“F-35・アグレス”だけじゃない!「小松基地航空祭」で見たい展示機まとめ

<小松で運用を確立!:F-4EJ改 (87-8404)>, <最後の有人戦闘機と言われた:F-104J (46-8646)>, <“ちょっと変わった”初期型ハチロク:F-86F-25 (52-7408)>, <武装はロケット弾だけの戦闘機:F-86D (14-8217)>, <ジェット練習機:T-33A (81-5379)>, <三自衛隊で運用 創成期の初等練習機:T-34A (61-0402)>

小松空港 2023年10月7日撮影 87-8404 三菱 F-4EJ改 ファントムII 航空自衛隊

石川県の航空自衛隊小松基地で2025年10月5日(日)、「小松基地航空祭2025」が開催されます。今年はブルーインパルスの参加はありませんが、代わりにF-15Jや4月1日から同基地への配備が開始されたF-35Aが登場する見込み。機体ごとに異なる識別塗装が施されている、飛行教導群「アグレッサー部隊」の機体による展示飛行にも注目です。

展示飛行にも期待が高まる小松基地航空祭ですが、同時に見ておきたいのが同基地に展示されている保存機たち。基地内には正門奥のF-4EJ改のほか、外周道路に沿って200mほど進んだ場所に5機の保存機が展示されています。この機会に全機を見ることができるよう、展示機を紹介します。

【展示機紹介】

<小松で運用を確立!:F-4EJ改 (87-8404)>

航空自衛隊ではマクドネル・ダグラス社製F-4シリーズのうち、機首に20mmバルカン砲を固定装備するEJ型を140機導入して、1971年から2021年までの50年間にわたって運用しました。小松基地には1976年に3番目のF-4EJ飛行隊である第303飛行隊が新編され、1981年に6番目の第306飛行隊が設立。1989年11月以降に能力向上改修を終えた量産型の“F-4EJ改”は、まず第306飛行隊に配備されて、部隊での運用方法を確立させるなど、小松基地に深いゆかりのある機種です。

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© FlyTeam Mochi7D2さん茨城空港 2020年2月18日撮影 87-8404 三菱 F-4EJ改 ファントムII 航空自衛隊

展示機は1978年に領収され、1991年に“改”となり、2020年4月21日に百里基地第301飛行隊からのフェリーフライトを最後に引退した機体。現在は正門近くに置かれており、垂直尾翼左側には第303飛行隊のマーク、右側には第306飛行隊のマークを描いています。

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© FlyTeam てくろくさん小松空港 2022年10月8日撮影 87-8404 三菱 F-4EJ改 ファントムII 航空自衛隊

<最後の有人戦闘機と言われた:F-104J (46-8646)>

F-104は細長い胴体に非常に薄い主翼を持ったマッハ2級の戦闘機で、デビュー当時は「最後の有人戦闘機」と言われました。航空自衛隊は単座のJ型を210機、複座のDJ型を20機導入して、7個戦闘飛行隊に配備。退役後に14機が無人標的機に改造され、訓練で使われました。固定武装として20mm機関砲を機首左下に備えています。

小松基地には1965年に5番目のF-104飛行隊として第205飛行隊が新編され、運用を開始。1969年2月には、帰投中のF-104J(76-8691)が落雷により金沢市内に墜落する痛ましい事故が発生。事故をきっかけに着陸コースが見直され、現在もその際に制定された経路を使用しているといわれています。展示機は1964年に納入され、1981年に退役した機体で、垂直尾翼には第6航空団の6をデザインしたマークが描かれています。同時にインテイク後方には「赤で描いた6」をモチーフにした第205飛行隊の旧マークも記入されています。

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© FlyTeam kanade/[email protected].さん小松空港 2012年9月23日撮影 46-8646 三菱 F-104J スターファイター 航空自衛隊 © FlyTeam てくろくさん小松空港 2023年10月7日撮影 46-8646 三菱 F-104J スターファイター 航空自衛隊

