やなせたかしが亡くなる4カ月前に伝えたメッセージ 「自分が傷つくことも覚悟して、それでもやらずにはいられない、それこそが正義」【あんぱん最終回】

■絶望するより希望を, ■何のために生まれた, ■史上最弱のヒーロー, ■明日もなんとかなる

 “アンパンマン”の生みの親・やなせたかしと暢の夫婦をモデルにしたNHK朝ドラ「あんぱん」が最終回を迎えた。国民的なアニメ「アンパンマン」は子どもだけではなく、大人の心も癒やす。作品には、社会や人生を見つめ直す深い哲学が詰まっている。2013年10月に逝去したやなせたかしさんは、亡くなる4カ月前の同年6月、映画化25作目「それいけ! アンパンマン とばせ! 希望のハンカチ」の公開を前にAERAのインタビューにこたえていた。AERA2013年7月29日号に掲載された、やなせさんの深い思いが込められたインタビューを紹介する。(《》は地の文です)

 *  *  *

《映画化25作目の作品は、今の日本が直面する現状をどこか想起させる――。

 なんて言うと、社会派超大作について語るようだが、話は子どもたちに大人気のアニメ、アンパンマンの最新映画についてだ。

 ばいきんまんが作りだしたメカ、スゴイゾウが想定外に暴走しはじめ、街中をめちゃくちゃに破壊し、汚泥を撒き散らす。アンパンマンはボロボロになりながらもスゴイゾウに素手で立ち向かい、それを見た、子象のキャラクター、パオが勇気を出して応戦する。パオが鼻から吹き出す「希望のハンカチ」が、街中をクリーンにするというストーリーだ。》

■絶望するより希望を

 《「想定外の暴走」は、人間がどんなに先端技術を駆使しても、立ち向かえない大震災のようだ。ハンカチが街をキレイにしていくところは、東北の復興の歩みを思わせる。

 原作者のやなせたかしさんは言う。》

「毎年映画をつくるために、何をテーマにしようか考える。今、日本の社会にとって一番大きな問題は何なのかと考えた時に、大気汚染や放射能による土壌汚染じゃないかと思った。被災地には瓦礫の山が残っていて、いつ復興が完了するのか、途方もない状況がある。被災者の中には、有機農業を一生懸命やってきて、やっと収穫の時期が来たら放射能で全部ダメになった人もいる。自殺者まで出た。確かに、絶望的で前途真っ暗な時代。しかし、くじけてしまえば全部おしまい。希望が一筋でもあるなら、我々は絶望するより希望に向かって進んで行こう。これをどうしても言いたかった。だから今年のテーマは希望にしようと決めた」

 《やなせさんは、人一倍、震災に対して思い入れがある。90歳を過ぎて体調を崩し、そろそろ引退しようと考えていた。その時、震災が起きた。》

■絶望するより希望を, ■何のために生まれた, ■史上最弱のヒーロー, ■明日もなんとかなる

■何のために生まれた

「僕はがんもやったし、心筋梗塞や膵臓炎など10種類以上の病気もやって、死ぬ寸前までいった。目もほとんど見えないし、耳も聞こえなくなってきた。あらゆる公職を辞めて、きれいさっぱり業界も引退しようと考えていた。生前葬をやって、僕の編集する雑誌で追悼号を作ろうと、そこまで考えていた。そこに震災が起きた。被災者のことを考えれば、自分が引退なんて言っていられない。命ある限り全力を尽くしてやろうと、そう決めたんだ」

 《そんなとき、被災地からニュースが流れてきた。ラジオから聞こえてきた「アンパンマンのマーチ」に、傷ついた子どもたちが元気づけられ、被災者が一斉に歌い、笑顔を取り戻している、と。このころ、ラジオ局にはこのマーチへのリクエストが殺到した。》

「このニュースにはびっくりしたね。本当にうれしかった。アンパンマンのマーチの歌詞は実は、アニメの中で一番難しい。だって、子ども相手に、何のために生まれて、何をして生きるのかと聞くんだから、こんなの幼児番組の歌じゃないんだよ。子どもは歌ったりしないんじゃないかと思っていた。でも、子どもたちにはちゃんと伝わっていたんだね。

 僕は長年、幼児向けの作品を作ってきたけど、子どもが喜びそうなものをすり寄って作ったことは一度もない。子ども向けだからと、内容を加減したこともない。

 一つは幼児番組というのは、実は視聴者層は大人だとわかっているから。赤ちゃんは自分でチャンネルを選べないから、決めるのは親。映画館でも、映画を見て親が感動して喜ぶと、それを見て赤ちゃんも喜ぶ。だから、大人にちゃんと伝わる作品を作らなければ意味がないとずっと思ってきた。

