狂犬病「予防接種なし」で海外渡航した男性の顛末
野犬とキス。筆者が取った命知らずな行動
筆者が野犬の“ハレーム”を経験したのは、東ヨーロッパのジョージアから夜行列車に乗り、アルメニアに移動している道中だった。
【写真を見る】ジョージアの野犬の様子はこんな感じ
私は出国手続きのため、駅のホームにあるキオスクのような建物で、係員にパスポートを提示する必要があった。列車を降りると、乗客が20名ほど先に並んでいた。私はバッグを背負い、この列に加わった。周囲には5匹くらいの野犬が尻尾を振り、嬉しそうに動き回っていたが、特に気にならなかったのには理由がある。
ジョージアでは日本で野良猫を見かけるより高い頻度で、寝転んだり走り回ったり、市内のあちらこちらで野犬の存在を確認できる。同国に渡航して4日目を迎えていた私は、野犬が生活圏にいることに“慣れ”てしまっていた。

ジョージアの街中で寝転ぶ野犬(筆者撮影)
ちなみに野犬の耳にはタグが付いており、これは行政が「狂犬病ワクチンを打ちましたよ」といった証明になっているのだが……2022年と2024年、同国では狂犬病による死亡者が報告されている。

厚生労働省「狂犬病の発生状況」資料。日本を含めた数カ国しか狂犬病清浄地域はなく、世界のほとんどの国で狂犬病に感染するリスクがある(厚生労働省サイトより引用)
自分の順番が近づいてきた私はバッグを床に置き、しゃがみこんだ状態でパスポートを取り出そうとした……その瞬間、3匹の野犬が飛びかかり、私の顔をペロペロと舐めてきた。微笑ましい光景に周りの乗客たち、険しい顔をしていた警備の男性でさえ満面の笑顔だ。しかし、気のせいでなければ、野犬の舌が私の唇に触れたような気がする……。
狂犬病は、狂犬病ウイルスに感染している動物に咬まれたり、傷口や粘膜を舐められたりすることで感染する。潜伏期間は通常1~3カ月間ほどで、発症前に狂犬病の感染を診断できる検査はない。一度発症すると神経症状を伴って、ほぼ100%の確率で死亡する。
厚生労働省の発表によると、2020年にフィリピンから来日した外国籍の方が、日本国内で狂犬病を発症(輸入感染症例)。同年6月に亡くなった。2006年にはフィリピンから帰国した日本人2名が、狂犬病を発症し亡くなっている。

ジョージアの野犬と夜行列車(筆者撮影)
列車に戻り、「あれ? さっきの犬、タグ付いてたっけな?」といった小さな不安に襲われた私だが、このとき電波の関係でスマホが使えなかった。狂犬病についてGoogle検索できなかった私は、「せっかく海外に来たんだから楽しまなきゃ損だ」と考え、飲みかけのビールで喉を潤しながら旅を続行した。
脳に近いほどヤバイ…。それでも筆者がワクチンを打たなかった理由
野犬にキスされて36時間が経った頃、手持ち無沙汰から、私は宿泊したホテルで狂犬病について検索。前述した狂犬病の「恐さ」について初めて知った私は、「これはちょっとヤバイかもしれない……」と焦りを感じ始めた。
例えば狂犬病ウイルスは、脳に近い部位から侵入するほど潜伏期間が短くなり、症状が早く進行する。つまり唇にキスされた私は、手や足からウイルスが侵入したケースよりも緊急性が高い。また狂犬病ワクチン(暴露後摂取)は受傷後、24時間以内に開始することが望ましく、受傷後はすぐに傷口を流水と石けんで洗うことが重要になる。
もしも狂犬病の予防接種(暴露前摂取・通常3回摂取)を受けていた場合は、感染リスクを大幅に低減できるそうだが……。もちろん私は受けていなかったし、なんならビールで野犬の唾液を飲み込んだかもしれない。

フランス製の狂犬病ワクチンVerorab(筆者撮影)
自分の中で「たぶん大丈夫だろう」といった考えは強かった。そもそも私にキスしてきた野犬が狂犬病である確証はない。もしも普通の犬だった場合、何の心配も問題もないわけだ。しかし人間とは不思議なもので、ほんのわずかでも「万が一の場合は確実に死亡」という事実を突きつけられると、猛烈な不安とストレスに襲われるらしい。
それでも私が病院に行くのを躊躇ってしまったのは、お金の心配をしていたからだ。
もう少し正確に表現すると、狂犬病ワクチンを打つのに全部で10万円ほど(ワクチンは約1カ月間に計5回摂取する)の費用が必要なことはGoogle先生に教えてもらったが、おそらく感染していないであろう病気のために10万円を失うことに抵抗感があった。私は異国の病院に一度も行ったことがなく、英語が不得意なことも躊躇う理由の一つだった。
結局、何の行動もしないままアルメニア観光を終え、私はジョージアに戻った(日本への帰国便がジョージア発だった)。お世話になっているゲストハウスに戻り、女性オーナーに「夜行列車を降りたら野犬にキスされちゃいましたよ(笑)」と報告を入れたとき、オーナーの顔色が変わった。
女性「ジョージアの野犬は本当に危ないの。タグが付いてる犬でも信用しちゃダメ。私も何年か前に犬に咬まれて、すぐにワクチンを打ったわ。世界では年間で6万人近くの人が狂犬病で亡くなっている。今すぐ病院に行きなさい!」