<“ちょっと変わった”初期型ハチロク:F-86F-25 (52-7408)>

F-86Fは航空自衛隊の創成期から1960年代の主力であった昼間戦闘機で、機首に6丁の12.7mm機銃を備えています。初代ブルーインパルスの使用機として知られています。展示機は1956年に米軍から供与されたF-86F-25という初期型で、主翼前縁の中ほどに境界層板が1枚立っていることが特徴です。F-86Fは国内に35機ほどが展示されていますが、このような主翼の機体は本機を含めて5機しかありません。「レア」な機体なので、お見逃しの無いように。

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© 山本 晋介小松基地に展示されているF-86F-25「52-7408」の特徴イメージ:主翼前縁の中ほどに1枚の境界層板が付けられています。

垂直尾翼には第4飛行隊のマークを描いています。第4飛行隊は1957年に編成されてから1975年6月に閉隊するまでの18年間、一度も大事故が無かったことで知られています。その下に描かれたシリアルナンバーの最初の数字は領収年(西暦の下一桁)を表していますが、本機と次の409号機の2機は書類上では1956年2月に納入。現在のルールでは「62-7408/62-7409」となるはずの機体ですが、実際には「52-7408/52-7409」の番号が割り当てられています。自衛隊発足2年目、何らかのトラブルが生じて納入が遅れたものの、当時はその対処法が定まっていなかったので、番号を書き直さずそのまま運用していたと推測されます。

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© FlyTeam てくろくさん小松空港 2023年10月7日撮影 52-7408 ノースアメリカン F-86F-25 セイバー 航空自衛隊

<武装はロケット弾だけの戦闘機:F-86D (14-8217)>

F-86Dは航空自衛隊の創成期に米空軍から122機が供与され、1968年10月に引退するまで、主として千歳基地と小牧基地に配備されました。機首にレーダーを備えた全天候戦闘機ですが、武装はコクピット下方の胴体下にある収納式のパッケージに収まった24発のロケット弾のみ。レーダーを使って近づき、ロケット弾を一斉に発射して、その弾幕で敵機を包みこんで撃墜するという用法の迎撃戦闘機でした。

国内には18機のF-86Dが残されていますが、残念ながら小松基地の展示機を含む6機は、このロケット弾パッケージを格納もしくは取り外した姿となっており、見ることができません。本機の垂直尾翼に描かれているのは千歳基地第103飛行隊のマークで、二本の白フチ付きの青帯が第二航空団を表しています。

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© FlyTeam TA27さん小松空港 2019年9月16日撮影 14-8217 ノースアメリカン F-86D-45 セイバー 航空自衛隊

<ジェット練習機:T-33A (81-5379)>

航空自衛隊では1955年から1991年3月まで、パイロット養成を目的にT-33Aを運用。後継機であるT-4の登場後も各部隊で訓練支援等に使われていましたが、1999年11月に発生した墜落事故がきっかけとなって全機が退役しています。展示機は川崎重工で製造され、1958年に納入された機体。1991年に用途廃止になりました。垂直尾翼には、第306飛行隊のマークを描いており、現在も全国に約40機が展示されているT-33Aのうちの1機です。

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© FlyTeam てくろくさん小松空港 2023年10月7日撮影 81-5379 川崎 T-33A 航空自衛隊

<三自衛隊で運用 創成期の初等練習機:T-34A (61-0402)>

T-34Aは、自衛隊創成期の1954年に最初の10機が輸入されたのちに富士重工(現・SUBARU)でノックダウン生産を経て、ライセンス生産されたレシプロ単発複座の小型機。陸海空の三自衛隊で使用され、航空自衛隊では初等練習機や救難機として143機が登録。1982年度末まで活躍しました。

この展示機は1956年に納入され、1983年1月に小牧基地の救難教育隊にて用途廃止になった機体。航空自衛隊のT-34Aは操縦席部分だけのものを含めて16機ほどが国内に残されていますが、中でも同機は空自で最後まで運用されていた4機のうちの1機です。尾翼にはマークが記入されていません。

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© FlyTeam TA27さん小松空港 2019年9月16日撮影 61-0402 富士重工 T-34A メンター 航空自衛隊

以上、小松基地で見られる展示機を紹介しました。第306飛行隊に配備され、小松基地で部隊の運用が確立されたF-4EJ改や、機体記号が“ちょっと変わった”F-86Fなどの展示機を、ぜひこの機会に見てみてはいかがでしょうか。