亡き父の遺品整理で“目を疑う写真”を発見。母親を問い詰めたら「信じられない過去」が明らかに
”若気の至り”という言葉があるように、誰でも若い頃には無茶をしたり、はめを外したりした経験があるのではないでしょうか。ただ、その”外し様”は人によってさまざまです。
今回は、尊敬する真面目な亡き父親の信じがたい過去に迫ります。人は変わるものですね。
◆尊敬する父の背中を追って歩んだ道

※写真はイメージです(以下同)
今回取材に応じてくれた田村さん(仮名・36歳)は、大学卒業後に研究者だった父の強い勧めを受けて公務員の道を選んだそうです。
「父さんから『安定した仕事に就け』と何度も言われたんです」と、当時を振り返ります。父親のことを尊敬していた田村さんは、父親の言葉通り某地方都市の市役所に採用され、今では環境整備課の主任を務めています。
その後、一人っ子の田村さんは、4年前に幼馴染と結婚し、親子ローンで二世帯住宅を購入。家族仲良く順風満帆な生活を送るもつかの間、父親が病に倒れその生活が一変します。
精密検査を受けた父親は、余命3ヶ月のスキルス胃がんでした。
「元々病院嫌いの父親でしたが、一緒に住むようになってからは、年に一度の健康診断を受けさせていて、特に異変はなかったんです。だから余命宣告を受けたときは、頭が真っ白になりました」
と振り返る田村さん。しかし、治療の甲斐もなく、9月の終わりに息を引き取りました。お棺の中で安らかな表情を見たとき、田村さんは胸の奥から込み上げるものがあったといいます。
◆書斎で見つけた一枚の衝撃写真
四十九日も終わり、田村さんが父親の書斎を整理していたときのこと、本棚の隅に一枚の古い写真を見つけます。写真には、街道沿いの駐車場で改造バイクを背に特攻服姿の若者たちが並ぶ姿が写っていたそうです。
その写真を手に取った瞬間、田村さんの表情は固まったといいます。写真の中央に、体を斜めに向け鋭い視線をカメラに向ける男性の顔には見覚えのある大きなほくろがあり、どう見ても父親の若い頃にしか見えなかったといいます。
「パンチパーマに紫の刺繍入りコスチューム……。最初は、そっくりさんの写真だと思っていたのですが、見れば見るほど父親なんです。まさか当時合成写真なんかを作るはずもありませんし」
◆母の沈黙と、ついに語られた過去
動揺を抱えたまま階下に降りた田村さんは、母に写真を突きつけました。
「母親はテレビで韓国ドラマに夢中だったのですが、テレビと母親の間に割り込み『これ、父さんだよね?』言ったんです」
母は一瞬で顔色を変え、「知らないわよ、どこかで拾ってきたんじゃない?」と慌てた様子で否定しました。
しかし田村さんは引き下がりません。
「でも、このほくろ。間違いないよ」と、田村さんは真剣な眼差しで母親をにらんだそうです。すると、母親は観念したように深いため息をつき、「実はね……」と口を開き始めました。
父親は若い頃、地元で名を馳せた暴走族の総長だったというのです。しかし、ある日厳格な祖父に見つかってしまい、勘当寸前まで叱責されたというのです。
「あなたと一緒で、お父さんも祖父さんのことを尊敬していたし、とても厳しい家庭だったから、祖父さんが絶対だったのよ」と、母親は、話してくれたそうです。
その後、父は3ヶ月で足を洗い、予備校に通い直して大学進学を目指したのでした。
◆武勇伝から研究者、そして父へ
「母さんだって、そんな話を知ったのは結婚してだいぶ経ってからだったのよ。ある日ポロっと武勇伝みたいに話してくれてね。私も驚いたわ」と母親は微笑んで話してくれたそうです。
そんな父親は、大学卒業後、物理学の研究者として大手企業に就職しました。真面目な性格で、常に理知的で誠実な人だったといいます。田村さんはそのギャップに、ただ驚くばかりでした。
「正直、信じられませんでした。でも、あの厳しさや責任感は、そういう過去を経たから生まれたんではないかと思っています」
遺品から見つかった一枚の写真は、父の知られざる顔を映していました。しかしそれは驚きだけでなく、父の人間的な深さを改めて感じさせるものだったそうです。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営