住民は「おにぎり屋もラーメン屋もインバウンド向け」と嘆き なぜ国は「生活者の幸せ」に目を向けないのか

東京、京都、大阪、北海道……大都市や観光地を中心に、飲食費や宿泊費が高騰している。インバウンド(訪日外国人客)が増える一方で、自分たちの楽しみが奪われていると感じる生活者は少なくないようだ。
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■レトロな街並み、家を覗かれ…
「訪日観光客の増加は、私のように金に余裕のない日本人にとっては、仕打ちですよ」
そう、大阪市に暮らす60代の男性は語る。
大阪・梅田に近い中崎地区(北区)は「昭和レトロ」な雰囲気がインバウンドに人気だ。戦災を免れた建物が多く、昔ながらの民家や長屋が立ち並ぶ。
男性の住まいも道幅2.5メートルほどの路地の奥にある5軒長屋だ。
男性は、「外国人観光客がわがもの顔で路地を闊歩している」と嘆く。プライベートな生活空間と路地がほぼ一体化したような環境だからだ。
「長屋が珍しいのか、欧米系の外国人が路地裏まで入り込んでくる。私の家も覗かれます」
■定年後のささやかな楽しみが
そんな男性の定年後のささやかな楽しみが「外食」だった。
3年ほど前、近所に「安くておいしい、おにぎり屋ができた」。定食を注文すると、大きなおにぎり2つと味噌汁、きんぴらごぼうなどのおかずがついて600円だった。
「行きつけだったのに、今や定食はインバウンド向けの価格で1300円以上する。すっかり足が遠のきました」(男性)
以前は1000円以下で食べられたラーメンも、倍ほどに値上がりした。
「そりゃ、物価高もあるかもしれませんよ。でも、『こんなに高くて客が入るのか』と思っていたら、外国人が行列しているんです」(同)
自宅周辺にインバウンド向けの民泊が3軒でき、玄関前には生ごみが散乱、壊れたスーツケースが放置されることもある。
「金を持っている外国人の民泊経営者が外国人相手に儲けている。外国の植民地に住んでいるようなみじめな気分です」(同)
■錦市場もインバウンド向けに
京都市在住で、タクシー会社に勤める70代の男性は、昼食をとるときは、なるべく街の中心部から離れた場所の店に入るという。
「どこも外国人でいっぱいで、並ばないと入れませんし、価格も上がった。市街地の店に行くと気持ちが滅入るんです」(男性)

400年あまりの歴史を誇る「錦市場」も様変わりした。
「もはや、『京の台所』ではない。地元民向けの食品店は、インバウンド向けの飲食店に入れ替わりました。外国人に食べ歩き用のフードを高い価格で売っている」(同)
■ビジネスホテルも値上がり
機械メーカーに勤める三重県伊勢市在住の60代の男性は出張が多い。これまで会社から出張費と日当で1万2000円ほどが支給されていたが、昨年から宿泊費は実費精算になった。
宿泊料の値上がりは全国に広がっている。宿泊料の消費者物価指数は、2020年を100とすると、24年は154.1と、大きく上昇した。
男性は九州に出張することが多いが、福岡・博多でも1泊7000円前後のビジネスホテルが多くあった。最近は、1泊1万5000円は当たり前だ。週末になると金額が倍に跳ね上がる。
ホテルの宿泊客は中国や韓国からの観光客ばかりだという。
食事代も上がった。
「日当を食事代が超えて、赤字になるのが普通になりました。以前、食事は2000円も出せば、大分なら鳥料理など、その土地のおいしいものが食べられましたが、最近は同じように食べようとすると、3000円を超えてしまいます」(男性)
■優先は「生活者」ではなく「企業の声」
インバウンドが増えれば、日本経済は潤う――。国はインバウンドによる経済効果を強調してきた。
だが、作家で社会的金融教育家の田内学さんは、そこには大きな問題点があるという。
「生活者の視点が抜け落ちているのです。確かにインバウンドは、『お金を落としてくれる』という意味では、経済的にはプラスでしょう。観光産業従事者の賃金も上がる。けれども、『生活者の幸せ』にはつながっていないのです」(田内さん)
前述の事例のように、外国人観光客の飲食や宿泊などの需要が増し、価格が上昇する。
「商品やサービスを提供する企業からすれば、価格は高いほど利益が出る。企業の目的は『いかに利益を最大化するか』ですから、こんな好機はないでしょう」(同)
■生活者は暮らしにくくなった
一方、生活者からすれば、従来よりも高い料金を支払わなければ、商品やサービスを得られなくなった。つまり、暮らしにくくなったのだ。
そこでバランスを取り、住人の生活を守ることが国や自治体の役割のはずだが、現状の対応は「微妙」だという。
「観光に携わる企業の収益アップによって、国や自治体の税収が増えるからです。『住民の声』より、『企業の声』が優先されがちな構造があります」(同)

田内さんは、国や自治体などが主催する経済関係の有識者会議をこれまで幾度も見てきたという。主な出席者は、企業の代表や、企業を顧客とするエコノミストで、「消費者代表は呼ばれない」。
「そこで話し合われるのは経済効果など、『いかにお金を使わせるか』であって、人々の暮らしが『どれだけ幸せになるのか』は、議題に上がりにくいのです(同)
■土地高騰でも住民にメリットなし
7月1日、国税庁が公表した全国の土地の価格「路線価」の上昇率は2010年以降で最も大きくなった。トップは長野県白馬村で32.4%増。2位は北海道富良野市北の峰町で30.2%増、3位は東京都台東区浅草29.0%増。インバウンド需要が高まり、土地取引が活発化している地域ばかりだ。
「近くに駅ができて利便性が上がり、土地価格が上昇したケースとは異なり、インバウンド需要による土地の高騰は、単に土地を高く買わされるというだけの話です。基本的に住民にはメリットはありません」(同)
■国民の生活は実質的に貧しく
田内さんはマスコミの報道にも違和感を覚えてきた。
「『24年インバウンド消費8兆円・過去最高』などと、日本全体への恩恵のように報じてきましたが、あくまで企業側の視点です」(同)
国は物価高騰といったインバウンドの弊害について、積極的に対策を講じてこなかった。国民の負担も閉塞感も増すばかりだ。
「個人レベルでインフレに対抗するには、資産を増やさなければならない。資産運用に励むに越したことはありませんが、根本的な問題の解決には結びつきません」(同)
日本の物価が安いからインバウンドが増えたという見方もある。
どちらにせよ、インバウンドの消費行動は観光産業には恩恵をもたらす一方で、物価上昇を招き、国民生活を実質的に貧しくしている面があるのだ。
(AERA編集部・米倉昭仁)