仕事で失敗した人が癒やされ、涙する“ふわふわホットケーキ” 大阪・梅田の純喫茶は「スマホの充電器」だった

大阪・梅田にある「喫茶サンシャイン」のホットケーキにまつわるX投稿が大きな話題となった。仕事で失敗した女性を癒やしたという優しい味。どんな味なのだろうか。サンシャインを訪ねた。
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■718万ビュー、6.5万いいねを集めたポスト
「平日の夜、泣きながらホットケーキを食べていた女性のお客様。
マスターが心配して声をかけると、『仕事で失敗して…でも少し元気になりました』と帰られました。
ホットケーキの優しい甘さは、疲れた心に寄り添い、明日への活力をくれるかもしれない。心が疲れた時は、いつでも温かいホットケーキを食べに来てください」
9月20日、Xに投稿されたこのポストは、これまでに718万回表示され、6.5万イイネ、4500回以上シェアされた。

投稿主は大阪・梅田の大阪駅前第3ビル地下にある「喫茶サンシャイン」だ。1973(昭和48)年から営業する「純喫茶」である。2025年5月に移転したばかりだが、訪ねてみると、少しオレンジがかった木製机、銅製のランプシェードにシャンデリア、さらにはドアの取っ手まで、すべて前の店のもの。隆起のある白壁やぬれたように光る天井も、前店そのままの風情を再現していた。
それにしても、泣きながらホットケーキを食べるとは穏やかではない。どういう状況だったのか。2代目店主の橋崎卓さんはこう話す。
「あれは2、3カ月前の閉店間際、19時くらいでしたか。角の席に30代くらいの女性2人が座っていて、そのお一人がホットケーキを食べながら涙ぐんでいらっしゃって。具合でも悪いのかな、何か問題があったらいけないな……と思ってお会計のときに『どうかされましたか?』と声をかけてみたんです」
すると隣にいた女性が、「この子は今日仕事で大失敗をしてしまって、なぐさめるためにホットケーキを食べに来たんです」と教えてくれたそうだ。泣いていた女性も、「ホットケーキを食べて、いろいろ話して元気になりました。ありがとうございました」とほほ笑んで帰っていったという。
SNSを担当している店主の妻の知里さんはこの話を聞き、「そんな小説みたいなことあるの?」と記憶に残っていたそうだ。そこでXに投稿したところ、「いいね」が止まらなくなった。怖くなって、増えていく数値を緊張の面持ちで眺めていたそうだ。コメントもつき、「優しいお話ですね」「次回は笑顔で召し上がってくれるといいですね」など好意的に書いてくれる人がたくさんいた。あまりの反響に知里さんは、本人が特定されたらどうしようと不安になったが、卓さんによると、
「ホットケーキを食べて、泣いている方、結構おるよ。その人一人じゃないよ」
とのこと。
なぜ何人もの人が、喫茶サンシャインで涙してしまうのだろう。

■夕方、残量10%の人たちが集う場所
平日は朝7時半のモーニングから夜は20時、土日祝日は8時から18時半まで営業する喫茶サンシャイン。泣いている人を見かけるのは、平日の夕方から閉店にかけてが多いという。
「仕事終わりのお一人の方が多く、比較的みなさんゆったりされている時間。一日いろんなことがあった後で、帰る前にワンクッション置きに来てくださっている印象です。ちょっとホッとされに来られるというか」(卓さん)
そして、涙する人、話す人、ときにはけんかする人も。数年前にはカップルが言い争いになり、女性がヒートアップしたので止めに入ったことも……。知里さんが感じたように、「小説みたいな光景」が日常的に繰り広げられている。
卓さんは客の時間を邪魔しないために、極力声をかけないという。跡を継ぐまでホールにいた卓さんのお母さんは、常連さんとのおしゃべりが大好きだったそう。けれど卓さんは常連さんとのあいさつも、目を見てちょっと頭を下げるくらい。会計のときだけ、「また来てほしい」という気持ちを込めて、「どこからですか?」などと、ちょっと話す。
「そしたらうれしそうにしゃべってくれる方も多くて。ただ、毎日来る人だったら、そっとしてほしいかなと遠慮したり。私自身が旅先で話しかけられてうれしかったりするので、大きな荷物を持った方には話しかけてみたり。そこは見極めています」
彼は喫茶サンシャインを、「スマホの充電器」だと考えているそうだ。残量10%だった心が、20%になって帰ってもらえる場所。「全回復」はできないけれど、ちょっと回復できる休憩所。
「ホットケーキを食べたり、ちょっとぼーっとして頭を整理したりして、家に帰るまでのエネルギーをチャージできる、ぐらいの存在でいいんちゃうかなと。少しでも元気になって帰っていただけたら」(卓さん)
「私はおいしいものを食べたら、『さあまたがんばろう』みたいな感じになったりするので。うちでもそんなふうに感じてもらいたいなって」(知里さん)
この温かな距離感に、心ほどけてしまうのかもしれない。

