長澤まさみが「女は赤を着たほうがいい」と言われて感じたこと
江戸時代を代表する浮世絵師、葛飾北斎のように父親が全国的に名の知られている有名人だったら──? その子どもが抱えるプレッシャーの大きさは想像にかたくない。
10月17日(金)北斎の娘であり、また弟子として、北斎が90歳まで共に暮らした葛飾応為の生きざまを描いた映画『おーい、応為』が公開となる。
応為は赤い着物は一切身につけず、男性用の布地で仕立てた着物を着崩し腰紐を締めた着流し姿も“かっこいい”、煙管がよく似合う女性だ。しかし、絵を見る目は確かだけれど、自分の才能を世に出すまでには至っていない「何者でもない」存在でもある。

©︎2025「おーい、応為」製作委員会
同作で主人公の応為を演じた長澤まさみさんにインタビューをした前編では、「何者でもない」長屋に暮らす絵師の娘の、「かっこよさ」を追求した理由を聞いた。
後編ではそんな応為の「男らしさ」を入り口に、長澤さんが思う「女らしさ」についても聞いていく。
「有名すぎる父を持った娘」の気持ち
葛飾北斎という有名すぎる父を持った応為。長澤さんに自身の両親から重圧を感じたことがなかったかと尋ねると、「なかったですね」ときっぱり。「ただ両親から受けた影響は大きいです。2人ともすごく尊敬しています」と続ける。
「伝統芸能にかかわっている家ではそうかもしれませんが、親子であり、同時に師弟関係があるというのが、私には想像がつかなくて」と長澤さん。
「撮影に入る前には資料をあたったり、現場に入ってからは、「現場で感じたことを、演じながら探っていきました」。
その「想像がつかなかった」親子関係について、長澤さんはどう分析しているのだろうか。
「応為は北斎を心から尊敬していて、だからこそ、北斎から理不尽なことを言われてもへこたれずにやってこられたのだと思います」

撮影/水野昭子
男らしさ、女らしさを超えた存在
豪放磊落なキャラクターについては、「ある人が、応為は男らしさ、女らしさを超えた存在なのではないかと言っていて、なるほどそうかもしれないなと思いました」。
寺島しのぶさんが演じる応為の母・ことが、「女は、赤いものを身に付けるとやさしくなれるんだよ」と応為に語るシーンは、現在においてもさまざまなかたちで議論されている“女性らしさ”について改めて考えさせられる。

©︎2025「おーい、応為」製作委員会
「私も母から似たようなことを言われたことがあるんです。なんでも、できる様にならなくてもいいんだよ』といったニュアンスでのことだったと思います。当時、どんなふうに答えたのか覚えていないのですが、うるさいなあとか、はいはいとか、適当にやりすごしていたと思います(笑)」
しかし、経験を重ね、新たに見えてきた部分もある。
「ここ何年かで、女性らしさというのは、他者を認め、受け入れることに起因するのかもしれないなと考えるようになりました。何か大変なことが起こってもその状況を正確に判断し、事実を受け入れ、乗り越えていく力のような、包容力といってもいいかもしれません」

撮影/長澤まさみ
前述した寺島さんとのシーンは、そんなことを考えながら演じたという。
「映画の現場って、高校生の部活のように、『よし、行くぞ!』的な根性論的な要素があって自然といわゆる“男らしさ”が身に付いてしまうんです。でも、母親であることにあのせりふを言われた時、『あ、そうだよね、女性らしさは忘れないようにしなくちゃ』って素直に思ったんですよね。不思議な感覚でした。また、女性らしさって、人それぞれ違うんだなということを改めて感じました」
応為が嬉しそうにかんざしを…
「女性らしさを忘れない」とはどういうことか。
普段はおしゃれに無頓着な応為が、待ち合わせてお祭りに行く際、嬉しそうにかんざしを付けるシーンがある。それを見た父・北斎は応為が恋をしていることを感じ取る。
「私も印象に残っているシーンのひとつです」
と長澤さんも語る、数少ない「女性らしさ」を感じるシーンだ。

©︎2025「おーい、応為」製作委員会
そんな応為という魅力的なキャラクターに、長澤さんはどのように挑み、作り上げたのだろうか。応為という女性として生きた日々を、長澤さん自身は今どう捉えているのだろうか。
「好きなものに情熱を持って取り組み、自分の生を懸命にまっとうしようと、懸命に生きているところが素敵だなと思いました。同時に、自分の本当の心の内をなかなか口に出せない、いじらしいところに愛おしさを感じます」

撮影/水野昭子
「永瀬さんだったからこそできた」こと
永瀬正敏さん演じる北斎から、応為が生き方について指南をされ、激怒するシーンもあった。
「撮影自体はあっという間に終わってしまったのですが、撮影後、北斎役の永瀬正敏さんが『すごく心が動いていた。良かったよ』と褒めてくださったんです。うれしかったですね、とても」
映画『百花』で共演しているが絡みはなく、今回の親子役のように、がっつりとタッグを組むのは初めてだった。
「当たり前のように一緒にいる人という空気感は、お相手が永瀬さんだから作ることができたのだと思います。おこがましいのですが、波長が合うというか……。信頼できる素敵な方でした」

