吉沢亮さんと横浜流星さんに「まず女になることを教えた」 映画「国宝」大ヒットの立役者・四代目中村鴈治郎さんが語る映画化までの道のり

興行収入133億円を突破し、社会現象を巻き起こしている映画「国宝」。すべての始まりは四代目中村鴈治郎さん(66)だったといっても過言ではないだろう。原作者の吉田修一さんを歌舞伎の裏側に招き入れ、映画化の際には主演の吉沢亮さんと横浜流星さんをはじめ俳優たちの歌舞伎指導を担った。大ヒットとなった映画、そしてこれからの歌舞伎界について、いま何を思うのか。(前後編の前編/後編はこちら)
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「鴈治郎でございます。本日はみなさま、ありがとうございます」
8月末日、東京・西新宿にある朝日カルチャーセンター会場に集まった100人を超える参加者の盛大な拍手で迎えられた中村鴈治郎さん。心地よい声色と福々とした笑顔につられて、会場の人々も笑顔になっていくのが見える。
■鴈治郎さん行きつけのバーで
大ヒット中の映画「国宝」。すべては鴈治郎さんと作家・吉田修一さんとの出会いから始まった。2015年12月、鴈治郎さん行きつけの六本木のバーのママが「歌舞伎を題材にしたい」という吉田さんと編集者、鴈治郎さんを引き合わせた。そのときのことを、鴈治郎さんはこう語る。
「吉田さんの小説も読んだことがあるし、映画化されたものも見ていましたが、どう考えても歌舞伎にはつながらない。まあ、とりあえずは楽屋を見ますか、と呼んだら部外者だからと邪魔にされる。あ、これは吉田修一に黒衣を着せれば、みんな文句言わないんじゃないか?って思ってね」
鴈治郎さんがすぐにあつらえさせた黒衣を着て、吉田さんはおよそ3年間、歌舞伎の舞台裏を見ながら、構想を練り、執筆を進めた。2017年1月、朝日新聞で連載がスタートしてからも、鴈治郎さんは吉田さんからの質問に答える以外は内容については一切、口を出すことはなかった。連載は大好評を得て、書籍化、文庫化と進み、そして、映画化の話が決まる。監督は吉田さんが映画「悪人」と「怒り」ですでにタッグを組んでいた李相日監督だ。

■「俺、国宝は作れませんよ」
「李監督とお会いしたら『歌舞伎役者は使いたくない』と。それはいいですけど、でもその人、人間国宝にまでなるんですよね?と言うと『これから、(鴈治郎さんに指導を)お願いしたいんです』と。『えぇ?! 俺、国宝は作れませんよ?』って(笑)」
それでも鴈治郎さんは、喜久雄役の吉沢亮さん、俊介役の横浜流星さんをはじめ俳優たちの歌舞伎指導を請け負うことになる。準備期間は1年半。吉沢さんと横浜さんはまず舞踊家の谷口裕和さんのもとで日本舞踊を練習することから始めた。が、しばらくして見たときは「ダメだと思いました」
と真顔で振り返る。
「そりゃあそうですよ。日本舞踊を始めました、という人にいきなり『娘道成寺』や『鷺娘』をやれっていうのは酷ですよ。でも、それでもやらなきゃならない。難しいのは踊りの振りだけでなく、例えば『曽根崎心中』でお初が『徳さま』と駆け寄っていくような動作の部分。こういうしぐさは自分で考えなきゃいけない。でもね、二人はへこたれなかった」
■まず「女になること」を教えた
吉沢さんと横浜さんにまず教えたのは「女になるということ」だった。
「女になることにまずは戸惑いがありますよね。模倣から始まるわけですから、当然、私の父がやったお初のビデオなどを見て、予習して、練習して復習して、常にそれを繰り返して。ぐちゃぐちゃになりながら、自分たちのものをつくっていった」

李監督は何日もかけて1シーンを撮り、何度もテイクを重ねる。エキストラもスタッフも全員が集中する現場は、熱量という言葉では言い表せないほどの熱さだった。
「あそこまでやるんだ、と思うとこっちも引き下がれなくなる。まさに‟沼”でしたね。‟国宝沼”。それを抜けられなくさせたのはやっぱり亮と流星だと思う。ぐちゃぐちゃになっても、へこたれなかったですからね」
3カ月間の撮影を経て、2024年の暮れにラッシュ(未編集映像)を見て驚いた。
「映像や演出のすごさ。音楽の相乗効果。映画っていうのは監督のものなんだなとつくづく思いました。カメラマンのソフィアン・エル・ファニさんも素晴らしかった。あれだけアップを多用していることの違和感のなさっていうのかな」
なにより鴈治郎さんにグッとこさせたのは、吉沢さん、横浜さんの「俳優」の部分だった。
「『娘道成寺』で二人がすれ違うときに、ちらっとだけ目配せをしたりする。それができるのが『役者』なんですよね。李監督はああいう場面で『そこに俊介をかぶせてくれ』『そこは喜久雄で』と言うんです。彼らはそれができる。それは僕らにはできない作業なんです。それに亮の、ものを言わないでぼーっとしてる顔、あれ、ずるいんだな(笑)。 彼はやっぱり表情がいいんですよね。幕が下りて、‟素”の男に戻ったりする場面もね、実際、役者はそういうものだし、それを見せている部分のある映画だと思うしね」
(構成 フリーランス記者・中村千晶)
※8月末に東京・新宿の朝日カルチャーセンターで行われた早稲田大学・児玉竜一教授(歌舞伎研究)とのトークイベント、そして終了後のインタビューから構成しました。