「家で看取られたい…」在宅医療がかなえる最期の選択 真っ暗な部屋で1人で暮らす寝たきりの高齢女性も… 白衣を着ない医師が支える三重最南端の地域医療

大病を患った人も、認知症の人も、“どんな人も笑顔にする医師”が、三重県の最南端にいます。診察場所は、病院でもクリニックでもありません。自宅や福祉施設、どこへでも訪問する「在宅医療」。地域医療を最前線で支える医師に密着しました。

「生きがいは医療じゃ処方できない」白衣を着ない医師の思い

畑根さん(左)、濱口先生(中)、娘・真理さん(右) ©中京テレビ

三重県の最南端に位置する、紀宝町。海と山に囲まれた温暖な気候が特徴で、1年中ミカンがとれます。約1万人の人口のうち約4割が65歳以上で、高齢化が進む地域です。

そんな紀宝町や御浜町などで在宅医療を専門に行っている、医師の濱口政也さん。この日は、御年98歳の畑根みきさんの自宅で診察をしていました。

濱口先生の診察は、血圧の測定や脈拍のチェックなど、普通の通院で行われていることがほとんど。ただ、診察以上に時間をかけていることがありました。それは、患者さんや家族との「何気ない会話」です。

主治医と患者という枠を超え、何でも気軽に話してほしいと、本人の気持ちに寄り添う「やさしい医療」を目指しています。

濱口先生「冷蔵庫のおやつはいつも通り楽しんでる?」

畑根さん「冷蔵庫を開けるのが楽しみで。必ず(おやつが)入ってるんです」

濱口先生「夜、寒くなってきたけど、トイレ行くとき開けてる?」

畑根さん「いつも、行き帰り」

濱口先生「行き帰りでね(笑)」

娘・真理さん:「先生はいいんね? 注射せんし、『薬飲みなさい』って言わんし、白衣着てないし、『おやついっぱい食べてもいいよ』って言ってくれるしね」

畑仕事をする畑根さん ©中京テレビ

食べることが大好きな畑根さん。それを知った濱口先生は、糖尿病などの持病がなく、1回で食べられる量が少ない畑根さんには、お菓子も許可しています。

畑根さんにとって、冷蔵庫のおやつは夜、自分の足でトイレに行けたご褒美なんだそう。

娘・福本真理さん:

「先生との話で、この年だから好きなことをして好きなだけ食べて、それでいいんじゃないかと。母の好きなように日々を過ごさせたい。先生も『好きなように過ごして終わってほしい』と」

本人の気持ちを大切にしている濱口先生。畑根さんが大好きな畑仕事も応援しています。

くまのなる在宅診療所 濱口政也医師(44):

「生きがいとかやりがいって医療じゃ処方はできんのです」

独立のきっかけは末期がんの人たちとの出会い

くまのなる在宅診療所の濱口政也医師 ©中京テレビ

以前は、地元の中核病院で病棟の医師だった濱口先生。その病院で在宅医療の部門を立ち上げることになり、この世界に飛び込みました。

6年前、在宅医療に特化するため独立し、「くまのなる在宅診療所」を開業。独立を決心させたのは、病院時代に出会った末期がんの人たちでした。

くまのなる在宅診療所 濱口政也医師(44):

「余命宣告されていて、家で過ごしたいと思っているけど、病院で過ごさざるを得ないとか、自分が働く場所を病院から在宅・家に移すことで、役に立てるんじゃないかなって思ったのがきっかけですね」

1日8軒から10軒回り、ひと月に80人以上の訪問診療をしている濱口先生。訪問診療の際、必ず持って行くものがあります。それは…

くまのなる在宅診療所 濱口政也医師(44):

「死亡診断書ですね。紀伊半島南部だと一番書いている気がします。病院も含めてね。今290枚くらい、もう少しで300枚くらいになるかな」

「一番願っていることがかなえられてる」在宅での看取りを望む女性

裕貴子さんと話しをする濱口先生 ©中京テレビ

2024年秋、ステージ4のスキルス胃がんが見つかった、林田裕貴子さん、75歳。手術と抗がん剤治療を受けましたが、体重は30キロ以上減っていました。

「自宅で看取ってほしい」それが裕貴子さんの望みです。濱口先生が初めて診察したときから、「救急車は呼ばないでほしい」と話していました。

濱口先生は夫・竹光さんと話し合いの時間を持ち、裕貴子さんの思いを改めて確認。竹光さんも覚悟を決めているといいます。万が一のことがあったら慌てずに訪問看護師に連絡するようにと、竹光さんに伝えます。