狂犬病ワクチンを接種できるジョージアの病院「Preventive Medicine And Immunization Centre」は24時間営業で年中無休(筆者撮影)
男性は特に注意。狂犬病「心の死角」を生む構造
24時間受診できる病院をスマホで検索→私がゲストハウスを出発したのは22時半前。野犬にキスされてから48時間ほどが経っていた。病院まで約4キロの道のりはランニングで移動した。23時頃に病院に到着した私は、受付の女性に「ドッグ・ワクチン・プリーズ」と伝え、渡された書類に氏名やパスポート番号などを記入……。
先生のいる部屋に入ると、案の定と言うべきか、流暢な英語で話しかけられた。残念ながら私の英語力は壊滅的(センター試験英語の点数は半分以下)なので、私は先生に「My English is not good」と伝えた。その後は簡単な英語とジェスチャー、スマートフォンを使って先生と対話。
佐藤:「野犬に唇のあたりを舐められたのでワクチンを打ってください」
先生:「咬まれたわけではないのね?」
佐藤:「はい」
先生:「じゃあ破傷風のワクチンはいらないわね。大丈夫。ちゃんとワクチンを打てばほぼ100%発症を防ぐことができるから。帰国は明日? じゃあ日本であと4回、WHOの基準に従ってワクチンを打ってください。摂取スケジュールは今日を起点に3日後、7日後、14日後、28日後です。注射後は20分くらいロビーで過ごして、異変を感じたときは声をかけてね。大丈夫ならそのまま帰っていいから」
佐藤:「ありがとうございます!!」
先生:「あ、ジョージアのワインがおいしいことはもう知ってると思うけど、今日はお酒を飲んだらダメだからね。明日以降も少量にしときなさい」
注射後、私は先生に何度も頭を下げながら「Thank you very much」を伝えた。ちなみにワクチンは1本6000円くらいで、クレカで支払いできた。大きな大きな安心感に包まれながら、私は病院を後にした。

病院のロビー(筆者撮影)

ワクチン摂取前の光景(筆者撮影)
帰国後は関空の検疫に報告を入れた。担当してくれた職員(医師)からは、「みんな咬まれたらヤバイと思って病院に行くけど、君みたいなケースは心の死角になりやすい。たぶん大丈夫だろうと自己判断して、亡くなってしまうケースが世界では何例もある」「男性は髭剃りの傷が顔にあるかもしれない。そこから狂犬病ウイルスが侵入する危険性は十分ある。現地でワクチンを打ったのは正解だったと思うよ」といった貴重な言葉を頂いた。
日本の常識は世界の非常識。海外旅行保険の確認は必須
残り4回分の狂犬病ワクチンを打つため、私は大阪にあるクリニックに通院した。
先生からは「狂犬病リスク国って死亡者数によって色分けされてるけど、僕個人としては狂犬病に低リスクも高リスクもないと思っているんだ。なぜなら狂犬病は一度発症したらほぼ100%助からないから。色分けすることで“心の油断”を生んでしまう気がするんだよね」といった貴重な言葉を頂いた。

左は狂犬病ワクチン予防接種の国際証明書。右はジョージアで渡された狂犬病予防接種カード(筆者撮影)
筆者はこれまでに世界40カ国を旅したが、その度にいつも「日本の常識は世界の非常識」であることを痛感させられている。例えば今回の経験で私は、グローバルスタンダードは「犬はカワイイ生き物」であると同時に、「非常に危険で、命の危険さえある恐ろしい生き物」であることを学んだ。この感覚は、日本で暮らしていたら滅多に経験できないものだ。
これは補足だが、私が日本で4回打ったワクチンは、ジョージアで打ったワクチンと同じ「Verorab」だった。料金は1本1万2000円(保険適用外)。ここに初診料や再診料、消費税などが加わり、日本での治療費は5万9400円。ジョージアの治療費6000円と合わせて、計6万5400円のお金が飛んだ。
海外旅行傷害保険の自動付帯で楽天カードに救われた
ところがどっこい。私の保有していた年会費1万1000円のクレジットカード『楽天プレミアムカード』は、なんと海外旅行傷害保険が自動付帯されていた。よって今回の狂犬病ワクチンに伴う出費は、通院の交通費を含めて、すべて楽天が負担してくれた。
ネットでは「楽天カードは改悪された」といった声が少なくない。私自身、世界中のラウンジを利用できる『プライオリティパス』に回数制限が設けられたときはガッカリしたが……。海外旅行保険について真剣に調べたことがなかった私は、今回のトラベルのトラブルで、楽天カードに救われた(楽天ありがとう)。
本記事を通して狂犬病の恐ろしさ、海外旅行保険の大切さなど、アナタに何か一つでも役立つ情報をお届けできたのなら、肉体派ライターとしてこれ以上の喜びはない。

ワクチン接種後の筆者(ジョージア人撮影)
ジョージアの旅行編はこちら。ちなみに、筆者に「病院に行ったほうがいい」と警告してくれた親切なオーナーの営む宿は後編に登場。1泊約2668円でシャワートイレ付に清潔な部屋を利用でき、大満足だった。