「医局の人事から外して」教授も驚く宣言で渡英 医師とデザイナーの二刀流を実現した「カラフルデブ」の出発点

現役の脳神経外科医でありながら、ファッションデザイナーとしても活躍するDrまあやさん。今でこそ「カラフルデブ」を自称し活動していますが、医学部に入学した当初は医師の道1本を極めるつもりだったそう。それが大学院である挫折を経験し、人生が変わり始めます。(全3回中の2回)

医師1本で進むはずだったが

Drまあや

2019年コレクション発表にて

── 脳外科医としてキャリアを積んでいたまあやさんが、34歳でファッションの世界に足を踏み入れたのは、なぜだったのでしょう?

Drまあやさん:もともとファッションは大好きで、学生時代はジャン・ポール・ゴルチェやコム・デ・ギャルソンに夢中になり、原宿で個性的な服を探し歩いたりしていました。医大時代はアフロっぽい髪型をしていて、国家試験はドレッドヘアで受けています(笑)。とはいえ、最初から医師とファッションデザイナーとの二刀流を目指していたわけではありません。医学部に入ったときから「脳外科医として患者さんを救いたい」と心に決め、その思いを胸に誇りを持って働いてきましたし、今もその気持ちに変わりはありません。ただ、大学院で挫折を経験したことが、転機になりました。

── 挫折というのは、どのような経験だったのでしょう?

Drまあやさん:博士号を取得するために大学院で研究をしていたのですが、思うように進まず、ある日、教授にこっぴどく叱られて落ち込んでいたんです。その日の帰り道に目に入ったのが「日本外国語専門学校の海外芸術大学留学コース」という看板でした。それを見た瞬間、フッと思い出したんです。「そういえば、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズという芸術大学でファッションを学んでみたかったな」と。そこから心に火がついて「脳外科医として生きるだけがすべてじゃない。2つの夢を追ったっていい。きっとやれる!」と気持ちが高まり、その足で入学を決めました。祖母に電話で「脳外科医を続けながらロンドンでファッションを学んでデザイナーになる」と伝えたんです。絶対、反対されると思ったら、意外にも「いいんじゃない?やりたいことやれば」と。あのひと言に背中を押されましたね。

── すごい行動力ですね。教授には反対されませんでしたか?

Drまあやさん:「ファッションの勉強で留学したいので医局の人事から外してください」と伝えたら、「どうして?」と驚かれました。当然ですよね(笑)。でも、「やりたいことが見つかったんです。今、動かなかったら一生後悔すると思うんです」と。懐の深い教授だったので、最終的には快く送り出してくれました。2年間留学し、帰国後は脳外科医として復帰。同時にスタイリストのアシスタントとして2年半働きました。体力的にはかなりハードでしたが、修行だと思って食らいついていましたね。2018年にアトリエを巣鴨にオープンしたときには、アシスタント時代に交流のあった篠原ともえさんが来てくださったんです。うれしかったですね。

みずからを「カラフルデブ」と自称した理由

Drまあやデザイン研究所にて

── レインボーカラーのヘアスタイルに、色鮮やかなファッションで一度見たら忘れられない存在感を放つDrまあやさん。ご自身を「カラフルデブ」と称して活動されていますが、その言葉には、どんな思いが込められているのでしょうか?

Drまあやさん:虹色は自分の多面性を象徴しているんです。情熱も冷静さもダークな感情も自分のなかに存在している。いろんな色を持って生きているという意味で虹色、そして見ての通りの体型ですから「カラフルデブ」というポップな名前にしています。実は、カラフルな色を好むのは、コンプレックスの裏返しでもあるんです。容姿に自信がないし、本来、性格もネガティブで地味。個性がないと自覚しているからこそ、カラフルな色に惹かれるのでしょうね。

── 自分のコンプレックスに向き合うことは心に負担がかかりますが、それに蓋をせず、昇華させてエネルギーに変えていく姿勢に、芯の強さを感じます。

Drまあやさん:昔からコンプレックスにどう向き合うかを考えてきました。その結果「おもしろい服を着た人」という枠で自分を表現して、楽しく生きていこうと決めたんです。そうすれば、誰かと比べて落ち込んだりすることもなく、自分らしくいられますから。迷ったときは「自分がおもしろいと感じるかどうか」を判断基準にしています。洋服のデザインにしても、たとえば自分の皮下脂肪のCT画像を使ったりとユーモアと独創性を大切にしています。

── CT画像をデザインにするとは、まさに医師ならでは発想ですね。デザイナーと脳外科医という「二刀流」はあまり聞いたことがありませんが、実際にはどうなのでしょう?