 そしてもう一つ、実は子どもはばかにできないことを僕は知ってる。アンパンマンを最初に発表した時に、批評家には散々批判された。こんな弱々しいヒーローがウケるわけないと言われてね。でも、アンパンマンは面白いと言いだしたのは、3歳くらいの子どもたちだった。子どもは純粋で何にも知らないからこそ見抜けるんだと思う」

■史上最弱のヒーロー

 《現在のアンパンマンにつながるキャラクターが生みだされたのは1973年。その時から一貫しているのは、困った人に顔の部分のアンパンを差し出し、助けるという設定だ。そこに込めたのは、やなせさん自身が戦争を経験したからこそ、人生をかけて伝えたいと思ってきた哲学だ。》

「作品を通してずっと描いてきたのは、正義とは何か、本当の強さとは何か、ということなんだよね。当時流行していたヒーローものは、正義の味方が現れて怪獣をやっつけるというものが多かった。だけど、それを見ながら僕は思ったんだよ。怪獣側に言わせれば言い分があるんじゃないかと。生きるための自然を次々と破壊されて、ビルなんかが建てられてしまったんだから、暴れるのは当然だと言いたかったんだと思う。つまり、どちらの側から見るかで、正義は真逆になる。正当性なんてものはない。

■絶望するより希望を, ■何のために生まれた, ■史上最弱のヒーロー, ■明日もなんとかなる

 本当の正義というのは、相手をやっつけるということではないんだよ。そこにひもじい人がいれば一切れのパンをあげる、そこにおぼれそうな人がいれば助けてあげるということ。そして、それをやる人は非常に強い人かといえば、そうじゃない。例えば、線路に落ちた人を助けようとして自分が死んでしまった人がいる。この人はごく普通の人。ただその時に、それをせずにはいられなかった。決して強くはない人が、自分が傷つくことも覚悟して、それでもやらずにはいられない、それこそが正義だと思う。

 アンパンマンはちょっと水にぬれただけで弱ってしまって、すぐジャムおじさんに助けを求める。史上最弱のヒーローなんだ。我々と同じで非常に弱い。弱いんだけど、どうしてもやらなくちゃいけない時は、自分を犠牲にしてでも戦う。それが本当の正義だし、本当の強さだと僕は思っている」

 《だからこそ、やなせさんはこだわる。アンパンマンは武器を使わない。特殊な光線を出したりもしない。戦う時は常に自分の力だけだ。

 一方、敵役であるばいきんまんは、絶対に死なない。体の中に菌があるからこそ、免疫ができて健康でいられる。世の中もこれと同じで、反対派を全部やっつければファシズムに走ると思うからだ。》

■明日もなんとかなる

 《アンパンマンに込めたメッセージに加え、やなせさんは、子どもたちに「美しいもの」を見せたいと思って描いてきたという。》

「いま汚らしいものを喜ぶ風潮がある。刺激的だったり、暴力的だったり。漫画やアニメ、雑誌の挿絵を見てもそうだけど、なんでそうなっちゃったのか。僕はきれいなもののほうがいい。それを甘いと言う人もいるけれど、僕はそれでいいと思っている。僕は時代遅れなんだろうけど、叙情性を大事にしたいと思ってずっと描いてきた」

 《今年、94歳になった。本人は、「もうそろそろ天命が尽きる」と冗談を交えながら語る。人生を振り返りながら言う。》

「アンパンマンの人気が出たのは僕が50歳を過ぎてから。それまではいろいろな仕事もやってきたけど、代表作もなく苦しい時代だった。それでもなぜ僕がずっと希望をもってやってこられたかというと、10年後なんて考えないできたから。今日一日生きられたら、明日もなんとかなるかもしれない。そう思って、絶望しないで今を一生懸命やっているうちに、いくらかはいい方向にいった。人生ってそういうことの繰り返しなんじゃないかと思うんだよね」

 《やなせさんは、自らの「子ども」だと呼ぶ、アンパンマンのキャラクターたちに囲まれて、ニカッと笑った。》

(AERA編集部・木村恵子)

※AERAは10月下旬に「やさしくなりたいプロジェクト」を立ち上げます。やなせさんの言葉にも通じるメッセージを届けます。