池袋に増殖する「ガチ中華」の知られざる大変貌

マニアックな江西料理を食べられる, 中国籍人口の増加につれて賑わうガチ中華, かつては「ガチ中華といえば東北料理」だった, 「行政書士事務所」「貿易会社」などの看板も

「金喜悦」の「辣椒炒肉」。青唐辛子と豚肉の辛い炒め物。小辣、中辣、大辣から選べる。税抜1980円だ(写真:筆者撮影)

「ガチ中華」という言葉をご存じだろうか。日本人向けの味付けではなく、本場そのものの中華料理を提供する飲食店や料理のことだ。

【料理&店舗画像21枚】江西料理の「金喜悦」、北京料理の「東来順」、東北料理の「楽楽園」で堪能できる人気料理をチェック。繁華街に林立する色とりどりの店舗や看板からも、池袋西口に増殖する「ガチ中華」のバリエーションの広さがわかる

東京・池袋といえば、近年は「ガチ中華が多いエリア」として知られている。筆者もときどき食べに行くが、とくにここ数年の出店ラッシュと変貌ぶりはすさまじい。

中国・深圳から日本に出張でやってきた中国人の友人と池袋を訪問した際、友人は「以前は東北地方の料理が多かったのに、こんなに多くのジャンルの料理店ができているとは……」と目を丸くした。この変化は一体何を表しているのか。

マニアックな江西料理を食べられる

筆者と友人が待ち合わせたのは、池袋駅西口(北)を地上に出て徒歩3~4分の場所にある江西料理店「金喜悦」池袋北口店。なぜ、この店を選んだのかというと、友人が次のように言ったからだ。

「以前深圳に住んでいた江西省出身の中国人が東京に江西料理店をオープンして美味しいと聞いた。ぜひ行ってみませんか?」

江西料理といっても聞きなれない人が多いだろう。中国南東部、福建省や広東省に隣接する江西省。ネットで同省の料理店を検索しても、都内に数店舗しかない。希少な中華ジャンルのひとつといえるだろう。

実は、中国歴が40年近くになる筆者もこれまでに江西料理を食べた記憶がない。景徳鎮という有名な陶磁器の産地がある省といえば、知っている日本人もいるだろうが、中国全体でみても、かなり影が薄い省だ。

【料理&店舗画像21枚】江西料理の「金喜悦」、北京料理の「東来順」、東北料理の「楽楽園」で堪能できる人気料理をチェック。繁華街に林立する色とりどりの店舗や看板からも、池袋西口に増殖する「ガチ中華」のバリエーションの広さがわかる 
マニアックな江西料理を食べられる, 中国籍人口の増加につれて賑わうガチ中華, かつては「ガチ中華といえば東北料理」だった, 「行政書士事務所」「貿易会社」などの看板も

鴨肉と生姜の煮込み。「金喜悦」の人気料理のひとつだ。税抜2180円(写真:筆者友人撮影)

江西料理の特徴は、中国醤油や豆鼓(トウチ)などの調味料、唐辛子などを多く使った、濃くて辛い味つけの料理。隣接する湖南省、安徽省の料理にも近く、豚肉、鶏肉、豆腐、カエルなどの煮込み料理、蒸し物が多い。

「辣椒炒肉」は青唐辛子と豚肉の辛い炒め物で、江西省を代表する料理のひとつだ。ほかに梨入り肉団子スープという珍しい料理もある。だが、そんなマイナーな江西料理でさえ、今の池袋で食べることができる。

2022年に「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされた「ガチ中華」の主要エリアと呼ばれているのは、池袋、新宿、高田馬場、上野、御徒町、小岩、蒲田、川口(埼玉県)などだが、池袋にはどれくらい、ガチ中華の店があるのだろうか。

中国籍人口の増加につれて賑わうガチ中華

横浜中華街のような観光地とは違い、ガチ中華の主要エリアには、中華料理店が加盟する協同組合などの組織がなく、池袋の店舗も正式な数は不明だ。

ただ増加ぶりは推測できる。中華街などの研究家として知られる山下清海氏のウェブサイト内にある「池袋チャイナタウンガイド」によると、2007年は約35軒だったとある。それが「新版 攻略!東京ディープチャイナ」(東京ディープチャイナ研究会編)によると、2022年には102軒にまで増加しており、15年間で3倍にまで増加していることがわかる。