本人や家族の希望をできるだけ尊重するのが、濱口先生の向き合い方。

裕貴子さん:「先生、長いこと話してきてくれてありがとう」

濱口先生:「お父さんもね、『救急車で(病院)行くの嫌や』って、ちゃんと分かってくれてたから」

裕貴子さん:「本当にいい人とめぐり会えてありがたい。お父さんに『こんなにみんなによくしてもらって、本当にありがたいし幸せやよ』って言った記憶はある」

濱口先生:「裕貴子さんが家におりたいって言うのが分かるわ」

裕貴子さん:「でも、この医療(態勢)がなければ家におれんかったからね。この医療(態勢)のおかげで、私の本当に一番願っていることがかなえられてる」

竹光さんと元気だった頃の裕貴子さん ©中京テレビ

この診察から4日後、裕貴子さんは自宅で静かに息をひき取りました。

夫・林田竹光さん(77):

「『(次は)2週間後や』って言ってても3日後くらいに来てくれていたから、ひょっとしたら先生は分かっていたかもしれんね。ワシに言わんだけで、もう長くないと思ってな」

厚生労働省が実施した2023年の調査によると、43.8%の人が「最期は自宅で迎えたい」と回答していますが、実際に自宅で最期を迎えた人は全体の17.0%にとどまり、多くが病院や老人ホームなどで亡くなっているのが現状です。

夜間に呼び出しの電話が…24時間態勢の在宅医療

家族と一緒に食卓を囲む様子 ©中京テレビ

4人家族の濱口先生。大学4年生のときに同級生だった真理子さんと結婚し、2人の子どもにも恵まれました。

幸せいっぱいのはずが…当時の働く姿がつらそうに見えたという真理子さん。総合診療科の研修に行くと毎回落ち込んで帰ってくる夫の様子を見かねて、何度か「それは本当にやりたいことなん?」と尋ねたことも。ところが、在宅医療に専念してからは、見違えるように笑顔が増えたといいます。

1日の仕事を終えると、家族で食卓を囲む濱口先生。ホッとひと息つける瞬間です。

すると突然、呼び出しの電話が…。電話をかけてきたのは、88歳の女性。91歳の夫がリビングで倒れ、起き上がれないといいます。24時間態勢のため、夜に緊急の往診が入ることも珍しくありません。食事を中断して女性の自宅へ。

家族の事情も考えて救急車を呼ぶことに ©中京テレビ

到着すると、濱口先生は倒れたときの状況を聞き取りながら、熱がないかなどを確認します。

濱口先生:「大丈夫? 力が入らん?」

88歳女性:「意識はあるんやけど立ち上がれんのです、お尻が上がらんのです」

濱口先生:「ずっと今日は変わりなかったん?」

88歳女性:「夕食作ってね、『今から夕食や』って呼びに行ったら、汗びっしょりかいてて。(夫は)夕食まで寝てたんです。そしたら起きられないで」

体温を確認すると38℃。感染症の疑いがあるため、インフルエンザなどの抗原検査を行います。結果は陰性でしたが…

くまのなる在宅診療所 濱口政也医師(44):

「今、動かれへんやろ。家で見られるくらいの感染症かもしれんけど、熱の原因も含めて救急車で行って、見てもらう方がええんちゃうかな」

夫婦は高齢で2人暮らし。妻はひざが悪く、夫を1人で看病するのが難しいため、救急車を呼ぶことにしました。

検査の結果、男性は軽い脱水症状と肺炎であることが分かり、入院しました。その後、1週間ほどで退院したそうです。

真っ暗な部屋で一人…「いろいろ考えさせられる」

1人で暮らす93歳の寝たきりの女性 ©中京テレビ

この日、濱口先生の訪問診療に、若い女性が同行していました。濱口先生のもとで「やさしい医療」を学びたいと、全国から医学生や研修医など、年間30人ほどが見学にやって来ます。

医学生とともにやって来たのは真っ暗な部屋。93歳の寝たきりの女性が1人で暮らしています。本人や家族の意向で、自宅で過ごしていますが、経済的な理由から電気は消してあります。

濱口先生:「ご飯食べた?」

93歳女性:「…」

濱口先生:「ええよ、ええよ、ありがとう」

濱口先生以外に毎日、訪問看護師や介護ヘルパーが出入りし、健康状態をノートで共有して、女性の生活を支えているそうです。

複雑な気持ちで部屋の電気を消す濱口先生 ©中京テレビ

診察を終えると、帰るときにはまた電気を消して真っ暗にしなければいけません。

その状況に「いろいろ考えさせられる」という濱口先生。複雑な思いを抱えながら部屋の電気を消すと、女性の自宅を後にしました。

人生の最期は家で過ごしたい…。その思いに、濱口先生は今日もやさしく寄り添います。

くまのなる在宅診療所 濱口政也医師(44):

「田舎って最新の治療とかないでしょ。でも、自分の住み慣れた地域で、自分の望んだ場所で過ごせる選択肢ぐらいあっていいじゃんって」