91歳を迎えた女優のソフィア・ローレン:世界を虜にした美の象徴
世界を虜にした女優

往年の女優・ソフィア・ローレンが、91才となった。今回は、世界を魅了した美の象徴、ソフィア・ローレンの半生を振り返ってみよう。
あだ名は「爪楊枝」

ソフィア・ローレンは1934年9月20日にイタリアのローマで生まれた。自伝『ソフィア・ローレン、生きて愛して』によれば、子供時代は色黒で背が高く、やせすぎていたので「爪楊枝」と呼ばれていたという。
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人生の転機

同著によれば、女優に憧れていた母親のすすめで「美人コンテスト」に出場し、入賞したことで人生が一変したという。大物映画プロデューサーのカルロ・ポンティに見初められ、1950年代の初めから、彼が製作する映画に出演を続けるようになったからだ。
世界的な女優に

そして、『鳥の女』(1957年)でハリウッドに進出すると、母国だけでなくヨーロッパやハリウッド作品への出演依頼が増加した。こうしてローレンは、世界で最も人気のある女優の一人となっていく。
『ふたりの女』

ローレンの人気を決定づけたのが、イタリア映画『ふたりの女』(1960年)だ。この作品でローレンはアカデミー賞の主演女優賞をはじめ数々の権威ある賞を手にした。外国語映画の出演者にオスカーが贈られるのは、史上初のことだった。
ハリウッド進出当初の英語力

『ニューヨーク・タイムズ』誌のインタビューでローレンは、ハリウッドに進出した当初はひどい英語をしゃべっていたと振り返る。しかし、「話し声や音楽の音をとても大切にしているので、音を通してすぐに英語を覚えた」という。
不倫の関係

プライベートでは、ローレンを見初めた映画プロデューサーのポンティと、17才の時から恋人関係にあったことを『VOGUE』誌が伝えている。年の差は22才で、ポンティには妻がいたため不倫の関係にあったという。
ハリウッドスターと恋に落ちる

同誌によれば、そんな関係が耐えられなくなったローレンは『誇りと情熱』(1957年)で共演した大スター、ケーリー・グラントと惹かれ合うようになったという。ローレンに夢中になったグランドから何度もプロポーズされ、ローレンは2人の男性の間で大きく揺れていたのだそう。
ポンティと正式に結婚

最終的にローレンはポンティを選んだ。『ELLE』誌によれば、ローレンとポンティは1957年にメキシコで結婚するも、ポンティの離婚が成立していなかったため重婚罪に問われる可能性がでたという。そのため、一度白紙に戻し、離婚が成立した1966年に正式にゴールインしたのだそう。
2人の息子を授かる

ローレンは2人の息子を授かった。長男のカルロ・ポンティ・Jrは指揮者に、次男のエドアルド・ポンティは映画台本作家兼監督となった。
女優業から距離を置く

1980年を境に、女優業から距離を置くようになったと『ニューヨーク・タイムズ』誌のインタビューで語っている。女優の仕事は嫌いではなかったが、子供たちと共に過ごす時間がほとんどなかったことに気づいたからだ。
最愛の夫が死去

女優業をほぼ休止している間に、ローレンは子供たちの成長を見届け、50年連れ添った最愛の夫を看取っている。ポンティは2007年に、94才でこの世を去った。
「生涯の男性」

『サンケイスポーツ』紙のインタビューで、ポンティについてこう語っている:「彼は私に女性になること、母になること、女優になること、全てを教えてくれました。まさに彼が私の生涯の男性というべき人だったのです」
81才で有名ブランドの広告塔に

2015年、イタリアの高級ブランド「ドルチェ&ガッバーナ」が、ローレンに捧げたリップスティックを発売した。ローレンは81才にして広告キャンペーンに起用され、世界中で大きな話題となった。
『これからの人生』

そして次男のエドアルドが監督を務めたNettflix映画『これからの人生』(2020年)で、86才にして主役を演じた。ホロコーストを生き延びたイタリアのユダヤ人女性を見事に演じ、世界的な称賛を浴びた。
「老い」について

優雅に年を重ねるローレンが『朝日新聞』のインタビューで老いることについてこう語っている:「老化のプロセスを受け入れながら今を生きていれば、気品につながるのだと思う」
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