Drまあやさん:医師で音楽をやったり、絵を描いたりしている人はいると思いますが、自腹を切ってファッションショーまで開いているのは、私くらいでしょうね(笑)。実際、パリでショーをしたときも「脳外科医でファッションデザイナーです」って言ったら、現地の人たちもびっくりしていました。 

「医師とデザイナーどっちが大変?」の答えは…

── 脳外科医というと、まだまだ男性が多い世界ですし、医師のキャリアと並行しながら異分野でも活躍される姿を快く思わない人もいるのではと想像します。ご自身はどう感じていますか?

Drまあやさん:正直なところ、あまり気にしていたことがないんですよね。それに医師の世界、とくに脳外科医の世界は、医師としての実力がすべて。私のような異端な存在は、むしろ「落ちこぼれ」や「負け組」とみられているかもしれません。そういう意味では、ねたまれるような対象ではないと思っています。

── 非常に多忙な日々だと思いますが、どのように両立されているのでしょう?

Drまあやさん:基本的に休みはないですね。毎週土日は、釧路のクリニックで診療をして、月曜の昼過ぎに帰宅します。火曜と水曜は、院長を務める横浜のクリニックで外来診療を行い、水曜の午後から木曜・金曜をファッションの仕事に充てていますね。

── 想像以上に過密なスケジュールですね。いったいどのタイミングで休息をとるのですか?

Drまあやさん:時間単位で休むという感覚ですね。あとは、移動時間が多いので、隙間時間に体を休めるようにしています。でも、休むと逆に働きたくなくなってしまうんです。気合と根性で生きてきた昭和世代ですし、むしろ動き続けているほうが性に合っているみたいです。どっちも厳しい世界ですから、常にアドレナリンが出っぱなしですね。

ただ、医療とファッションという異なるジャンルの仕事を両立させることで、気持ちのバランスがうまくとれ、ストレスが解消される部分があるんです。医療の仕事は、ある意味ルーチンが決まっていますが、ファッションは自由度が高く、自分で考えながら進めるので、うまくいかずに悩むこともあります。そんなときに、目の前の患者さんを診ることで「自分も役立っている」と感じ、少し自信を取り戻すきっかけになったりします。

── そうなのですね。ちなみに、トレードマークでもある鮮やかなレインボーヘアは、ウィッグだと思っていたのですが、地毛なのですね。診療のときはどうされているのですか?

Drまあやさん:診療前に、黒髪のウィッグをかぶるのですが、それが医師モードへの切り替えにもなっていますね。「医師とデザイナーどっちが大変ですか?」とよく聞かれるのですが、どちらも極めようとすると並大抵の努力ではたりません。ただ、産みの苦しみという点では、ファッションのほうが過酷かも…。そのぶん、作品が完成したときの喜びは格別で愛おしさが込み上げてきます。困難の多い道ですけれど、自分で選んだ以上、やると決めたことは最後まで貫きたいんです。

医師・デザイナーとして多忙な日々を送るDrまあやさんですが、2015年、病院での勤務中に腹部に激痛が走り、胆石が発覚。その後、卵巣のう腫も見つかり、手術を受けることに。自分が患者側になったことで、改めて痛みや苦しみに気づき「これからはもっと温かい気持ちで患者さんに優しく接しよう」と誓ったそうです。

PROFILE Drまあやさん

どくたー・まあや。1975年、東京都生まれ。2000年、岩手医科大学医学部卒業後、慶應義塾大学外科学教室脳神経外科に入局し、脳神経外科医として勤務。35歳でデザインの名門校であるセントラル・セントマーチンに入学。2013年、「Drまあやデザイン研究所」を設立。脳神経外科医として働くかたわらファッションデザイナーとしても活動中。

取材・文/西尾英子 写真提供/Drまあや