「周りに流されて幸せつかむヒロイン」と「自力で頑張る友人」、朝ドラ非情な対比に込められた制作意図〈ばけばけ第80回〉

『ばけばけ』第80回より 写真提供:NHK
今日の朝ドラ見た? 日常の話題のひとつに最適な朝ドラ(連続テレビ小説)に関する著書を2冊上梓し、毎日レビューを続けて10年超えの著者による「読んだらもっと朝ドラが見たくなる」「誰かと話したくなる」連載です。本日は、第80回(2026年1月23日放送)の「ばけばけ」レビューです。(ライター 木俣 冬)
誰にも頼らず自力で貧困から脱したいサワ
白鳥倶楽部から階下に降りて、山橋薬舗からも出ていったサワ(円井わん)が戻って来た。
「なして戻ってきたの」
「戻らん方がよかった?」
「ううん」
「でしょ」
戻って来たとはいえ、トキ(高石あかり、「高」の表記は、正確には「はしごだか」)とふたり、気まずい。
「見たよ新聞 すごいね」とサワに言われ、トキは恥ずかしがる。
そのはにかみにまた、カチンとくるのだろう。
「楽しいんだない? おじさまもおばさまもヘブン先生も。異人さんと家族になるなんて大変だろうなって勝手に心配しちょったけど、うまくいっちょるみたいで。いや、うまくいっちょるどころか……」と言いながら、気持ちを鼓舞して「私もじきに出るけん。正規の教師になって 誰の力も借りず、誰にも頼らず」。
そう言って、2階に上がっていく。
「私1人で戻ったらがっかりだろうけど」とまた自虐的なことを言うサワ。
強気と弱気が交互に来て不安定な心持ちがセリフに表れている。
「頑張って」と応援するトキ。こういうとき「頑張って」と言われると癇(かん)に障る人もいるが、トキはそういうふうに言うしかできないのだろう。
ボーンボーンと大きな時計の音が不穏に響く。
主題歌明け。ヘブン邸。トキも頑張って英語の勉強に励む。
でも、なんだか浮かないトキに「どうしたの?」「心 達者ない?」と敏感なヘブン(トミー・バストウ)。
あの厚かましい梶谷(岩崎う大)ですら「おトキさんで記事を書くのはしばらく無理ですね」と気遣う。
「おサワちゃんは一番の友達だけん」と心配なフミ(池脇千鶴)。
サワが、自分の記事(名は伏せたけど)を書かれていやな思いをしたと、トキが梶谷に報告したのだろうか。もう、トキに関する記事を書かないでほしいと言われて、やめざるを得なかったのかもしれない。
別人のように奥様然としたなみ
別の日、サワが共同炊事場にいると、見違えるような奥様ふうな着物姿のなみ(さとうほなみ)が現れる。
傍らには福間(ヒロウエノ)。
「怖かったけど、今も怖いけど、ここを出たらなんかええことあるかもなぁって気がして」と身請けされたことを報告するなみ。
「あとはおサワちゃんだけだね。教師になるのもええけど、女子(おなご)が生きていく――」といつもの持論を述べようとすると、
「ええですけん」と遮るサワ。
「ごめんごめん あんたは違うもんね」となみは理解を示す。
「待っちょれ 川の向こう側――」とトキと同じことを絶叫するなみ。
「おサワちゃんも出るときやぁ(やるん)だよ」
「嫌ですよ私は」
ひたすら頑な(かたくな)なサワ。
「無理に出んでもええと思うよ。その時が来たら心が決めてくれるけん」
なみはサワの口角を指でにゅーっと笑顔にあげて去っていった。
ここから出ていく者がうれしくてはしゃいでしまうのも無理はないのだろうけれど、残された人にいちいち刺激を与えていくのはどうなのか。奮起させるという効能があるのだろうか。こういうときどうしたら最適なのか、筆者としてはこれは問題提起と受け止めたい。
場面が変わって知事室。
江藤(佐野史郎)が錦織(吉沢亮)が校長になった際の、代わりの英語教師を探し始めていると言い、その候補は錦織の知る人物だった。
その人物が白鳥倶楽部に現れる。
庄田多吉(濱正悟)――大盤石ならぬハンブンジャク(半分弱)と呼ばれていた人物だ。東京編で錦織からお守りをもらった人物である。白鳥倶楽部のメンバーとも旧知らしい。
「久しぶりだな堀江」
「土江だよ」と庄田は頭はいいけれど、ちょっととぼけた人のようだ。
すると、ここでサワと出会うも、彼女はぶっきらぼうで。きっと何かありそうな予感が漂う。
「別れたの?」「縁起でもない」
その頃、階下の秘密のレストラン(秘密ぽいが窓が2面もあって、外からわかる設計だと思う)で、錦織がヘブンに、庄田という人物が自分の代わりの英語教師候補だと打診している。ヘブンは「いいですね」と好印象。