また、池袋の中国籍人口も増加している。豊島区のホームページによると、豊島区の中国籍人口は2014年に1万1584人だったが、2024年には1万6482人となっており、この10年で42%増加した。埼京線で3駅隣の赤羽がある北区も2014年(7836人)から2024年(13053人)で66%増、隣接する新宿区も2014年(12713人)から2024年(17240人)で35%増加している。

池袋周辺の中国籍人口が増加するにつれてガチ中華が増えているようだ。ちなみに、2023年の住民基本台帳によると、外国人比率が最も多いのは新宿区で11.63%、2位が豊島区で10.02%となっている。

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東北料理店の老舗「永利」(写真:編集部撮影)

池袋が他のガチ中華の主要エリアと違う、と筆者が感じるのは、最も古くからガチ中華が出来始めたことだ。

真っ先に思い浮かぶのは、東北料理店の老舗「永利」という店。中華料理好きな日本人や、元中国駐在員の間ではよく知られている名店で、1998年に元中国残留日本人孤児が開いた。

かつては「ガチ中華といえば東北料理」だった

この店が繁盛したことから、周辺に「楽楽屋」など東北料理店が次々とできていき、それが池袋西口にガチ中華が集積するきっかけになった。

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「楽楽屋」の東北料理。手前の揚げた豚肉に餡をかけた東北風酢豚(白)は1318円(税抜)だ(写真:筆者撮影)

旧満州があった東北地方は、中国では東北三省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)と呼ばれ、日本との縁も深い。そうした関係で、日中国交回復後の80年代から来日した人には東北出身者が多かったと言われている。

法務省の在留外国人統計(2011年)の出身省別で見ると、最も多いのは大連などがある遼寧省出身者で、次にハルビンがある黒竜江省、3番目は福建省、4番目が吉林省の順となっている(出身省別の統計は2012年以降、廃止されている)。そうしたこともあり、ガチ中華といえば東北料理が多かったという経緯がある。

だが、以前の日本では「日本風にアレンジした中華」が好まれる傾向があったため、東北地方出身者が作る東北料理の店であっても、メニューには四川省の麻婆豆腐もあれば回鍋肉もあるなど、特化されておらず、いわゆる「町中華」に近かった。

日本人は、たとえ東北出身の中国人が経営している店に行っても、「(メニューの麻婆豆腐を指して)これは東北地方の料理ではないでしょう?」などという人はほとんどいなかったし、〇〇(料理名)は〇〇(地方)の料理、といった中華料理の知識もあまりなかった。

だが、ここ数年、SNSなどを介して中華料理に関する知識が増えたことに加え、日本人の食も多様化、「ガチ中華」という言葉が流行るくらい、日本人の中華料理に対する造詣も深くなっていった。その上、ガチ中華が増えた理由として、筆者は以下があると考えている。

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羊肉しゃぶしゃぶが有名な北京料理「東来順」。好みの鍋スープに好みの具材を入れて食べるスタイル。手切り羊肉は一皿1280円(税抜)だ(写真:筆者撮影)

① コロナ禍で日本人がなかなか中国に足を運べなくなったことにより、日本国内に本格的な中華料理を求めたこと。

② ここ数年、在留資格を取得しやすくなったことや中国人が経済的に豊かになり、(出身省別の統計はないものの)さまざまな省から来日する中国人が増加し、彼らの食の需要が増えたこと(在日中国人の人口は2014年末には約65万5000人だったが、2024年末には約87万3000人と、この10年で33%増加)。

③ 中国発の軽食チェーン店(たとえば福建省発の「沙県小吃」や山東省発の「楊銘宇黄焖鶏米飯」など)に加盟して、フランチャイズで店を開く在日中国人経営者が増えたこと。

