そうめん王者「揖保乃糸」"兄弟パスタ"の凄さ

製造量わずか、希少な揖保乃糸パスタ, 前例のないメニュー開発に、2カ月, 揖保乃糸を、若い世代に伝えていくために, オフシーズンは長期休暇?

揖保乃糸の製法で作った希少なパスタとは……?(筆者撮影)

SNSでも「やっぱりそうめんはこれ」と大人気な“夏の王者”「揖保乃糸」。その生産者は380もの生産者がいることを前編で取り上げました。後編では、その担い手のなかでも、独自の挑戦を続ける3つの工場(生産者)と、その取り組みを紹介します。

【画像を見る】揖保乃糸の激レア“兄弟パスタ”はこんな感じ。冷製パスタも温かいパスタもおいしそう!

前編:揖保乃糸「パッケージ通りに湯がけば別格の味!」年間1億8000万食の圧倒的シェア、SNSで愛され続ける120年ブランドが“夏の王者”であり続ける訳

製造量わずか、希少な揖保乃糸パスタ

最初に紹介するのは、生産者として工場を運営しつつ、レストラン「パスタと気まぐれ料理 いちわ」も営む「1WA(いちわ)」。「播磨の小京都」と称される龍野城下町にあるこのレストランではなんと、手延べそうめんの製法で作った希少なパスタが食べられるという。

「龍の夢PASTA」という名のパスタで、一般流通にものらない貴重なものだ。その希少なパスタをプロの調理で味わえる限定感から、いちわは知る人ぞ知る人気店となっている。

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築100年を超える町家をリノベーションした店舗は、歴史を感じる落ち着いた雰囲気だ。格子戸にかけられた紺色の暖簾からは軽やかさが感じられる(筆者撮影)

いちわを訪問したのは昼過ぎ。店先では、50代ほどの女性客グループが食事を終えて帰るところだった。感想を求めると、「上品なパスタでした! つるりとして、食べていくうちに食感も味も変わって」と笑顔で答えてくれた。

【画像を見る】揖保乃糸の激レア“兄弟パスタ”はこんな感じ。冷製パスタも温かいパスタもおいしそう!

「龍の夢PASTA」は2014年に組合が開発した商品で、一般的なパスタ原料であるデュラム小麦を使い、そうめんの手延べ製法で製造される。

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「龍の夢PASTA」。つるりとした喉ごしと柔らかさのなかにコシを感じられる食感が特徴(筆者撮影)

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ジャズが流れる落ち着いた空間で食事を楽しめ、とくに女性客に人気がある(筆者撮影)

前例のないメニュー開発に、2カ月

いちわオーナーの金谷真美さんに話を聞いてみることに。

「製麺工場は祖父の代からはじまり、正確にはわかりませんが80年は続いています。現在両親と私たち夫婦で運営していて、主人が3代目として2019年に事業を継ぎました」

いちわを始めたのは、金谷さんの「いつか飲食店を開きたい」という夢と、製造のオフシーズン(6〜8月)にも収益を確保したいという考えが重なったから。

「普通のそうめんでは面白くないので、希少な手延べパスタをメニューにしました。ただ、一般的なパスタとは特性が違い、調理のコツをつかむのに本当に苦労しました。麺がくっつきやすく、スープを吸いやすい。塩分があるので調味の加減も難しくて……。温かいパスタの前例がなかったので、2カ月間、毎日ひたすら試作を続けました」

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生ハムのクリームパスタ(1400円)。冷製より温パスタのほうが人気。どのメニューもまんべんなく出るという。スープは通常パスタの3〜4倍の量。麺に吸収されるため出来立てすぐと後の食感が全然違い、ナチュラルに味変を楽しめる逸品だ(筆者撮影)

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一般的なパスタより、つるりと喉ごしがよい(筆者撮影)

オープンから1年ほどは「こんなのパスタじゃない」という辛口の声も少なくなかった。それでも、手延べパスタならではの細麺の上品な味わいを好むファンが少しずつ増えた。店頭では乾麺だけを購入することもでき、スーパーでほとんど販売していないため、これだけを買いに訪れる客もいるという。

揖保乃糸の製造は規模や人員に制約があるため、生産量の拡大には限界がある。そんななか、製造オフシーズンとブランド力を最大限に活用した飲食事業は、第2の収入の柱となった。揖保乃糸パスタという新たな魅力が、地域の観光資源として龍野城下町全体の価値を高めている。