撮影/水野昭子
永瀬さんの映画に対する映画への情熱にも感銘を受けた。
「映画に対して本当にまっすぐな方。たくさんのことを学びました。映画があればそれ以外はもう何もいらないってくらい没頭されていて、情熱を絶やさずに仕事を続けていく重みのようなものを感じました。

©︎2025「おーい、応為」製作委員会
相手が永瀬さんだったからこそ、北斎と応為、どちらか一方だけでは決して成り立たない親子関係を、軽やかに演じ切ることができたのだと思います。共演者同士の関係性って作品の中に残るんですよね。毎回、この共演者だからこそ、この作品が生まれたんだなとかみしめながら作品を終えるのですが、今回の永瀬さんとの共演ではとくに強く感じました。幸せな時間でした」

©︎2025「おーい、応為」製作委員会
*** 編集後記***
長澤さんの話を聞いていて、思い出した人がいる。1970年代、ウーマン・リブ運動の第一人者として語られる田中美津さんだ。ドキュメンタリー映画『この星は、私の星じゃない』(2019年)で監督をつとめた吉峯美和さんが、FRaUwebの記事で田中さんのこんな言葉を紹介していた。
「嫌な男にお尻を触られたくないというのは、運動の大義ですよね? でも私たちには、好きな男が触りたいと思うようなお尻がほしいという個人の欲望もあるんですよ。その両方があっていい、それこそが“ここにいる私”なんだというのがリブの新しさだった。私たちはやさしさとSEXの両方を持ち合わせた存在なのに、男が社会が、女たちを“母”と“便所”にひきさいて、結婚の相手に選ばれるために(モテるために)“どこにもいない女”を演じてしまう自分がいる……」
応為はこのウーマン・リブのずっと前「男性に選ばれないと女性は生きていけない」と言われる江戸時代に生きたけれど、「嫌な男にお尻を触られたくない」どころか、赤い着物を身に着けて男性に寄り添うこともしたいと思わなかった。でも好きな男性にはきれいに見られないとかんざしを挿すのだ。だからこそ「何者でもない」存在でも、自分として確実に存在しているのだ。
***

©︎2025「おーい、応為」製作委員会
『おーい応為』
江戸時代を代表する浮世絵師の葛飾北斎の弟子であり娘の応為の謎多き人生を描く時代劇。監督と脚本は『日日是好日』の大森立嗣が務める。
浮世絵師・葛飾北斎の娘であるお栄は、ある絵師に嫁ぐが、かっこばかりの夫の絵を見下したことで離縁される。その後、実家に出戻り、すでに有名な絵師であった、実家の父の北斎のもとへ。絵がすべての父の背中を見つめながら、いつしかお栄自身も絵を描き始め、父親譲りの才能を開花。絵師として生きる覚悟を決め、は持ち前の画才と豪胆さで男社会を駆け抜けていく。
そんなお栄に、北斎は「葛飾応為」の画名を贈る。「応為」という画名は、北斎から、何かと「おーい、筆!」「おーい、飯!」と頼まれていたことに由来。ことから、「応為」という号を授かったお栄は、父娘として、そして師弟として、父・北斎が90歳で亡くなるまで生涯を共に過ごした。
長澤まさみ(ながさわ まさみ) 1987年6月3日生まれ。静岡県出身。2000年に第5回「東宝シンデレラ」オーディションにてグランプリを受賞。同年に映画『クロスファイア』(金子修介監督)でデビュー。2004年には、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』(行定勲監督)で第28回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞・話題賞など数々の賞を受賞。その後もドラマ・映画・舞台と幅広く活躍している。2019年には映画『キングダム』(佐藤信介監督)で、第43回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を、2020年には映画『MOTHER マザー』(大森立嗣監督)で、第44回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を2年連続で受賞。昨年主演を務めたTVドラマ「エルピス―希望、あるいは災い―」では第31回「橋田賞」を受賞した。近年の出演作に、NHK大河ドラマ「真田丸」(16年)、ドラマ・映画『コンフィデンスマンJP』シリーズ(18年~)、映画『シン・ウルトラマン』(22年/樋口真嗣監督)、映画『スオミの話をしよう』(24年/三谷幸喜監督) 、映画『ドールハウス』(24年/矢口史靖監督)などがある。
ミュージカル『キャバレー』(17年)、『紫式部ダイアリー』(14年)、新感線☆RS『メタルマクベス』disc3(18年)、NODA・MAP番外公演『THE BEE』(21年)、『正三角形』(24年)『おどる夫婦』(25年)など舞台での活躍も目立つ。
ヘアメイク/スズキミナコ スタイリスト/百々千晴