「クマを殺すな!」が「即刻駆除」へ変化の深刻さ

クマによる死亡事故は「過去最多の12件」, 1年前は「クマを殺すな!」論争が…, ピンチを前向きにとらえる動きも, 「クマに餌付け」フェイク動画の罪深さ, 実際のニュースに沿った内容が悪質

人里で次々目撃されているクマ。画像はイメージです(写真:STUDIO EST/PIXTA)

全国のクマ被害が前代未聞の事態となっています。

【写真】「クマはシャッターも開けられる」扉に残された“恐ろしい痕跡”

クマによる死亡事故は「過去最多の12件」

「沼田市の民家玄関前でクマに襲われ、69歳男性ケガ」(群馬県)

「金山町で散歩中の70代男性がクマに襲われる」(福島県)

「鹿角市のニワトリ小屋で38羽、果樹園でリンゴ約800個食べられる」(秋田県)

「こども園の防犯カメラに2頭の親子グマ。10発以上発砲して駆除」(福井県)

「小学校・高校にクマ出没。屋内侵入・ガラス破壊も。学校は臨時休校」(山形県)

「北海道初の緊急銃猟でクマ2頭駆除。札幌の住宅街で」(北海道)

「クマが金属製の『箱わな』格子を破って脱走か」(青森県)

「大学敷地内や市街地の銀行にクマ。連日の目撃情報」(岩手県)

「小山町でクマ目撃情報。10月に入り3件目で注意喚起」(静岡県)

「空白地域でもクマの目撃情報。市に36件の通報が寄せられる」(京都府)

「五泉市の小学校でクマ目撃。J1新潟のクラブハウス付近にも出没」(新潟県)

「能美市の住宅街、神社の境内でクマ目撃」(石川県)

「富山市の中学校そばで3日連続クマ出没」(富山県)

「白馬村のペンションなどが立ち並ぶ地域でクマ目撃」(長野県)

「西多摩でもクマ目撃情報相次ぐ」(東京都)

「国道489号でクマ2頭続けて目撃」(山口県)

驚かされるのは、これらがすべて10月30日に報じられたものであり、しかも一部であるということ。

環境省の発表では、クマによる死亡事故は全国12件となり過去最多。負傷者も多く、飼い犬やニワトリなども被害に遭っているほか、市街地での目撃情報は増える一方であり、農業や観光の経済的な損失も増え続けています。

クマによる死亡事故は「過去最多の12件」, 1年前は「クマを殺すな!」論争が…, ピンチを前向きにとらえる動きも, 「クマに餌付け」フェイク動画の罪深さ, 実際のニュースに沿った内容が悪質

「クマはシャッターを開けられる」と注意喚起を行なった秋田県(写真:秋田県公式サイトより)

1年前は「クマを殺すな!」論争が…

これらの事態を受けて政府はクマ対策の関係閣僚会議を行い、木原稔官房長官が「国民の安全安心をおびやかす深刻な事態です。関係省庁が緊密に連携し、実効性の高い対策を着実にかつ段階的に実施していただくように」などとコメント。

環境省は緊急銃猟の円滑な運用と「ガバメントハンター(駆除・捕獲に必要な免許・スキルを持つ自治体職員など)」の確保・育成を訴え、防衛省は自衛隊が訓練をはじめていることを報告し、文科省は学校における安全対策、農水省は農作物や人の保護、国交省は河川からの侵入阻止などを担当すると明かされました。

つまり自治体レベルの対応では限界であり、国レベルの対応が必要ということなのでしょう。

シリアスな閣僚会議の様子は、まるで映画のワンシーンを思わせるようなものがありましたが、相手は怪獣や宇宙人ではなく現実のクマ。木原官房長官は「警察はライフル銃を使用したクマの駆除を早急に対応していく」などとも語っていましたが、はたしてどんなクマ対策が実行されていくのか。

緊急対応の法制化や補正予算の成立から、電気柵や箱わななどの設置、自動検知・通報するAIカメラの設置、目撃情報や遭遇時対応のアプリ浸透。

また、長期的には、個体数の管理、クマが下山しづらい緩衝地帯の設置、ガバメントハンターや捕獲後に処理をする人材の確保、実がエサとなる木の植樹などがあげられていますが、被害の大きさと全国的な広がりを見る限り、長い道のりになることは間違いないなさそうです。

では1年前はどうだったのか。

2024年12月6日に、『「秋田のクマ駆除」に"ブチ切れる人"なぜ増えた? 「クマを殺すな」と殺到する抗議に自治体も困惑』という記事をアップしました。これはスーパーに侵入したクマの駆除が「命の重さ」論争になったことを書いたものですが、わずか1年弱で人間の命が危ぶまれるように変わったことを実感させられます。

現在は一部の愛護家がネット上で批判しているものの、その声は昨年ほど広がっていません。

全国各地で駆除が進められているためなのか、「親子クマの駆除」に絞った抗議などが見られますが、それでも昨年ほどクマの脅威が少ないエリアに住む人々の支持を得られていない感があります。

