【NHK朝ドラ「ばけばけ」第6週】タエ(北川景子)らの“地獄”とトキ(高石あかり)らの“和やかさ” コントラストに宿る決断

 怪談好きのヒロイン・松野トキ(高石あかり)が、明治の松江を舞台に“生きること”に奮闘するNHK連続テレビ小説「ばけばけ」(毎週月~土曜午前8時、NHK総合ほか)。初授業を成功させた英語教師レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)は、さっそく生徒の心をつかみ、良い滑り出しとなった。だが一方で、花田旅館への不満や「士族の娘がいい」という女中の条件から、彼のなかに眠る階級意識と、無自覚な支配性があらわになっていく。

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 その“異国の理想”の影で、トキが静かに決断を下す。月20円という破格の給金での女中――しかしそれは救済の対価ではなく、地獄を見た者が、ふたたび家族を地獄に落とさぬための“人柱の値段”だった。

■「人に使われる仕事をするくらいなら」

 トキが目にしたのは、かつて自分を雇っていた松江藩に名をはせた雨清水家の崩壊だ。傅(堤真一)を亡くし、織物工場を失い、親戚の家に身を寄せていた妻・タエ(北川景子)と三男・三之丞(板垣李光人)だったが、三之丞が道端の地蔵に供えられた握り飯を手に取りかけるほどの、抗いがたい困窮に陥っていた。

 タエは、人に使われる仕事をするくらいなら、とついに物乞いに身を落とした。施しを受けても頭を下げずにいた彼女が、ついに静かに、背骨が軋むように深く頭を下げる――その姿に、トキは深まっていくばかりの“地獄”を見た。

 その直後に映し出される松野家の食卓とは、あまりにも対照的だった。しじみ汁を囲み、くしゃみが連続して移っていく現象に笑い声が重なる。貧しくとも、トキたちはまだ笑える。笑える余白が残っている。しかしトキの瞳には、その笑いがどこか儚く映る。

 私たちも、いつか同じ地獄に堕ちるかもしれない。この“幸福の脆さ”こそが、高石あかりの演技に宿る最大の緊張と静謐だ。

■「月20円」の再定義――救済の価格か、人柱の代価か

 ヘブンが提示した女中の給金の月20円は、花田旅館の女中・ウメ(野内まる)が月90銭で働いていることを思えば、桁違いの大金だ。この女中は“ラシャメン”=外国人の妾では、と疑ったトキだが、確実にその金額は脳裏に住みつきはじめ、ことあるごとに頭を覗かせるようになる。

 友人・サワ(円井わん)は何年もかけて教師になる夢を実現させたが、それでも月4円の収入だ。トキは、足元を見られている怒りと羞恥を背負いながら、一人の人間としての尊厳を守ろうとしている。

 しかし、タエたちが陥っている地獄を目撃したあと、その“20円”はまったく別の意味を持ち始める。それはもはや、家族を守るために払う犠牲の単価とも言えた。

 女として、娘として、貧困の連鎖を断ち切るために。トキの決断は、生き延びるための取引でもあったのだ。その複雑な感情の層を、高石は一切の説明を排して身体と目線で演じきった。

 第6週で特に印象的なのは、セリフではなく“黙っている時間”だっただろう。たとえばヘブンから「オハヨウゴザイマス、シジミサン」と呼びかけられたときの、短い握手のシーン。トキは手を出す前に、一瞬だけ目を止め、唇を引き結ぶ。そしてわずかな間の後で、静かに手を差し出す――その“間”に宿るものこそが、彼女の不信であり、それでもなお繋がろうとする人間の理性だ。

 夜、母・フミ(池脇千鶴)に「怪談を話して」とねだるシーン。小さな明かりの下で、トキの表情はまるで子どもの頃のように戻る。けれどその“甘え”は安らぎではなく、現実の地獄から心を切り離すための儀式だった。

 トキは涙や苦しみを飲み込みながら、自分のなかの恐怖と向き合っていく。この“沈黙の演技”を成立させる高石の感情制御は、朝ドラの枠を超えた緻密さだ。

■“ばける”前の踏み切り板

 雨清水家の転落と松野家の笑い声。その対比は、観る者の胸にも底冷えを残す。トキがヘブンの女中になると、ヘブンの通訳係・錦織友一(吉沢亮)に告げたとき、高石の表情には恐れも涙もなかった。あるのは、硬く閉じた唇と、まっすぐな眼差しだ。

 家族が好きだから、家族のために女中にはならないと語っていた彼女が、わずか数日で「ヘブン先生の女中になります」と口にする。そこにあるのは矛盾ではなく、現実を飲み込む覚悟だった。

 トキが選んだ“20円”は、彼女が堕ちるための値段ではなく、いわば“ばける”ための踏み切り板だ。貧しさのなかでも、人間らしさを死守すること――それは、この作品が描く最大の、そしてもっとも美しい変化でもある。果たして彼女の選択は、自身を幸せにするのだろうか。

(北村有)

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