1939年9月、第二次世界大戦勃発…じつは、原子爆弾の「凄まじい威力」は、もうすでに予想されていた
「物質の根源」を探究し、「原子と原子核をめぐる謎」を解き明かすため、切磋琢磨しながら奔走した科学者たち。多数のノーベル賞受賞者を含む人類の叡智はなぜ、究極の「一瞬無差別大量殺戮」兵器を生み出してしまったのでしょうか。
近代物理学の輝かしい発展と表裏をなす原爆の開発・製造過程を解説したロングセラー待望の改訂・増補版『原子爆弾〈新装改訂版〉 核分裂の発見から、マンハッタン計画、投下まで』から、興味深いトピックをご紹介するシリーズ。
今回は、前回の記事でご紹介した「核分裂連鎖反応」で生じる莫大なエネルギーについて、具体的に爆風や衝撃波、放射線源などの視点から検討してみます。
*本記事は、『原子爆弾〈新装改訂版〉 核分裂の発見から、マンハッタン計画、投下まで』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
爆風や衝撃波はなぜ生まれるか
原子爆弾が炸裂する瞬間、その温度は数百万度から1000万度近くにまで上昇する。それは、太陽の内部に匹敵する温度である。
物体の温度を上げるためには、その物体に熱を与えてやらなければならない。では、「熱」とはなにか?
熱の正体は、物体内の原子や分子の運動エネルギーの総和である。
粒子(原子や分子)がスピードを持って運動しているとき、その粒子は運動エネルギーを持っている。運動エネルギーは、粒子の質量にスピードの2乗を掛けて、2で割った式で表される。すなわち、粒子の運動エネルギーはそのスピードに依存し、スピードが大きいほど運動エネルギーは大きくなる。
静止している粒子は運動エネルギーを持たない。

スピードが大きいほど運動エネルギーは大きくなる photo by gettyimages
核分裂によって生じた分裂片は、光の速度の30分の1ほどの高速で飛び回るので、運動エネルギーを持っている。
1回の核分裂から2億電子ボルトほどのエネルギーが放出されるが、このほとんどが2個の分裂片の運動エネルギーとなる。しかし、個々の分裂片は勝手気ままな方向に飛び交って、他の分裂片と衝突を繰り返す。
たとえば、ウラン1kgに含まれる10²⁴個の核が分裂を起こすと、分裂片の数はその2倍となる。
そのような膨大な数の分裂片が、衝突を繰り返しながらあらゆる方向に動き回っているとき、それらの運動エネルギーの総和が「熱」となる。したがって、熱はエネルギーの一種(一形態)である。
「100万分の1秒」程度で、数百万度にまで上がってしまうわけ
一方、「温度」とはなんだろうか。
核分裂の場合の温度は、分裂片1個あたりの持つ平均運動エネルギーである。したがって、分裂片の運動エネルギーが大きいほど(分裂片のスピードが速いほど)、原子爆弾の温度は高くなる。
分裂直後の分裂片1個の運動エネルギーは8000万電子ボルトほどであるが、衝突などによって減速されるため、実際の分裂片1個あたりの平均運動エネルギーの値はこれよりもずっと低くなる。それでもなお、数百万度もの高温になるのである。
すべての分裂片が運ぶ運動エネルギーの総和が熱になると言ったが、運動エネルギーの総和は熱エネルギーという。熱エネルギーが温度の高い部分から温度の低い部分に移動したとき、「熱が流れた」という。つまり、熱は温度差があるところに生じるものである。
夏に暑く感じるのは、空気分子のスピードが速く、分子1個あたりの平均運動エネルギーが大きいために温度が高くなるせいである。冬は、その逆の現象が起きている。

夏に暑く感じるのは、空気分子のスピードが速く、分子1個あたりの平均運動エネルギーが大きいために、温度が高くなるから photo by gettyimages
原子爆弾が空中で炸裂する瞬間、その温度は数百万度から1000万度近くに及ぶが、その周囲の空気の温度は、真夏でもせいぜい摂氏40度前後である。したがって、原子爆弾とその周囲の空気との間には“べらぼうな温度差”が生じ、大量の熱エネルギーが周囲の空気中に移動する。
そればかりではない。
100万分の1秒程度のごく短時間に温度が数百万度にまで上がってしまうと、原子爆弾内の圧力は相当に高くなり、この圧力が周囲の空気を外側に勢いよく押しやる。これが、爆風や衝撃波を作るのである。
強烈な放射線源
もう一つ、荷電粒子が加速や減速を受けると、電磁波が発生する。光、熱線、X線、ガンマ線などは、すべて電磁波である。
核分裂片は荷電粒子である。10²⁴個ほどの膨大な数の分裂片(荷電粒子)が高速で飛び回るだけでなく、個々の分裂片は他の分裂片や原子核とひんぱんに衝突を繰り返す。
これでは一定の速度を保つことができず、短い期間に何回も加速や減速を繰り返すため、大量の光や熱線を発する。原子爆弾が炸裂した瞬間に目がつぶれるほど強烈な光を発するのはこのためであり、いわゆる“火の玉”を形成する。
また、熱線は電磁波であるから、光の速さで空中を伝播(でんぱ)し、あっという間に地上に到達してしまう。
世界中の物理学者たちは、原子爆弾を意識していた
最後に、原子爆弾特有のものとして、次のような現象も知っておかなければならない。
分裂片のほとんどは中性子過剰のために分裂と同時に中性子を放出するが、中性子を放出した後も安定した状態にはなっておらず、放射線を出して崩壊を続ける。
つまり、分裂片は強烈な放射線源になっており、分裂片からはその半減期程度の期間中、ベータ線やガンマ線などがずっと放出され続けることになる。
ここで説明したように、理論的な考察からだけでも、原子爆弾の威力は容易に想像できたのである。

ニューヨーク市に原子爆弾が投下された場合に、どのような影響を与えるかを示した、1940年頃のシミュレーション写真。理論的な考察からだけでも、原子爆弾の威力は想像できた photo by gettyimages
1939年(昭和14年)9月1日、ヨーロッパでは第二次世界大戦が勃発したが、その時点までに100を越える核分裂や核分裂連鎖反応に関する論文が学会誌に公表されていた。
学会誌はどこの国でもたやすく入手できるので(たとえば大学の図書館など)、第二次世界大戦の勃発以前から、世界中の物理学者たちはすでに原子爆弾を意識していたことになる。
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原子爆弾〈新装改訂版〉 核分裂の発見から、マンハッタン計画、投下まで
核分裂の発見から原爆投下まで、わずか6年8ヵ月ーー。
物理学の探究はなぜ、核兵器の開発へと変質したのか?
「永遠不変」と信じられていた原子核が、実は分裂する。しかも、莫大なエネルギーを放出しながら……。近代物理学の輝かしい発展と表裏をなす原爆の開発・製造過程を、予備知識なしでも理解できるよう詳しく解説する。