一方、自治体やハンターの中には、現実の被害対応やクマ対策を優先させなければいけないため、苦情を相手にしている時間はないというシビアな声も見られました。

ピンチを前向きにとらえる動きも

これらの変化は、それほどの緊急事態ということにほかなりません。クマの脅威を感じている人々は今、どんな心境なのか。それが知りたくて以前、取材したことのある東北や信州の人々に実情を聞いてみました。

岩手県の人は「最近は盛岡駅の近くですら怖い」「同僚の家族で『クマを見た』という人がいた」、秋田県の人は「特に朝が危ないらしいので子どもの登校に付き添っている」「外出は車だけにしている」、福島県の人は「毎日、玄関のドアを開けるときは警戒している」「山のふもとに住む高齢の母親が心配」、長野県の人は「紅葉のイベントが中止になった」「外出時はクマスプレーと電子ホイッスルを持っていく」などと語っていました。

地元局のニュースでは連日クマ問題が扱われ、学校や会社では注意喚起と対策指導が行われているようです。

それら危機感を訴える声の中で1つ驚かされたのは、現在のピンチを前向きにとらえようとしている人もいること。

あくまで筆者が個人的に取材したレベルではあるものの、前述した「ガバメントハンター(クマの駆除・捕獲に必要な免許・スキルを持つ自治体職員)になれたら」と考えはじめた人もいるようなのです。

その主な理由は「地元を助けたい」という切なる思いと、「就業と金銭面」という現実面での2つ。いずれにしてもまずは「命の危機にさらされ、外出もままならないなど、生活が脅かされている地元の人々を助けたい」という気持ちがあるのは確かでしょう。

全国の自治体でガバメントハンター制度がスタートすれば、猟友会が行っている現場確認、行政への報告、対策の実行などにかかる時間が短縮されるほか、駆除数に応じた報酬ではなく公務員として毎月安定した給料を得られるなどのメリットがあります。

ちなみに「狩猟免許の取得者数はここ10年間減っておらず、むしろ20代の取得者は増えている」というデータもあるとのこと。しかし、猟友会の会員数は四半世紀で半数近くに激減するなど、たびたびハンター不足が指摘されていました。

ハンターが自治体の職員になるもよし、職員が狩猟免許を取得するもよし。どちらにしても、命にかかわる仕事だけに国からの補助も含め、十分な給料を提示して、モチベーションの高い人材を引き寄せてほしいところです。

クマによる死亡事故は「過去最多の12件」, 1年前は「クマを殺すな!」論争が…, ピンチを前向きにとらえる動きも, 「クマに餌付け」フェイク動画の罪深さ, 実際のニュースに沿った内容が悪質

緊急事態を受けて、クマを捕獲したハンターへの報奨金支給や「公務員ハンター」の採用を発表した秋田県秋田市「(写真:秋田市公式サイトより)

「クマに餌付け」フェイク動画の罪深さ

そして最後にもう1つふれておかなければいけないのは、新たな問題として指摘されている「クマのフェイク動画」について。

このところTikTokやXなどに、生成AIなどでつくられたクマのフェイク動画が次々に投稿され、なかには100万回以上再生されたものもあるようです。

しかも動画の内容は、人間がクマにサツマイモなどで餌付けする。制服を着た少女が子グマを抱っこする。高齢者が怒鳴ってクマを撃退するなど、信じてしまう人が出そうな微妙なラインのものが多く、実際にフェイクであることに気づいていないようなコメントも散見されます。

もし動画を信じて餌付けしてしまう人がいたら、被害者はその1人だけでは済まないでしょう。餌付けされたクマだけでなく、その他の個体にも影響を与える危険性があるなど、直接的な人的・物的被害を誘発する危険行為であり、犯罪行為に近いニュアンスを感じさせられます。

実際のニュースに沿った内容が悪質

さらに悪質なのは、実際に報じられたニュースに限りなく近いフェイク動画。

「スーパーに侵入したクマ」「クマが犬をくわえて森へ逃走」などのニュースに合わせて動画が作られ、それを見た人が事実と混同するような声をあげていました。

これらは誤解を生むだけでなく、新たな被害にもつながりかねない行為だけに、政府はこちらの対策も本気でしていかなければいけないのかもしれません。

また、現在「クマが〇〇に出没」というニュースを量産しているメディアも単なる注意喚起にとどまらず、このような新たに生まれた問題も報じることで早い段階での改善にひと役買ってほしいところ。

こういう危機的状況こそ、PVや販売部数などを優先させず、報道機関としての適切な役割を果たすときでしょう。

同時にそれらを見る私たちも、フェイク動画を見極める目を持つことはもちろん、クマ対策は国の重大事であり自分事として考える意識の変化が求められているのではないでしょうか。