④ 近年日本に移住した富裕層は日本で事業を行うための経営・管理ビザを取得することが多いが、そのビザ維持のため新規開店する人が多いこと。

このような理由から、いま、池袋西口や北口周辺を歩いてみると、東北料理以外、かなりマイナーなジャンルのガチ中華料理店の看板を目にするようになった。

細分化が進展

たとえば、2023年にオープンした新疆ウイグル自治区の民族料理店「西北料理 大新疆」をはじめ、湖南省の料理店「湘聚・湖南菜館」、甘粛省の料理「蘭州拉麺店 火焔山」、福建省の料理「福清菜館」、北京料理「東来順」などだ。さまざまな料理を同じ場所で食べられる軽食のフードコート「沸騰小吃城」、「友誼食府」、「食府書苑」も2019年以降にオープンした。

マニアックな江西料理を食べられる, 中国籍人口の増加につれて賑わうガチ中華, かつては「ガチ中華といえば東北料理」だった, 「行政書士事務所」「貿易会社」などの看板も

江西料理店「金喜悦」が入っているパンダグルメ城。ガチ中華が集結している(写真:筆者友人撮影)

筆者が友人と一緒に行った江西料理店のように、経営者が江西省出身で、「東京で美味しい江西料理の店が少ないから」といって自ら開店するケースもあるし、福建省料理のように、東京近郊に福建省、とくに「僑郷」(華僑のふるさと)と呼ばれる福清市周辺からやってきた人が多く、福建省の郷土料理を食べたいという人の需要が見込まれるため、開店するケースも多い。

87万人以上という在日中国人のマーケットがあるため、ある省の料理というだけでなく、ある省の〇〇地方の料理でも経営が成り立つほど細分化が進んでいるのだ。

顧客である在日中国人のほうも、自分の出身地の料理が恋しいから、同郷の友人と一緒に食べに行くというケースもあれば、「中国に住んでいたときには一度も行ったことがなかったけれど、逆に池袋でなら手軽に食べられるから、日本で中国の〇〇地方の料理を初体験してみたい」という理由で訪れることもある。池袋に限らないが、東京のガチ中華は広大な中国と異なり、コンパクトにまとまっているので、さまざまな中華が食べやすいのだ。

実は、こうした現象は中国国内でも起きている。以前なら、北京に行ったら北京料理、上海に行ったら上海料理が、その都市で食べられるいちばん美味しい料理であるというのは当たり前の認識だった(日本人が大阪に行ったら、本場のお好み焼きを食べたいと思うのと同じ)が、人々の往来が激しくなったり、中国でも飲食チェーンが増えて、どの都市でも同じクオリティの料理が食べられるようになったりして、今では、その土地の地元料理以外にも美味しい店ができてきた。

マニアックな江西料理を食べられる, 中国籍人口の増加につれて賑わうガチ中華, かつては「ガチ中華といえば東北料理」だった, 「行政書士事務所」「貿易会社」などの看板も

ガチ中華が並ぶ池袋の路地裏(写真:著者撮影)

とくに広東省の深圳はその典型だ。全国各地から出稼ぎ労働者やITエンジニアなどが集まってきて、地元出身以外の人が多いため、全国各地の料理店がオープンし、そのクオリティが非常に上がっている、といわれている。

「行政書士事務所」「貿易会社」などの看板も

このように、東京、とくに中国人が多く集まる池袋でも、従来多かった東北料理以外のガチ中華が続々とオープンしている。それはまさしく、在日中国人の存在感が増していることに尽きる。

が、街を歩いていると、他にも気づくことがある。それは中華料理店が複数入居しているビルの中にたいてい「行政書士事務所」や「貿易会社」などの看板もあることだ。

そのネーミングから中華系の事務所であることが想像できる。池袋には中国人患者が9割以上を占めると言われる「三好医院」という中国人経営の病院もある。久しぶりに中国からやってきた中国人の友人のおかげで、「食」だけでなく、在日中国人の生活を支える経済圏(エコシステム)がこの街にすっかり出来上がっていることを、筆者は改めて実感させられた。