「庄田さん、上にいますよ」と山橋(柄本時生)が気を利かせるが、なぜか錦織は遠慮する。
ボーンボーンと不穏な時計の音。
トキとサワが1階の店舗で別れたときと同じ時計の音だ。トキとサワ、錦織と庄田、それぞれの関係に何かあると思わせるちょっと耳に残る音である。
トキはサワが気になって川の向こうに会いに来る。
新作(立野空侑)と久作(上山就暉)が「先生と別れたがね?」と絡むが「縁起でもない」とトキがあしらう。
祖母タツ(朝加真由美)と勘右衛門(小日向文世)が結婚して引っ越しても、新作、久作はまだこの地にいるのかと思うと、筆者はなんとも言えない気持ちになる。しかも彼らはクレジットに役名がいっこうにつかない。新作、久作という名前がついているにもかかわらず。なぜだ! 世の理不尽さを嘆かずにはいられない。
閑話休題、サワの家からキヌ(河合青葉)が出てきて「(サワは)今日は遅くなるみたいでね。このごろいつも遅いんだわ」と言うが、トキは部屋の奥に隠れたサワの足をみてしまう。
伝言を聞かれ「何を言いに来たのか」と思考が止まってしまうトキ。
「ただ……応援しちょる」とだけ言って去る。
子どもたちにスキップしようと誘われるが、軽やかに跳ねることができない。
トキの作り笑顔がとても悲しい。
川のこっち側は理不尽や悲しいことばかり。でも次週予告では「間違いなく恋よ」とやっぱり、庄田とサワの関係を示唆していて、第17週はいいことあるだろうか。
それにしたってなんでこんなに切ない話に。制作統括の橋爪國臣さんはトキに対してサワとなみの境遇に関してこのようにコメントしている。
「サワはもうひとりのトキだと思うんです。トキとサワは幼馴染(おさななじみ)で同じような境遇に生まれ育ちましたが、選んだ道の違いによって、それぞれ様々(さまざま)な苦しみや希望がある。その対比によってそれぞれの道の良いことや悪いことを描きたいと思いました。
サワがトキを訪ねていって花を捨てたり、トキがサワを訪ねていくと居留守を使ったり、あんなに仲良かったのにこんなふうにすれ違ってしまうのはつらいですよね。でもサワの人生もこれから先、花開くといいなと思っています。
トキはこれまではどちらかというと自分で道を切り開いていくほうではなく、周りに流され、様々な運命が重なりながら生きてきました。サワはなんとか自分で切り開くでしょう。それぞれの生き方の違いで、道が変わってしまって、昔の幼馴染のようには戻れないとしても、でも心は繋がっているというようなことを描きたいと思いました」
「なみは遊郭に売られて以来、長い間、当時の、悪く言えば最底辺、言い方を変えればセーフティネットのない環境下で生きてきました。にもかかわらず、決して暗くならず、状況を受け入れて明るく前向きに生きてきた。そういう人物として描けたらいいなと思っていました。
なみは完全にオリジナルのキャラクターで、将来的になみを遊郭から出したいという思いもありましたが、どうするのがいいかわからず、どうすればいいだろうとずっと話をしていました。さとうさんはご自身の役の行く末がわからないまま演じていたので、途中で『どうなるんですか』と質問されたこともあります(笑)」
トキもサワもなみも悲しい目にあってほしくないけれど、全員川の向こうで幸せになりました、めでたしめでたしという描き方にはひと工夫しないといけないから物語を作るのは難しいものだなと筆者は思う。
「おなみ」にとって印象的だったシーン
そして、なみ役のさとうほなみさんのコメントも紹介しよう。
――演じられて印象的だったシーンを教えてください。
ヘブンさんの女中になったおトキちゃんに「どげ? 私がやるかもしれんかった仕事は」と聞いたシーン(第10週47回)が印象に残っています。「気遣わんでええのよ、恨みも妬みもしちょらんけん」というセリフがなみらしいですね。すぐに前を向けるポジティブな人で、カラッとした性格なのが出ていて、ずっとこうして生きてきたんだろうと思いました。
「おなごが生きるには身を売るか、男と一緒になるしかない」というセリフもすごい言葉だとは思いますが、あの時代に遊郭で働くなみにとっては本当にそれしかなかったのだろうと感じます。自分の力は遊郭から出るに及ばないとずっと昔に分かっている。男の人がいないと生きていけないと、カラッと言えるくらいにはいろいろ諦めてきたのだと思います。
――身請(う)け話に悩むなみの心境についてどう感じられましたか?
