エンタメにグルーヴを OKAMOTO'S ハマ・オカモト

OKAMOTO'S ハマ・オカモト。ロックバンドOKAMOTO'Sのベーシストとして強烈なグルーヴを生み出しつつ、ライブのMCも軽妙。数多くのアーティストの楽曲にも参加し、星野源の「恋」でのベースプレイは日本中で聴かれた。ラジオパーソナリティーからテレビ番組の司会まで多岐にわたる活動で、今やエンタメ界のキーパーソンの一人だ。
* * *
テイラー・スウィフトの婚約が話題になっていた2025年8月28日。ハマ・オカモト(34)は、ロックバンドOKAMOTO'Sのベーシストとして、東京のライブハウス・恵比寿リキッドルームのステージに立っていた。この日は、ヒップホップグループ・梅田サイファー主催のイベントにゲストとして出演。OKAMOTO'Sは熱気溢れるロックミュージックを響かせ、満員の観客を沸かせた。
強烈なグルーヴを生み出すハマの演奏も絶好調。梅田サイファーには今をときめくCreepy NutsのR-指定も参加しているのだが、この日は出演せず。そのことをネタにして「確認したいんですけど、今日はR-指定さんは来ないんですよね?」と会場を和ませるトークも彼らしい。

ハマはこの日、レギュラー出演中のラジオ番組「THE TRAD」の生放送を終えてから会場入り。ぶっつけ本番に近い状態でライブに臨んだ。
OKAMOTO'Sの活動の傍ら、数多くのアーティストの楽曲やライブに参加。さらにラジオパーソナリティー、テレビ番組の司会など、その活動は多岐にわたる。優れた演奏家であるのはもちろん、今やエンタメ界のキーパーソンの一人だと言っていい。音楽シーン広しと言えど、こんなに名を知られた“ロックバンドのベーシスト”は稀だ。
「いろいろやらせてもらっているんですけど、すべて音楽に付随する活動だと思ってます。みなさんに音楽の魅力をお伝えする機会になっているし、ラジオやテレビを通して『この人、バンドやってるんだ?』と知ってもらえることもあるので。メンバーそれぞれの活動があって、それをバンドに還元できるのもOKAMOTO'Sの強みですね」

■絶妙で複雑なバランス感覚 「誰もやらなそう」でベース
バンドへのピュアな愛情、プレイヤーとしての才能、そして、自身のポジションを俯瞰し、求められることに応えるセンス。この絶妙にして複雑なバランス感覚こそがハマの個性であり、魅力だ。
ハマ・オカモト、34歳。
野球好きの少年だったハマが楽器を手にしたのは、中学2年のとき。きっかけは「友達と音楽の話をするため」だった。
もともと友達だったオカモトショウ、オカモトコウキ(OKAMOTO'S)が先に軽音楽部に入部。ショウはドラム、コウキはギターをやりはじめ、話題は音楽の話ばかりに。一方、ハマは親の車で流れていたスピッツやサザンオールスターズくらいしか知らなかったため、「このままだと友達の輪から外れちゃう」と心配になり、軽音楽部に入ることを決めた。ベースを選んだ理由の一つは、コウキの「誰もやっていない楽器だよ」という一言。人と競争するのが嫌いな性格だったから、誰もやらなそうな楽器のほうがよかったのだ。

初めて仲間とセッションしたのはザ・ビートルズの「デイ・トリッパー」。演奏するのは洋楽だけという軽音楽部のルールもあり、60~70年代のロックやブラックミュージックにのめり込んだ。通っていた学校は自由な校風で知られる和光学園。「制服がなく、茶髪もピアスもOK。決まってるのは上履きだけ」という学校生活のなかで、ハマたちが音楽に夢中になったのは当然だった。
「廊下でベースを弾いて怒られたり、ぜんぜんマジメな生徒じゃなかったですけど、学校は面白かったです。生徒同士で可決すれば校則を変えられるって、すごくないですか? 高3で生徒会長をやってたときに体育祭をなくそうと提案して、体育会の生徒からブーイングされたのもいい思い出というか(笑)。先生ともめちゃくちゃ近い関係で、毎日のようにディベートみたいな状態になるんですけど、年上の人と意見を言い合った経験は今の活動に活かされてるかもしれないです」

「音楽で食っていくなんて考えてなかった」というハマ。しかし、仲間たちと自由に遊びながら培ってきたバンドサウンドは、本人たちの想像を超える速さで世間の注目を集めることになる。
デビューのきっかけは、OKAMOTO'Sのメンバーも参加したバンド“ズットズレテルズ”として出演した10代限定の夏フェス「閃光ライオット2009」。ズットズレテルズはほどなく解散したが、そのパフォーマンスが業界人の目に留まり、OKAMOTO'Sにレコード会社から声がかかったのだ。
じつはOKAMOTO'Sはハマが中学のときから存在していて、当初はメンバーではなかった。ところがベースを担当していた仲間が大学進学を機にバンドを抜け、「ちょっと手伝って」という形でハマが参加することに。
■10代とは思えない完成度 “愛すべきクソガキたち”
当時のハマの将来像は、意外にも学校の先生。「和光は面白い先生ばかりだったから、ここに戻ってこれるならいいかも」というのがその理由だが、結局はバンドでデビューする道を選んだ。
「地方でライブして、美味しいものを食べて。そんなの楽しいに決まってるじゃないですか(笑)。毛皮のマリーズ、THE BAWDIESなど、僕らがカッコイイと思っていた先輩のバンドが評価されていたこともあって、『俺らもいけんじゃね?』と」
筆者が初めてOKAMOTO'Sのライブを観たのはデビュー直前の2009年9月。渋谷のライブハウスだったのだが、高い演奏技術、ディープな音楽性を含め、10代のバンドとは思えない完成度を誇っていた。ただインタビューの場ではお世辞にもお行儀が良いとは言えず。当時の彼らの印象は“愛すべきクソガキたち”だった。
「生意気だったと思います。デビューから1年半でアルバムを3枚出したんですけど、取材で『すごく速いペースですね』と言われて、『いやいや、ビートルズも同じくらいのペースで出してますから』とそっけなく答えたり。10代とは思えない演奏力だねと言われてもピンと来なかったんですよ。学校の音楽室で好きなようにやってたことだし、大したことじゃないよと。クソガキでした(笑)」
(文中敬称略)(文・森朋之)
※記事の続きはAERA 2025年9月29日号でご覧いただけます。