■元証券会社営業職の妻が紡ぐ「傷つけない言葉」
Xの投稿にも、卓さんと知里さんの思いが表れている。
「今日は寒いですね。暖かい格好でおでかけください」
「曇り空ですが、お出かけしやすい気候ですね」
「雨の日だけど、駅と地下でつながっているから濡れずに店まで来れますよ」
気遣いを感じる言葉には、毎日店の前を通る人にあいさつしたり、顔見知りとすれちがう際に、ちょっと声をかけたりするようなイメージが浮かぶ。
そう伝えると、「まさにまさに!」と知里さん。
「誰の悪口も不平も言わないで、穏やかで心地良い文章がいいなと。自分勝手なことを一方的に言わないとか、これを言ったら相手がどういうふうに思うかっていうのは意識しています。普通の喫茶店の店主が、普通に話している感じ。それが一番難しいんですけど」
だからXの投稿ひとつ考えるのにもかなり時間がかかる。平均30分、長いときは1時間かかることも。
知里さんは出産するまで、証券会社で営業職としてバリバリ働いていた。2021年、客足が途絶えたコロナ禍の時期に店のSNS発信を任され、戸惑いながらも「やるんやったら徹底的に」と研究を始めたそうだ。
「妻は結構研究熱心で。僕がSNS発信をお願いした日から、本を読んでよく研究しています」と卓さんが言えば、「証券会社時代に養った研究力やコミュニケーション力が生きているかもしれませんね」と知里さんもアハハと笑う。
失敗も経験した。店に置いている大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」の写真をアップすると、「憧れの喫茶店でしたが、さようなら」とフォローが離れたことも。
「いろんな立場の方がいらっしゃいますから難しい。でも万人受けなんて無理やから、それは念頭に置いて。少しでも読んで気持ちよく感じて、店も知ってもらえたらと」(知里さん)
「僕らは、客単価1200~1300円と、安い値段で頑張っている純喫茶です。喫茶店って2代目を継ぐ人が多くないし、継いでも『もうからない』と廃業する人も多い。それでも次の時代につなげようと思ったら、親の世代にはなかったSNSで認知を広めていかなあかんなと」(卓さん)
ほぼ毎日、Facebook、Instagram、Xで投稿を続けて5年、Instagramは1.7万人、Xは1.3万人にフォローされている。

■異動しても退職しても「帰れる」場所
意外なことに、喫茶サンシャインは「常連さん」が少ない店だそうだ。ビジネス街にあり会社員の客中心のため、4月と10月の人事異動で半分以上が入れ替わるからだ。
「それでも引き継いでくださるんですよね。引き継ぎのときに相手を連れてきてくれて、引き継がれた方がお客さんになって、また引き継いでくれて」 (卓さん)
出張や旅行のときに、「戻ってきました」「懐かしくて」と顔を見せる人もいる。退職した女性が、赤ちゃんを連れてくることも。
「思い出の一部というか、お客様の人生の途中にある、ちょっとしたオアシス的な存在になれているのかもしれません」(卓さん)
常連がスタッフになるケースも多いという。毎日ランチに通っていた女性が退職後、「ここで働かせてください」と申し出て、3年後の今も働いている。さらに驚くのが、ある家族は、親子2代でスタッフになったそうだ。まず娘が4年間働き、卒業して2年後、母親が面接に来て働き始めたのだ。その間に上の娘さんも面接に来たそうだが、働ける期間が短く雇えなかった。「家族で働いてくれるなんて、普通の喫茶店では考えられへんことですよね」と卓さんは照れ笑いを浮かべる。
ほの暗く温かいランプの明かり、どっしりとした木製の家具。コーヒーの香ばしい匂いが満ちて、スタッフと目が合うと、控えめな笑顔で会釈をしてくれる。そして、ふわふわのホットケーキをゆっくり楽しむ――。
いつでも帰れるこんな場所がひとつあれば、人生は上々なのかもしれない。ホットケーキのポストが718万回も表示されるほど広がったのは、きっと多くの人が「心の残量10%」を経験しているからではないだろうか。あと10%だけ回復できる場所があれば、また歩き出せる。
(ライター・笹間聖子)
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