2軒目の生産者は森口製粉製麺。いちわと同じように製麺所だけでなくレストラン「麺乃家(めんのいえ)」も営んでおり、5代目・森口暢啓(まさひろ)さんがオーナーを務めている。

森口さんが着目したのは、「揖保乃糸の産地なのに、そうめんを専門店として体験できる場所が意外に少ない」という現状だった。揖保乃糸と自社製品の魅力を発信する拠点として、2022年9月に店をオープンさせた。

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麺乃家外観。町家を改修して観光地にあるおしゃれな飲食店をつくるというだけでなく、観光客はもちろん地元客も普段使いできる店をめざしたのだそう(筆者撮影)

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麺乃家内観。取材当日も地元客が食事に来ていた(筆者撮影)

同店では、「特級(黒帯)」「縒(より)つむぎ」「上級(赤帯)」といった揖保乃糸を、その日の仕入れによって提供している。「特級」は、ギフト用として扱われることが多い。運がよければ、専用倉庫で1年寝かせた「古(ひね)」に出会えることもある。どの等級のそうめんが食べられるかは、訪れてのお楽しみというわけだ。

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ZARU(660円・2025年8月時点の価格)。取材当日は「特級・古(ひね)」を味わえ、幸運な日。めんつゆは2種類で、右のお猪口のつゆは森口製粉製麺オリジナルの酢みそつゆだ。森口さんがかつてよく食べていた“おばあちゃんの味”を再現したものなのだとか。さっぱりあっさりとした風味(筆者撮影)

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「冷カレー」(830円・揖保乃糸を選んだ場合の価格)。ココナッツミルク入りで甘くてマイルドな辛さがやみつきに(筆者撮影)

オープンから3年目の現在、平日ランチタイムのみの営業にもかかわらず、大阪など遠方から目的地として訪れる観光客が増えている。ただ、平日は人通りが少なく、集客は今後の課題だと森口さんは語る。

「揖保乃糸と自社オリジナル乾麺を体験していただける場所として、もっと広く認知してもらえるよう発信活動を強化していきたいですね」

揖保乃糸を、若い世代に伝えていくために

森口製粉製麺は1877年(明治10年)創業、140年以上の歴史を持つ老舗工場だ。生産者として揖保乃糸の製造にも長く携わってきた。

伝統を守りながらも、森口製粉製麺は常にアグレッシブに挑戦を続けてきた。初代は手延べそうめんの製造を始め、2代目は機械製乾麺の製造に着手。3代目は揖保乃糸と自社乾麺の直販所を開設し、4代目は自社オリジナル商品の開発に力を注ぎ、会社を大きく成長させてきた。

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森口製粉製麺5代目、森口暢啓(まさひろ)さん。背後に積み上げられているのは揖保乃糸の専用保管木箱だ(筆者撮影)

森口さんが事業を継いだのは25歳のとき。父である4代目が急逝したことによる突然のバトンタッチだった。

「とにかく迷惑をかけないように必死でした」と、当時を静かに振り返る森口さん。衛生管理体制の強化に努め、国際規格FSSC22000を取得。380ある生産者のなかでもこの認証を取得している工場はごくわずか。よりよい環境づくりや生産体制の向上に惜しみなく取り組む姿勢は、品質への揺るぎない覚悟を物語っている。

同社は、特約販売店でもある。揖保乃糸といえば、木箱に入った伝統を感じさせる格式高いものが一般的だが、それだと若い世代にはなかなか手にとってもらえない。そこで、鉄道好きの社員が思いついたのが、車両デザインパッケージである。

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ローカル線であるJR姫新(きしん)線の車両デザインパッケージ。JR駅構内でも販売、お土産として人気があるという(筆者撮影)

加えて5束という手軽さが手土産に選ばれやすく、鉄道ファンやファミリー客に支持されている。

これ以外にもレトロ缶に入れたギフトも販売。意見が活発に出せる社風もあり、若い世代が手にとりたくなるようなパッケージデザインのアイデアが日々生まれているのだとか。

若い世代といえば、作り手サイドの若手育成もまた、喫緊の課題だ。そうめん製造は全11工程・36時間を要する労働集約型の仕事。そこで森口さんは、勤務終了から始業まで11時間空ける「勤務間インターバル制度」を2019年から導入した。

