高級食パン専門店の閉店ラッシュ、もはや「マスコミのせい」だった…《安直なブーム》を生み出す者たちの「功罪」
市場価格の実に3~4倍の食パンが飛ぶように売れた――。数年前まで一大ブームを巻き起こしていた「高級食パン」の専門店が衰退の一途を辿っている。
直近でも、同ジャンルの代表的なチェーン「銀座に志かわ」について、最盛期には140あった店舗数が50にまで激減するなど、その大量閉店ぶりが報じられ、話題を呼んだ。
なぜ、高級食パン専門店は一転して世間から見放されてしまったのか。ブームの変遷を辿りつつ、その“真犯人”を追うべく、数多くの飲食店を手掛けてきた経営コンサルタントの大久保一彦氏に聞いた。
【前編記事】『《ホリエモン発案の高級パン屋》まさかの大量閉店…“生”食パンブームにのった「小麦の奴隷」124店舗→56店舗に激減へ』よりつづく。
高級食パンブームとは何だったのか

高級食パンブームの火付け役は、2013年に大阪で創業した「乃が美」とされています。
食パンといえばそれまでトーストして食べるのが一般的でしたが、「乃が美」はそのまま加熱せず食べても美味しい『生食パン』を販売。卵を使わずに生クリームや蜂蜜でしっとり甘く仕上げた生地は、「とろける食感」「ふわふわの生食パン」といったようにテレビで紹介され、話題を集めていました。
そして、同じく'13年にセブン-イレブンが『セブンゴールド 金の食パン』(1斤250円)を発売。発売4ヵ月で1500万個の大ヒットとなったことが、ブームに拍車をかけました。ちょうどこの時期、消費者の間で東日本大震災後に閉まっていた財布の紐が少し緩み、身近なものに少し贅沢をする機運が高まったことも追い風となりました。
その後'18年に「乃が美」は100店舗、全店売上100億円の大台を達成します。この頃から、高級食パンの“高い利益率”が見込まれ、また「専門的なパン製造の経験がなくても比較的容易に始められる」という認識が広がったことで、ブームは本格化していきます。
ベーカリープロデューサーで知られる岸本拓也氏が手がける「考えた人すごいわ」のような、いわゆる変な名前のパン屋や、OSGコーポレーションが運営する「銀座に志かわ」が開業し始めたのも'18年のこと。異業種からの参入も激増し、繁華街や観光地で多種多様な高級食パン店がオープンしました。
メディアの関心を煽った「に志かわ」
「銀座に志かわ」に焦点を当てて、ブームをさらに分析していきます。
同店を展開するOSGコーポレーションは、元々浄水器に販売を長年手がけてきた会社です。そんな同社が創業50周年を迎えるにあたり、新規事業として、これまでの事業で培ってきた水のノウハウと取引先とのネットワークを武器に、「銀座に志かわ」を立ち上げます。

公式プレスリリースより引用
「銀座に志かわ」において、特筆すべきは、積極的にメディアの関心を煽ったことが挙げられます。
たとえば立ち上げ当初には、同時期にオープンした「俺のベーカリー&カフェ」が東京・銀座の歌舞伎座周辺に店を出したことから、あえて対抗心を前面に押し出すように《銀座食パン戦争》と銘打ってプレスリリースを仕掛けています。
また、'19年に「乃が美」のお膝元である大阪・船場に出店する折には、わざわざ記者会見を催し、「東西で、食パン大戦争が起こる」と高らかに宣言。当然、テレビもネタになると反応して、経済番組やバラエティ番組で連日報道されるようになりました。
極めつけは、'19年5月に放映された『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)です。この放送では、「銀座に志かわ」と「乃が美」を比較するといった趣旨の内容でしたが、この構図が大いに盛り上がり、視聴者が店舗に殺到。ブームもピークに向かい、各チェーンとも一気に出店数を伸ばした形となります。
市場は飽和、利用動機も陳腐化して…
かくして、全国でも高級食パン専門店は急増して、ピーク期にはおよそ1500店舗まで膨れ上がりました。
この頃には、当初、利用動機としてあった「暮らしの中のプチ贅沢」や「気の利いた手土産」の限度はとうに超えていたはずです。にもかかわらず、「ブームだから」という一点で、消費者をどんどん巻き込んでいたと考えられます。

公式プレスリリースより引用
ただ、需要が一時的に膨張して同じ商圏に数件、高級食パン専門店があることが常態化し、あわせてコロナ禍の巣ごもり需要が落ち着いたことで、たちまち市場は飽和状態になってしまいました。
にもかかわらず、差別化要素のない店舗で高級食パンの高価格販売を続けていれば、当然、価格競争や品質の差別化が難しいこともあり、供給過多になってしまうのは必然です。結果、利用動機も陳腐化し、多くのブランドが淘汰されていくことになります。
付け加えるならば、ブームの火付け役であった「乃が美」がフランチャイズ加盟店と訴訟沙汰になったのも問題でした。この一件が、高級食パンブームの足をひっぱり、業界全体のダウントレンドに拍車をかけたのは間違いないでしょう。
以上がブームの変遷となるわけですが、結局、衰退の最も大きな要因とは何だったのでしょうか。それは「銀座に志かわ」がそうだったように、マスコミを巻き込むことで生み出される《安易なブーム》そのものなのかもしれません。
「早急なブームは廃れも早い」は当たり前
いったんマスコミを巻き込むようなブームになると、その勢いにブレーキをかけることはできません。さらに、高級食パン専門店がそうだったように、誰にでも開業しやすい店舗パッケージだと“粗製乱造”の店は増える一方です。
こうした地に足がついていないブームは得てして、ある日、消費者はまったく興味がなくなり、一気にダウントレンドになりやすいと言えます。

食ですから、およそ15年くらいのサイクルで流行廃りの循環があります。そのため、早めに参入して細々と維持していければ、またチャンスは来ると思います。しかし、ピークに投資をして参入するとなった店はそうはいきません。
マスコミの後押しを受けるなどして、短期間でいきなりブームを迎えてしまうと、沈むのも早いのです。ましてSNSの時代、情報の拡散が早いので、こういうケースは思いのほか多いと思います。
ビジネスは導入期、成長期、成熟期、衰退期の順で回ります。じっくり成長させて、ピークになったのであれば、成長にかけた時間分、ゆっくりとダウントレンドになります。
ブームに流されることなく、目立たずにじっくりやっていく。結局、それこそがビジネスの王道なのです。
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