セリフにもありましたが、若い時に身を売られたなみは本当に天国遊郭しか知りません。だから、そこを出る怖さがあったのだと思います。長年出たいと思っていたはずですが、ずっと夢見てきたからこそ、もし自分が遊郭以外で生きていけなかったら……と不安が勝って。勢い任せにヘブン先生のラシャメンになろうとした時とは違い、今回は現実がドシンとのしかかって恐怖心につながったのだと思います。そんな中、福間さんが「惚れちょる」とストレートに伝えてくれたおかげで覚悟ができました。
実は、去年の初夏あたりはまだなみの結末が決まっていなかったんです。制作統括の橋爪さんから「なみ、どうする?」と言われて「身請けされるほうが幸せです」と返事したけれど、遊郭でめげない姿を見せつづける方が物語としてはいいのかもしれないという思いも。でも、幸せになりたいと思える相手が現れてよかったです。幸せな結末をありがとうございます!
――なみとサワの関係はどんなお気持ちで演じられましたか?
なみはおサワに仲間だと言っていたのに、その後すぐに身請けを決めていましたね(笑)。サワに「無理に出んでもええと思うよ」と言ったのも、的を射ていたのか全くわかりません。余計なお世話だったりもするだろうけど、声をかけずにいられないのがなみの性格。遊郭の2階からみんなが見えるので、サワを目にして何か抱えているんだろうなぁと気にかけていたのでしょう。
自分はサワとトキの応援団長だと、勝手に思っている節もあると思います。サワを応援したいけど自分の話も聞いてほしい、だから少し押し売りっぽくなってしまうんですよね。なみを演じる時にはちょっと厄介だと思われるくらいのテンションと、それでいて憎めない“ウザかわいい”を意識しました。
――「ばけばけ」の今後の見どころを教えてください。
この先、トキとヘブンの波が激しいお話になっていきます。橋の向こうに渡れたおトキちゃんにも切ないことが起こるし、幸せなのか幸せじゃないのか、それさえもわからなくなってくる。私も早く映像で見たいなと、放送を楽しみにしています。
第1週から「ばけばけ」を見て泣いてきましたが、司之介さんってひどいのになぜか憎めないですよね(笑)。それは、おフミさんがデキる女だからこそだと思います。私はフミ役の池脇千鶴さんが昔から大好きなので、共演できて本当にうれしかったです! ご一緒したシーンは少ないけれど、池脇さんはじめ松野家の皆さんと現場でいっぱいお話しできたのがいい思い出です。
「なみはおサワに仲間だと言っていたのに、その後すぐに身請けを決めていましたね(笑)」と思いながら、「サワを応援したいけど自分の話も聞いてほしい、だから少し押し売りっぽくなってしまうんですよね」と役の心情に理解を示すさとうさん。なみをこんなふうにやさしく理解しているさとうさんがなみ役でほんとうに良かった。
フォトギャラリー
主なシーンより
第16週(1月19日~1月23日)
「カワ、ノ、ムコウ。」あらすじ
ヘブン(トミー・バストウ)の日本滞在記がついに完成し、トキ(高石あかり)たちは完成祝いパーティーを開く。錦織(吉沢亮)や山橋(柄本時生)も参加する中、梶谷(岩崎う大)がふらりと現れる。ヘブンと松野家の日常を記事にしたいと密着取材を申し込む梶谷に、一同は困惑するも引き受ける。「ヘブン先生日録」として記事の連載がはじまり、一躍松野家は時の人に!
連続テレビ小説『ばけばけ』
作品情報
連続テレビ小説「ばけばけ」。松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々を描きます。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語です。
【作】 ふじきみつ彦
【音楽】 牛尾憲輔
【主題歌】 ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
【出演】高石あかり(「高」の表記は、正確には「はしごだか」) トミー・バストウ / 柄本時生 さとうほなみ 円井わん 濱正悟 大西信満 岩崎う大 重岡漠 吉田庸 / 渡辺江里子 木村美穂 / 吉沢亮 / 岡部たかし 池脇千鶴 佐野史郎 ほか
【放送】 2025年9月29日(月)から放送開始