工程を分業化し、“弟子”のように一部工程を担当する若手社員を増やすことで、職人の過重労働を防ぎつつ育成を進めている。

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手延べ製法の揖保乃糸製造のほか、機械製麺でOEM製造なども担っている。写真の建物の奥に揖保乃糸製造工場がある(筆者撮影)

最後に紹介するのは、そうめん製造だけに専念する個人工場・谷口製麺所だ。姫路市安富町にあるこの工場は、実は筆者宅の“ご近所さん”である。

秋からの製造が始まると、早朝に立ち込める小麦の香りを胸いっぱいに吸い込んで1日をスタートさせるのが筆者の日課だが、工場内でどんな作業が行われているのかまでは知らなかった。灯台もと暗しとはこのことだ。

筆者宅から徒歩で、谷口製麺所の谷口勝美さんを訪ねた。

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谷口さんの自宅横に建てられた工場(左手緑色の建物)。自然豊かな山に囲まれた場所にある(筆者撮影)

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谷口製麺所2代目、谷口勝美さん。手延べ製麺技能士の資格を持つ職人で、現在組合の理事も務めている(筆者撮影)

谷口製麺所は1977年、今から48年前に創業。1軒目で紹介したいちわが80年前、2軒目の森口製粉製麺が140年前という事実を踏まえても、比較的新しい工場だとわかる。

「50年前は林業や農業と兼業する人が多かったんです。うちももともとは農業が主でしたが、そうめん製造だけで生活できるようになり、一本化しました」

谷口さんは次男で、家業を継ぐ気持ちはまったくなかった。地方銀行員として働いていたが、父が体調を崩してしまったことをきっかけに「僕が親父の仕事を継ぐわ」と決意。2000年に2代目となった。

2013年には、食品衛生管理の必要性が高まったことを受け、HACCP対応の新工場を新設。個人工場としては大きな投資である。なぜ迷わず踏み切れたのかと尋ねると、答えは明快だった。

「そうめんを作ることだけに集中できるからですね。作ったものは組合がしっかり販売してくれますし、製造量に応じた収入を得ることができる。だから、品質向上のためなら思い切った投資もできます」

原材料の調達から販売、品質チェック、技術指導まで、組合が一貫して担う仕組みがあるからこそ、生産者は製造に専念できる。この連携体制が、トップブランド揖保乃糸を支える大きな強みなのだ。

取材中も、組合の運送トラックが到着し、そうめんを保管する専用箱を返却していった。日常の一コマからも、連携の強さが伝わってくる。

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掛巻機(かけばき)の説明をする谷口さん。オフシーズンは工場と機械のメンテナンス期間、ちょうど工場清掃後で床がピカピカだった(筆者撮影)

組合の理事も務める谷口さんに、この体制についてどう感じているかを聞いた。

「組合では毎年、その年の小麦粉で試作したそうめんを評価し、生産方針を決めます。その説明会には生産者全員が参加するので、地場産業ならではの横のつながりの強さを実感します。組合が生産者をしっかりサポートしてくれる安心感は、本当に心強いですよ」

オフシーズンは長期休暇?

現在は奥様、そして27歳の息子さんとともに製造に取り組んでいる。息子さんは高校卒業後、外部就職はせず家業を選んだ。「記事にしなくてもいいんですけどね」と、谷口さんは笑顔でこう話してくれた。

「シーズン中は朝2時に起きて、息子と一緒にパンを焼いて食べるのが日課です。製造が終わるのは夕方4時半か5時くらいですね。息子はキャンプや車中泊が趣味で、北海道をぐるっとまわったりもしています。6〜8月のオフシーズンに長期休暇が取れるのが、この仕事の魅力だと言っていますよ」

シーズン中は製造に集中。オフシーズンは設備を整え、心身ともにリラックスさせる。このメリハリある働き方こそが、600年続く揖保乃糸の伝統を次世代へとつなぐためのヒントになるのかもしれない。

9月に入り、朝晩の暑さが少し和らいできた。2026年の夏に向けて、そうめん職人たちの本格シーズンがはじまる。

【画像を見る】本編では紹介しきれなかった画像も! 揖保乃糸の激レア“兄弟パスタ”はこんな感じ。冷製パスタも温かいパスタもおいしそう!

前編:揖保乃糸「パッケージ通りに湯がけば別格の味!」年間1億8000万食の圧倒的シェア、SNSで愛され続ける120年ブランドが“夏の王者”であり続ける訳