バッシングがすごかった…泉ピン子が語る「共演者いじめ」の真実
2025年の9月で78歳となった泉ピン子さん。2025年も3月に放送したスペシャルドラマ『花のれん』(テレビ朝日)につづき、現在放送中のドラマ『寺西一浩ミステリー・SPELL・死因』(BSフジ 日曜24時30分~25時)に霊能者役で出演中だ。7月には昭和音楽大学でクラシックの生演奏と共に講演会をし、10月28日には東京・三越劇場での講演会も開催される。さらにこの日は佐藤隆太さん、星野真里さん、あめくみちこさんとの公開記者会見で「新作舞台」の発表もあるのだという。まさに年を気にせぬ活躍ぶりだ。
デビューしてから来年で60年になるピン子さんは、『おしん』や『渡る世間は鬼ばかり』といった国民的ドラマに出演し、『ぴったんこカン・カン』などのバラエティでも活躍し、ずっとパワフルに活躍してきた源はなにか。自身のエッセイ『終活やーめた。 元祖バッシングの女王の「ピンチを福に転じる」思考法』を読むと、順風満帆どころか、ピンチだらけの人生だったことが浮かび上がる。
ピン子さんはそれらをすべて「チャンス」につなげてきたのだ。
78歳でなお前に進み続ける元気の秘密に迫るためにも、本書より抜粋して紹介する第6回は、「共演者いじめ」と言われたエピソードの真相を伝える。
2022年が「転機の年」になった理由
2022年は、私にとって転機になった年でした。念願だった朗読劇を始めることができて、もうそれだけで最高の一年。あと一つ、前年の4月に亡くなった橋田壽賀子先生の、私なりの一周忌として、火葬の後の納骨の際に少し分けていただいたお骨を、先生が大好きだった海へ散骨できた。そのことも、自分がしっかりと前を向いて進んでいく上で、とても大きな出来事でした。

内館牧子さんのベストセラー『すぐ死ぬんだから』を完全朗読舞台化した。2022年4月1日に情報解禁だった
誰にとっても、大切な存在をなくした後って、心に大きな穴が空いたみたいになる。私が、朗読劇の記者会見のときに、あえて橋田先生の散骨を済ませた話をしたのは、そういう哀しみの鎮め方もあるってことが、誰かの参考になればいいなと思ったこともあります。それに、残された身とし ては、何度だって誰かと一緒に先生のことを悼み、偲びたいものなんですよ。
でも、そんなふうに私のやり方で故人を偲んだことが、某週刊誌に「散骨は真っ赤なウソ」「撒いたのは魚の骨か?」なんて書かれてしまったことは、ものすごく残念でした。先生のお葬式にも、火葬場にもいなかった人の話をどこからか聞いてきて、「ピン子の言ってることは全部作り話」なんて……。
75 歳のばあさんを貶おとしめて、何が面白いんだろう?
叩かれるニュースの方が多かった
その発言をしている“関係者”や記者は、自分の名前も顔も出さないで、こっちばっかり有る事無い事書かれちゃう。橋田先生との代表作「渡る世間は鬼ばかり」じゃないけど、誰に迷惑かけてるわけでもないのに、私には敵というか アンチが本当に多い。
20 ~ 30 年ぐらい前、あまりに酷いことを書かれるから、当時の マネージャーがスポーツ新聞に抗議したら、「うちはスポーツ紙ですよ。泉ピン子と 松田聖子の記事を書いたら売れるんです」って言われたんだって(笑)。 テレビを通じて泉ピン子の名前が売れてから 50年以上経つけど、私がニュースになるときって、褒められることよりも、貶されたり叩かれたりすることの方が断然多かった。同じ泉ピン子の記事でも、幸せなニュースなんて、お金出してまでは読まないん でしょう。しかも、私は元々、誤解されやすいタイプだったからね。

撮影/大坪尚人
その誤解される原点が、私が売れるきっかけになった「テレビ三面記事 ウィーク エンダー」っていう番組にあったと思う。普通のニュースが扱わないB級事件を、再現フィルムやフリップボードを使って解説する内容で、日本PTA全国協議会が選ぶ「子供に見せたくない番組」で上位にランキングされたこともある番組。私は、その頃から下世話なネタをあけすけに解説するのが得意だったので、下ネタ絡みの事件でも、「アレとアレが……」なんて遠回しに言わずにそのものズバリを言っちゃってたの。
でも、その方が人間って、考える余地がなくなって、いやらしいことを想像せずに、「ワハハ」って笑って、「はいおしまい! チャンチャン」ってなるもんだと思ってた。だから、心臓に毛が生えていて、どんなに叩かれてもへこたれない女っていうイメ ージが、そのときにもうついちゃった。
「共演者いじめ」の真実
取材されるのも好きじゃなかったから、インタビューで不貞腐れた回答をして、それを読んだ西田くんから、「もうちょっと素直になりなよ」って忠告されたこともありました(笑)。 結婚したら夫の浮気問題でバッシングされて、そのあとは、事務所から独立後の負 債問題で有る事無い事書かれて、ほかにも、「共演者いじめ」みたいな記事が、当時の週刊誌やワイドショーを賑わせたり。ちょっと思い出すだけでも、本当にいろんないやーな見出しが蘇ってくる。

同じ年の親友・西田敏行さんと 写真/『終活やーめた。』より
でも、これだけは言えます。私はいじめがどんなに卑しいことかを知っているんで す。それこそ、「ウィークエンダー」時代に、誰かが取材した殺人事件の解説なんかを聞きながら、しょっちゅう「犯人の娘や息子には罪はないのに、その子どもがいじめられたり、肩身の狭い思いをする世の中って変だよな」って思ってた。殺人じゃなくても、何かしらの事件を起こせば、その家族が冷たい目で見られる。それは可哀想。どうして偏見なんか持たずに、人対人として付き合ってあげられないんだろうって。いじめなんかする人は、人としての品性がないって自ら宣言しているのと同じ。そのくらい卑しいことだと思う。
なんで私が「共演者いじめ」って書かれたかというと、たまたまそのとき共演していた若手の俳優さんが、勉強とお芝居の両立がうまくいかなくて、現場の進行が滞ったことが多かったんです。それで、あるとき私が、「私たちはあなたに精一杯協力しているんだから、セリフぐらいちゃんと覚えてきなさい」と注意したんです。本当は番組のプロデューサーが言うべきことを、私が代わりに言ってあげたの。私自身、先輩から注意されて、たくさん怒られて、それで今があると思ったからなんです。
◇後編「千秋楽の後に…泉ピン子が語る「助けていただいた」大・大・大女優が教えてくれたこと」では、「たくさん怒られた先輩」のひとり、杉村春子さんが教えてくれたことをお伝えします。