そこには、どんな人物が、どんな理由で暮らしているのか?衛星写真だけを手がかりにその地へと赴き、地元の方々からの情報をもとに、一軒家の実態を徹底調査しながら、人里離れた場所にいる人物の人生にも迫っていく同番組。

捜索隊が衛星写真を頼りにまず向かったのは、長崎県の海に近い山中にポツンと佇む一軒家。最寄りの集落で聞き込みを開始すると、そこは人が住む家ではなく、麓の集落に住む人が所有する農作業小屋だということが判明。しかし、そこからさらに山奥に、別の「ポツンと一軒家」があるという情報が飛び出した。教えてくれた男性はその家の持ち主と親戚関係にあり、案内役を買って出てくれることに。

細い山道を進むこと数キロ。深い緑に覆われた森の中、緩やかな斜面が切り拓かれたところに、寄棟屋根の大きなログハウスが忽然と姿を現した。持ち主に電話をすると麓の自宅でお酒を飲んでいたが、先導してくれた男性がなんと送迎も行ってくれた。

このポツンと一軒家の主は、78歳の男性。生まれ育ったこの土地は、「私の原点」と語るかけがえのない場所だった。4代前から続いていた生家が建っていたものの、41年前の台風被害で倒壊してしまったという。麓に移って長年放置されていたが、12年前に整備してログハウスを建てた。

建設は男性が63歳で退職した後、1人で始めたという。所有する山の石を集めて石垣を築き、自生していた防風林の木を切り出して2年かけて乾燥させ、チェーンブロックを使い大きな梁も一人で組み上げた。設計士の息子に設計してもらい、5年もの歳月をかけてこのログハウスを完成させた。「普通の家は、頼んだらいくらでもできる。だけど、ログ(ハウス)は見栄えがいいかなと思って」。幼い頃、この地で見た道路の土木工事の様子に憧れ、工業高校に進学し建築の道に進んだ経験が生かされた。

建設の背景には、最愛の妻との悲しい別れがあった。21年前、妻の肝臓がんが発覚し、54歳の若さでこの世を去った。「前兆はわからなかった。魚釣りから帰ってきたら、『お父さん、病院開いているから連れて行って』と。その時はもう調子が悪かった」。妻の病状に気づけなかった後悔と、余命宣告を受けた際の深い悲しみ。その後没頭したのが、このログハウス造りだった。「彼女を忘れるため、(紛らわすのに)一番だと思って」。

現在、男性は毎日このログハウスを訪れ、敷地内の畑でキュウリやスイカなどの野菜を育てている。収穫した野菜は食べきれないほどで、知人にも配布。ログハウスは畑仕事中の休憩小屋として活用している。

そして、もう一つの楽しみが海釣りだ。ほぼ毎週のように海へ繰り出しているそうで、この日は前日に釣った高級魚・イシガキダイを手際よく三枚おろしにし、刺身で捜索隊にも振る舞ってくれた。

男性の妻への想いは、今も続いている。ログハウスの畑で育てた『シキミ』を持って、ほぼ毎日、車で5分ほどの山の上にある墓参りに訪れているという。海を見下ろす絶景に立つ岩倉家の墓に眠る妻に報告するのは、「家族仲良くやってるよ」。

20歳になった一番末の孫の名前「しおん」は、妻が亡くなる前、3つほどの選択肢の中から選んだもの。「紫苑」の花言葉は「追憶・追想・君を忘れない」だ。「(家族に込められたメッセージが)あるのかもしれない」。そう話して笑う男性は、妻を心に抱いて生きていく。

【映像】妻を失った男性が建てた「ログハウス」

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